「ん〜、夏はやっぱり、かき氷よね〜♪」
口の中にじんわりと広がる冷たさ、遅れて伝わってきた甘さに私は目を細めた。夏の暑い日に食べるかき氷は本当に最高だ。
空はどこまでも青い。行きかう人々は暑さに汗を流しつつも、それぞれの仕事に一生懸命だ。
いつもと何ら変わらない平穏な光景。こういうのを平和っていうのだろう。
私は鼻唄を歌いながらもう一口ぱくつこうとした。
「同感です、その考え方」
・・・その一言に私の手は止まった。
その高めの少年声に私は聞き覚えがあった。しかも、あまり良くない方向の思い出として。
ぎぎぎ、と首だけをそちらに向ける。
平和はいとも簡単に壊れるもんだなぁ、とちらっと思った。
そこにはあの、緋村の逆刃刀を折った青年、がいたのだ。
名前は確か、瀬田宗次郎。








デイドリーム・ジェネレーション









「な、何であんたがここにいるのよぉ〜〜〜!?」
「うん、やっぱりかき氷はおいしいなァ」
私の上げた叫び声を無視して、そいつは実に飄々といった様子でにこにこぱくぱくとかき氷を食べている。
「ちょっと、人の話、聞いてんの!?」
私は思わず再び大きな声を上げてしまった。
まさかこいつ、私のこと覚えてないってんじゃないでしょうね? ま、確かに碌々は面識ないんだけど、私はばっちりこいつのこと覚えてたのに。
「聞いてますよ。確か巻町操さん、でしたっけ」
瀬田はかき氷を食べている手を止め、私の方に顔を向けてきた。何だ、こいつ、ちゃんと覚えてたんじゃん・・・・。
何故かほっとしてる自分がいた。
「食べないんですか? かき氷。溶けちゃいますよ」
「い、言われなくたって食べるわよっ!」
何でこいつにそんなこと言われなくちゃならないのか。
私は若干イラついた気持ちでかき氷を食べるのを再開した。ああもう、気分最悪でもかき氷はおいしい。
「・・・で、さっきの質問の答えは?」
食べながら、私は瀬田にさっきの問いの答えを促す。瀬田は少し、きょとんとして、
「さっきの質問って」
「だから、何であんたがここにいるのか、よ!」
「何でって、嫌だなぁ、かき氷を食べに来たに決まってるじゃないですか」
「・・・・・・」
にこにこと屈託無く笑う瀬田に、私は自然、頭を抱えていた。
私が聞きたいのはそういうことじゃなく、何であの志々雄の件から一年も経った今、ここ京都に来たのかってことよ!
刀狩の張の奴から、瀬田は志々雄事変の後、逃亡―――行方を眩ませたって聞いてたから。
十本刀最強だった危ない奴を、元隠密御庭番衆お頭として見過ごせるはずも無いでしょう? なのに。
瀬田は掴みどころのない奴だとは思ってたけど、こんなに能天気な奴だったなんて。
こいつがあの緋村の逆刃刀を折ったのが、白昼夢のように思える。
「質問を変えるわ。何で今更京都に―――」
「あ、そういえば四乃森さんは元気ですか? お知り合いなんですよね、確か」
・・・私の話を聞く気は無いのか、こいつ。
あっけらかんとしてるこいつを見ると、最早怒りよりも呆れの気持ちの方が湧いてくる。
「蒼紫様は元気よ。葵屋の若旦那として頑張っていらっしゃるわ。勿論、隠密御庭番衆としての務めも、しっかりとこなしてるしね!」
けれど、蒼紫様の話題となると俄然得意げに答えてしまう自分がちょっと悲しい。
「そっかぁ。四乃森さんも、ちゃんと答えを見つけてたんですね」
そう呟く瀬田は、不思議とまるで迷子になった子供のような目をした。口元には相変わらず笑みを浮かべたまま。
けれどそれもほんの一瞬のことで、すぐにまたにこっと笑う。私の見間違い、だろうか。それとも。
「・・・で、何であんたは京都にいるわけ?」
黙っているのは何だか気まずかったので、私は再度、その質問をした。かき氷を食べ終えた立ち上がった瀬田は、今度はあっさりとその問いに答えた。
「そうだなぁ。お墓参り、ってとこかな」
「お墓参り? 誰の」
「今日は命日なんですよ。志々雄さん達の」
実にあっさりと言ってのけた瀬田に、私はあんぐりと口を開けてしまった。
そうだ、ここのところ大きな事件も無く、平和だから忘れていた。
一年前の今日は、志々雄一派との決戦があった日だった。
あの日もこんな、暑い日だった。
