とある秋の一日。



澄んだ青い空が気持ちのいいある秋の日のこと。
今日も今日とて、宗次郎は庭の掃き掃除に勤しんでいた。
「今日も葉っぱがいっぱいだなぁ」
落ちている葉の多さにそんなことを言いつつも、宗次郎は少しも嫌がっていない。むしろ何だかご機嫌な様子で、鼻歌まで歌いながら箒を動かしている。ザッザッという地面を掃く小気味良い音が一定の間隔で聞こえてくる。
秋の風は涼しく、あの蒸していた夏に比べれば遥かに活動しやすい。そんなわけで、宗次郎が掃除を始めて一刻もしないうちに、家の庭はすっかり綺麗になっていたのだった。
「うわぁ、こうして見ると凄いなぁ」
子どものように呑気な声を上げながら、宗次郎は集めた落ち葉の山を見る。昨日の夜、強い風が吹いていたこともあってが、桜や柿の木の葉が、かなり落ちてしまっていたのだ。今日は低い木の陰に隠れていた古い落ち葉まできっちりと掃いたものだから、半径は一尺、深さは三尺程の大き目の籠にも入りきらない位の量だった。
「宗次郎君」
と、縁側の廊下から声がかかる。振り向いて視界に入った少女に、宗次郎はにこやかに返事を返す。
「やぁさん。庭の掃き掃除、終わりましたよ」
「ありがとう。綺麗にしてくれて」
庭をぐるりと見回しては言う。礼を述べるの笑顔はふんわりと柔らかく、宗次郎の顔も知らず知らずのうちに綻ぶ。
は、宗次郎が今世話になっている家の少女だ。家は医者の家系で、けれど既に両親は他界しているから、は兄の浅葱と二人で診療所を営んでいる。二人が患者を診ている間に、宗次郎はこの家の掃除、洗濯、炊事といった家事仕事をこなしているというわけだ。
まだ休診時間ではないから、きっと手の空いたが、宗次郎の様子を見にやって来た、といったところだろう。
「それにしても、凄い落ち葉の量だね」
「ええ。昨日の夜の風で落ちたんでしょうね」
が落ち葉の山を見遣ると、自然と宗次郎の目線もそちらへと向く。茶褐色の葉で構成されたその山を見て、があ、と声を上げる。
「どうしたんです?」
「あのね、今日、患者さんにさつま芋を貰ったの。お礼にって。せっかくだから、その落ち葉で焼き芋にしない?」
「あ、いいですねぇ」
名案に宗次郎も頷く。これだけの落ち葉をそのまま捨ててしまうのでは何だかもったいない気もするし、焼き芋もそういえば久しく食べていない。せっかくの秋の味覚を楽しみたいというのもある。
「決まりだね。待っててね、今持ってくるから」
は嬉しそうに笑って、ぱたぱたと廊下を引き返していく。宗次郎もにこにこと笑ってその後ろ姿を見送る。のそういった、少女らしい快活さは嫌いじゃない。いや、むしろ気に入っている。
長い流浪の旅を経て、彼女の優しさに自分はどれだけ救われてきただろう。その温かさにどれだけ癒されてきただろう。
だからこそ、ここに留まっているというのもあるのだけれど。
「あ、そうだ、今のうちに仕舞ってきちゃおう」
がさつま芋を取りに行っている間に、宗次郎は箒と籠とを納屋に仕舞いに行く。
そうしてまた庭へと帰ると、丁度も戻ってきたところだった。が抱えた小さな籠には、握ったら手にすっぽりと収まるくらいの太さのさつま芋が三本。それにマッチと、何故か懐紙。それから、水の入った桶も持っている。
「お待たせ」
「お芋、このまま焼くんですか?」
籠に入ったさつま芋を見て宗次郎が尋ねると、はふるふると首を振った。縁側に腰を下ろし、石畳の上に置いてある草履を履き、もまた庭に降りる。
「それでもいいんだけど、こうやってね・・・・」
言いながら、は懐紙を桶の中の水につける。宗次郎は不思議そうに首を傾げて、ただただのその行動を見守っていた。は濡れた懐紙を器用に一本のさつま芋に巻きつけた。