「たまたま京都の近くまで流浪れてきてたから。ちょっとアジトの跡地でも見に行こうかなぁって。・・・まぁ、もう後形も無いんでしょうけど」
半分、独り言のように瀬田は言って、空になった器をお店の人に返しながら勘定を払っていた。
「旅の中で色んな人と会ったけど、時々、あの頃のことをふっと思い出すことがあるんですよ。志々雄さん達と一緒にいた時のこと。それに、もしここに志々雄さんがいたら、とか、志々雄さんだったらどんな風に思うのかな、とか。そんな風に考えることもあって。
変ですよね。あの人はもうとっくに、この世にはいないのに。そういうのって、懐かしくなったっていうのかなぁ」
こいつには喜怒哀楽の楽以外の感情が無い―――なんて、緋村だか斎藤だかが言っていたけど、そんな人間が言う言葉のようには、何故だか、聞こえなかった。
だけど瀬田の言葉の中には哀惜とか憐憫とかそういったのが含まれてたわけでもなくて、ただただあまりにも無垢な透明感だけがあった。
何で私がそう感じたのかすら不思議だったけれど、その時はただ、そう思った。
「・・・別に、変じゃないわよ。ずっと一緒にいて、突然いなくなった人のことを思うのは、不自然なことじゃない。それだけ、あの志々雄はあんたにとって、大きな存在だったってことでしょ?」
自然、そんな言葉が口をついて出た。
蒼紫様が突然いなくなって、それからの私は蒼紫様のことを思わない日なんてなかった。
その時の私は、まだまだ子どもだったけど―――自分でも制御できない感情に振り回されてた。
蒼紫様がいなくなった寂しさ、とか、自分だけ置いていかれた悔しさ、とか。また逢いたくて、その一心で、私はずっと蒼紫様を探し続けていた。
だから、大事な人が突然いなくなって、こいつが戸惑う気持ちは分かる。志々雄のあの性格は―――まぁこの際、とりあえず置いといて。
こいつにとっては、大切な人だったんだろう。本当に感情が無いのなら、そんな気持ちすらないのかもしれないけど。
むしろ、自分でも良く分からない気持ちだから、戸惑ってる?
言ったきり、私が黙ってると、瀬田は変に納得したような顔をして頷いていた。
「・・・そうですか」
それきり、瀬田も黙っている。私は首を傾げつつもとりあえず店の人にかき氷の代金を払った。
「さてと、それじゃあそろそろ行こうかな」
「え、どこに・・・」
いきなり瀬田が出立を宣言したので、私は思わず聞き返していた。瀬田はまた、きょとんとして、
「元アジトですよ。早く行かないと、日が暮れちゃいますから」
「―――私も行く!」
「えっ?」
瀬田が驚いて目を丸くする。私も自分で自分の言ったことに驚いていた。
けれど、口をついて出たということは、やはりそれが私の本音なのだろう。
「志々雄のアジト、私も見てみたいし、ここまで聞いておいて残ってるっていうのも、なんだか嫌だしね」
自分の気持ちを認めると、理由もおのずと分かった。
要は個人的興味だ。同時に、こいつを放っておけないって、何故かそんなお節介を焼きたくなったような、そんな気分もあって。
「・・・まぁ、別に構いませんけど」
瀬田は目をぱちくりさせつつも、すんなりと頷いた。その仕草がやはり幼くて、小さな子供を連想させる。
そんなわけで私は思いがけず、瀬田曰く志々雄達の墓参りにつきあうことになった。











途中、菊の花束や線香等を買って、私達は一路比叡山に向かった。
照りつける太陽は相変わらずだけれど、木立がそれを遮ってくれているから市中よりは過ごしやすい。
私の前を行く瀬田は実に涼しげな顔で軽快に山道を登っていて、その足取りになかなかやるじゃない、と見直しつつあった。とはいえ、私も御庭番衆の一人、このくらいの山道は造作も無い。
「あ、そろそろですよ」
瀬田の言葉に顔を上げれば、ぽっかりと木々が途切れた地面が見えた。
先に行った瀬田に追いつくと、そこには燃え落ちた鳥居らしき物の残骸―――緋村が、志々雄のアジトの入り口には六連ねの鳥居があるって言ってた―――があった。その奥には、山肌に人為的に開けられた暗い祠の入り口。
瀬田はその中に向けてすたすたと歩いて行く。
「あ、ちょっと、待ちなさいよ!」
そんなことを言いながら慌てて追いかける。そうして私も、一年越しで初めて、あの志々雄のアジトに足を踏み入れた。
アジトの中は壁も天井も焼け焦げてしまっていて、元がどんな風だったか見当もつかない。道も幾重にも分かれていて、ややこしい作りであることだけは理解できたけれど、瀬田は迷うことなく進んでいく。
瀬田が持つ提灯だけが唯一の明かりだ。彼とはぐれてしまったら、一人で帰る自信は残念ながら無い。
「ここが、あんた達のアジトなんだ」
会話に困って、そんな当たり前のことを口にしてしまった。
瀬田は顔色一つ変えずに言葉を返してくる。
「えぇそうですよ。もうほとんど立派だった頃の面影は無いですけど。一年前に燃え落ちた時のままで。明治政府の人達は、ここを完全に封鎖する気は無いのかなぁ」
「うーん、色々と忙しいんじゃないかしら。もう壊滅した組織だし、放っておいても自然に崩壊して、また森の一部になるからとかって」
「へぇ、成程。まぁ、でもおかげでこうやって奥まで行けるんですけどね」
私達の足音と、声だけが響く。森の木々のさざめき、蝉のけたたましい鳴き声すらもここまで届きはしない。
暗闇の中、ただ私達二人だけだ。
二人、だけ。というより、二人っきり・・・・。
・・・・・って、こいつの外見に思わず警戒心を解いちゃってたけど、実はこれ、かなりヤバい状態なんじゃない・・・・!?
今更になってはっと気付く。
「・・・・あんた、二人っきりなのをいいことに私に手を出したらただじゃおかないからね!」
「・・・・? 嫌だなぁ、僕にはもう操さんを斬る必要なんてありませんよ。それに丸腰ですし」
・・・・私が言わんとすることと別の解釈をしているようだから、まずその心配はなさそうだ。
けど、それはそれで私の女としての魅力を全否定されたような気もして、何だか侘びしかった。
「あ、ここです、僕の部屋」
かなり奥まで進んだところで、瀬田は広い間に入りながらそう言った。
元々は畳敷きの広い和室・・・らしきその部屋も、今は見るも無残に焼け焦げてしまっている。
「ここで一年前、緋村さんと闘ったんですよね。・・・・緋村さん、元気ですか?」
かつては剣を交わした相手だというのに、瀬田は屈託ない笑顔のままで尋ねてくる。
「もちろん、元気よ元気。・・・まぁ、こっちも色々あったりしたけど、緋村がそう簡単にくたばるわけないじゃないの。今頃薫さんと、東京で仲良くやってるわよ」
あの白髪頭―――確か雪代縁といったか。
あいつの騒動では一悶着あったりしたけど、結局、緋村さんも薫さんも無事だった。むしろ、あの一件で、あの二人の絆がさらに深まったように私は思っていた。
今でこそ明るく笑って話せるけれど、薫さんの位牌を見た時には、流石の私も挫けそうになった。でも雪代縁の件が無事に終わったからこそ、今はこうして笑っていられる。
今更、無事に解決して良かったと、思えてきてならない。
「そうですか。お元気ならそれで何よりです」
それきり、瀬田は緋村の話題は出さなかった。かつては瀬田の部屋だったという、その奥に設置された道をすたすたと進んでいく。
かつては闘った者として、何か緋村に思うところがあったんだろうか。
その時私は、それ以上深入りはしなかったけれど。
「・・・あぁ、ここですね」
アジトの最奥に辿り着いた時、瀬田は嘆息するように声を吐き出した。笑みを湛えながら見下ろす先に、私はぞっとした。
そこはどこまでも深い谷になっていて、かつて志々雄の闘場だったという建物は、今やただの瓦礫と化してただその底に沈んでいた。
ただ鉄屑が幾重にも重なり合っただけの、誰に弔われることも無い無機質な墓標―――。
そんな印象を抱いた。
「死んだ人を弔う、なんて、僕したこと無かったんですよ」
私の心情を見透かしたわけじゃないんだろうけど、瀬田が不意にそんなことを言った。
「だって、人は強ければ死に、弱ければ死ぬって、ただそう思ってたから。弱い者が死ぬのは当然なのに、何でその人に対してお墓を作ったりとかそこを参ったりとか、そんなことするんだろうって、不思議で仕方無かったんです」
瀬田の声は淡々としていた。そこに曇りは無く、本心からの疑問であるということが嫌でも分かった。
でもだからこそ、何でそんなことも分からないんだろうって、私はカッとなった。それに、人は弱ければ死ぬって言い切るんなら、般若君達は、何で―――。
「弱い者が死ぬのが当たり前!? ふざけたこと言ってるんじゃないわよ! じゃあ何、私達の仲間が―――般若君達が死んだのは弱いからだって言うの!? ううん、そんなことない、般若君達は蒼紫様を守って、立派に死んでいったのよ!!」
「でも、その人達がもっと強かったなら、死ぬことなく四乃森さんを守れたんじゃないんですか?」
「―――っ!」
さらりと、瀬田は言う。
般若君達の命ばかりか、蒼紫様に対する忠義心すら否定されたように感じて、私は思わず瀬田の胸倉を掴んでいた。
瀬田はそれでも、表情を変えない。
「失礼なこと言ってたのなら、すみません。僕はその、あなたや四乃森さんのお仲間について、直接知ってるわけじゃないから」
「だったら尚更! よく知りもしない人のことを悪く言うんじゃないわよッ!」
言い放って、私は瀬田を睨みつけた。
瀬田はただ、不思議そうに私を見返している。
瀬田には、楽以外の感情が無い―――理屈としては知っていても、私はそれを今まさに実感したように感じていた。
爺やが、そういえば瀬田について言っていた。『感情が無いとは、恐ろしいの』。
それはただ単に、人としてあるべき感情が無いことが恐ろしい、とだけ言っていたわけでは無かったのだと、ようやく気付いた。
その言葉の意味していたのは、感情が無いこと自体が恐ろしい、それよりもむしろ、感情が無いことによって何かに心を動かされることもまたない―――そのことの方が余程、恐ろしい、と。
「すみません」
また、笑いながら小さく瀬田は謝る。
きっと、私が怒っていることは分かっても、私がどうして怒ってるのかなんて理解しちゃいないんだろう。
本当にすまないとは思っていないんだろう。きっと、半分条件反射で謝っているだけだ。
何で、そんな人間がこの世にはいるのか。何故、瀬田はそんな風になってしまったのか―――。
そんなことを考えていたら、どうしてだか不意に泣きたくなった。
憐れんでるんじゃない。これはむしろ、悔し涙だ。
「嫌だなぁ。何であなたが泣きそうな顔になってるんですか?」
「・・・し、知らないっ!」
私は瀬田からばっと離れて、ごしごしと目を擦った。
断じてこいつの為の涙じゃない。ただ憤りの感情に駆られているだけだ、私は。
そう、自分を納得させる。
「・・・あんたは分かんないかもしんないけどさ」
そして、そう前置きをして。
私は今度は努めて上ずりそうな声を鎮めて、さっきの続きを語った。
「般若君達は、命をかけてでも蒼紫様を守りたかったんだよ。誰が何と言おうと、それは無駄死になんかじゃない。私はそう思うし、きっと般若君達もそう思ってたはずよ。
蒼紫様を守って死んでいったことに、後悔はしてない。きっとそう。もし私が同じ立場で同じ場所に一緒にいたら、私も同じことをするよ」
そこで一度、言葉を切った。
瀬田は今度は横槍を入れようとしない。それで私はさらに続けた。
「自分の命よりも大切に思えるってものは、きっとこの世にはあると思うよ。それは誰か大事な人だったり、自分の貫こうと思う信念だったり、その人にとって色々だろうけどさ。
みんな、色んなことを考えて一生懸命生きてるのに、それを弱い者は死ぬ、だなんて一言で言い切る道理は無いわよ。
・・・あんたには、分からないかもしれないけど」
最後にそうつけ足したのは、半ば諦観の思いからだった。
言ったところで、こいつが分かる筈も無いって、そんな風に感じていたから。
それでも私は言わずにはいられなかったのだ。
「あなたは、そう思うんですか?」
まっすぐに、瀬田は問うてきた。
私はそれに深く頷いた。
それで、瀬田はやや苦みの混じる微笑をふっと浮かべた。
「大分、話が逸れちゃいましたね。でも、あなたの考え方を聞けて良かったな」
「え?」
「最初の話に戻りますけど、僕、死者を弔うっていうのがどういうことなのか分からなかったんですよ。だって、死んだ人に何をしたって、その人には何の効果も無い・・・死んだ人に何をしても無駄じゃないかって、そんな風に思ってたから」
「・・・・・」
今度は、私は黙って瀬田の話を聞いている。
さっき瀬田は私の話を聞いてくれたから、今度は、口を挟まないつもりだった。
「人が死ぬことも何とも思わなかった。だって、弱い者が死ぬのは当然でしょう?
・・・・なのに、志々雄さんが死んだ時、僕、変な気持ちがしたんです。志々雄さんは強かった。少なくとも、僕が知る限りはこの世で一番。
そんな人でも、死ぬ時は死ぬんだなぁって、不思議な気分だった。その時はただ、そんなぼんやりした気持ちしかなかったけど、旅をしている中でそのことを考えていると、緋村さんと闘った時以上に、志々雄さんとのお別れを決めた時以上に、何ていうか、こう・・・・うまく言えないんですけど、もやもやしたような、気分になって」
ぼんやりと、瀬田は虚空を見上げている。
そこにある思いは、私は読み取れない。ただただ、皮肉なくらいに、澄んだ瞳だ。
「散々人を斬ってきたのに、人が死ぬって言うのがどういうことなのか、僕、まるで分かってなかったんですね、きっと。だから、志々雄さんと由美さんが死んだって聞いた時も、ただ唖然としちゃって・・・。ずうっと後になってから、何か、変な気分になって。だから、足が自然と京都に向いちゃったのかな」
「・・・・・・」
志々雄の死は、彼の信じる強ければ生き、弱ければ死ぬという信念と、矛盾が生じる。彼にとって、志々雄は誰よりも強い存在であったのだから。
けれど、それ以上に、志々雄という存在を失ったことが彼には堪えているんじゃないだろうか―――そんな、気がした。
「そんな気持ちを落ち着かせるために、死者を弔うっていう考え方もあるんですって。花を手向けたり、線香を上げたりするのは死者の為だけじゃなく、自分の気持ちに整理をつける為でもある、って。旅の途中で会った、あるお坊さんに聞いたことがあったんです。だから・・・・」
「そうすれば、あんたも、自分の気持ちが落ち着くかもって、ここに来たわけ?」
「ええ」
瀬田はにっこりと笑って頷いた。
何でこんな時にも笑っているんだろう、こいつは。
感情が無いということは、親しい人がいなくなった時に哀しむことも―――哀しんでいたとしてもそれを哀しみだと自覚することも、無いんだろうか。
その心は、一体どんな構造をしているのだろう。
「・・・じゃあ、そう思うんなら、志々雄達に早く花、あげなさいよ」
「そう、ですね」
素直に頷いて、宗次郎はかがんで分断された橋の端に花を手向けた。線香に火を灯し、近くに置いて手を合わせる。
目を伏せたその表情からは、瀬田が何を考えているのかは分からない。
私は、志々雄に手を合わせる理由は無いけれど―――ああ、でも彼と一緒に死んだという由美という女性には同じ女として同情する部分はある。マリア=ルーズ号の件を聞いてしまったせいもあるが―――同じように、かがんで手を合わせた。
不思議と、こうして死者に手を合わせていると無心になる。国を、京都を騒がせた悪人だというのに、それでも怒りやザマを見ろなどという侮蔑も湧かない。
そう言えば、私は志々雄の悪事を知っているし(新月村、とか)、話だって緋村達から色々聞いた。
それでも、志々雄本人をよく知ってるわけじゃない。
さっきよく知りもしない人を悪く言わないで、なんて言ったが、瀬田にそんな偉そうなことを言える立場では無いのだ。
とはいえ、志々雄のしでかしたことについて怒りや憤りを覚えるのは、それとは別の話だったが。
「・・・さて、それじゃあ帰りましょうか」
「もういいの」
しばしした後、意外にあっさりと瀬田は立ち上がった。
「ええ。お墓参りも済みましたし、早く帰らないと本当に夜になっちゃいますから」
「・・・そう」
こいつがそう言うのなら、私も異論は無い。
それに瀬田は、何かに満足したような、すっきりしたような、そんな清々しい顔をしていた。
「・・・・ちょっとは、気持ち、落ち着いた?」
再びアジト内を歩いて入口まで戻ってきて、ようやく太陽の元まで帰ってきた時、私は控えめにそう訊いた。
瀬田はちょっと考えてから、答えた。
「そうですね。もやもやしたものが大分消えたような気がします」
「・・・・そっか」
それで少しは、私もほっとした。
般若君達が死んだ時、私はそのことをまるで知らないところにいて、その時何もできなくて、思いも寄らなかった時にその事実を知った。
何もできなかった自分の非力さが恨めしかったり、そんな事態を引き起こした武田観流って奴を許せなかったり、様々な感情が複雑に絡み合っていた。
般若君達の墓を京都に移し替えた後は、時々蒼紫様と一緒に、あるいは私一人で参ったりしていたけれど、墓を掃除したり花や線香を手向けたりしていると不思議とそんな気分が落ち着いた。
私にとっては、墓は般若君達が安らかに眠る場所で、時折語りかける場所でもあった。
もう彼らはここにはいないけれど、御霊は確かにそこにある―――そんな風に、思える場所だった。
きっと、まだ瀬田は、そんな域までは達していないんだろう。この味気ない志々雄達の墓標は、瀬田にとってはまだ、ただ志々雄達が死んだ場所で、自分の気持ちを落ち着かせる場所で。
それでも、こんな風に彼が再びここに足を運ぶというそのこと自体が、瀬田自身にとってはきっと、大きな一歩なのだろう。
そんな気がする。
「・・・それじゃあ、僕はこの辺で失礼します」
京都の街に戻ってきた頃には、もう陽はほとんど沈んでいた。
茜色と藍色が滲み合う空が、京都全体を覆っていた。夕日を背に、逆光で瀬田はにこっと笑う。
「今度ここに来る時は、操さんの言うようなことが、分かってるようになるといいんですけど」
「私の言ったこと?」
けれど瀬田はそれには答えず、ただにこにこと笑っている。
どうにも、こいつは最後まで掴めないままだったなぁと、内心私は頭を抱えた。まぁ、それでも笑って見送ろう。
「じゃ、元気でね」
私はひらひらと、瀬田に手を振った。
瀬田は今、己の答えを探しているんだという。緋村みたいに流浪れながら―――そして志々雄の教えてくれたことも噛み締めながら。
いつかそれが見つかるといい、なんて、心の中でそっと応援の言葉を贈る。
「今度はもうちょっとゆっくり、一緒にお茶でもしましょうね」
「そうね」
頷いてから、私ははたと気付く。
もしかしてこれって、お誘いの言葉? そんな、どうしよう、私には蒼紫様がいるのにっ! でも、何故か悪い気はそんなにしない・・・って、いやいや待て待て、言ってるのはこの瀬田だ。きっとその言葉に、それ以上の深い意味は無いんだ。きっと、そうだ。うん。
一人で突っ走ってる場合じゃない。
「・・・・どうしたんです? 一人で面白い顔して」
「だ〜れが面白い顔よッ!!」
声を荒げて言い返すも、瀬田は動じない。やっぱりにこにこ笑っているだけで、本当に調子が狂う。
そうしてにこにこしたままで、瀬田は。
「今日、操さんとご一緒できて良かったですよ。それじゃ」
そんな風にさらっと言って、軽く会釈をして背を向けて去って行った。
私は「またね〜!」と言いながら、その後ろ姿を見送る。
自分でも意外だった再会の約束。でも、今度会った時瀬田はどんな風になっているんだろうって、そんな期待感も、少しはあった。
「さて、それじゃあ私も帰るか。何も言わずに遠出しちゃったからなぁ・・・爺や、怒ってるかもなぁ」
そのことに背筋はぞおっとするが、今日瀬田と比叡山まで行ったことには後悔は無かった。
きっと、彼とこうして会わなければ、私は瀬田のことをずっと誤解したままだったろう。それよりは、彼のことをほんの少しでも知ることができて良かったと、そんな風に思えるのだ。
私は私の帰る場所である葵屋へと足を向ける。
夜の帳が下り始め、昼の時間はもう、終わろうとしていた。






<END>













リクさんの70000キリ番リクエストで「宗次郎×操」な話でした〜!
リクさん、大っ変っ遅くなって申し訳ありません!! げふぅっ・・・・!!(切腹)



×というよりはむしろ&な話になっちゃいましたが、スイマセン、こんなのでよろしかったでしょうか・・・;;
というかもっとほのぼのとしてて明るい話になるはずだったのに・・・・話がすぐシリアスに走るのは私の悪い癖ッス・・・。
こんな話でよろしければ、どーぞ貰ってやって下さい!
本当に遅くなってすみません・・・。





2008年7月8日




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