「こうすると、もっとおいしく焼けるんだって」
すっかり懐紙に包まれたさつま芋を、はそっと落ち葉の山の上に置いた。
「へぇ、知らなかったな」
宗次郎は笑いながらも目を丸くする。焼き芋といえば、たださつま芋を落ち葉で焼くだけだと思っていたので、のその生活の知恵に思わず感心してしまう。
「物知りですね」
の見様見真似で、宗次郎もさつま芋を濡らした懐紙で包んでみる。その傍らで三本目のさつま芋を手にしていたが、微笑を浮かべて答えた。
「お母さんに教えてもらったんだ。前はよく、家族みんなで焼き芋して食べてたから」
遠い昔を思い出しているのだろう、笑みの中にも寂しげな色がに映る。
迂闊なこと言っちゃったかなぁ、と、宗次郎は思った。がずっと昔に両親を亡くしていたことを失念していた。
「すみません、変なこと言っちゃって」
宗次郎が思わず謝ると、は逆に心外だといった風に驚いた顔をした。
「ううん、宗次郎君が気にすることないよ。それに、昔のこと思い出すのは嫌いじゃないの」
は懐紙を巻き終えたさつま芋をまた落ち葉の上に置く。宗次郎もそれに続いた。
そうしては、ふと蒼穹を見上げる。
「お父さんとお母さんが死んじゃったことを思うと悲しいけど・・・でも、楽しいこともいっぱいあったから。それを忘れたままに、なんて、私はできないよ。たまには思い出して、懐かしいなぁって思いたいっていうか・・・・」
たどたどしくも、は思うままを述べる。両親を亡くしたことを悲しいと思ってはいても、それを受け止めて、むしろ楽しい思い出を支えにして生きていく。過去に引きずられるのではなく、過去を持ち続けたまま生きていく。
そういったの姿を、宗次郎は素直に凄いと思うし、楽しいと思えるような温かい家庭をかつて持っていたことを、心のどこかで、羨ましいとさえ思う。
家庭独特の温もりというものを宗次郎は知らない。あるのはただ、痛く、苦しく、笑顔でそれを耐えてきた、冷たい思い出だけ。母親の顔すら、宗次郎は覚えてないのだ。だから、
「それに、私にはお兄ちゃんもいるし、」
柔らかく笑う達とのこの家の生活は、持ち得なかった過去を―――平穏な家庭というものを宗次郎に教えてくれるものでもあり、安息という気持ちを、湧き上がらせてくれるものでもあり。
「・・・・宗次郎君も、いるから」
だから、こういったの言葉が。
多分、嬉しいとさえ、思う。
「―――ありがとう、ございます」
思うままを、宗次郎はそのまま言葉に出した。自分では分からない己の表情は、多分、楽の感情だけの笑顔ではなかったと思う。
「や、そんなお礼なんて・・・」
だからだろうか、は頬をわずかに赤くして、どぎまぎした風に言葉を返す。そんなの姿が可愛らしくて、宗次郎は思わず微笑む。
さんは可愛いなァ」
「!!」
ぼっと、今度はの顔がわずかどころではなく赤くなった。普段の宗次郎は言わないし、なのに突然そんな風に言われたものだから、も嬉しいやら恥ずかしいやら、そんな気持ちでいっぱいなのだろう。
「え、えっと〜・・・と、とにかく焼いちゃおうか」
動揺を隠すように(実際は全然隠れてはいなかったが)、慌てては屈んでさつま芋の上に落ち葉をかける。そうして三本のさつま芋をすっかり落ち葉で覆ってしまうと、今度はマッチの箱を手にした。
マッチを箱から取り出し、火薬面に擦り付けて火を起こす。火の灯ったそれをそっと落ち葉の山に放り投げると、あっという間に炎が燃え広がった。煌々と燃える火を見て、宗次郎もまた懐かしい人の姿を思い出さずにはいられなかった。
炎を統べる最強の剣客、志々雄真実。
(流石に志々雄さんも、焔霊で焼き芋作ったりはしなかったなぁ)
・・・ただし少々、志々雄本人には不本意な思い出され方ではあったが。
「さてと、とりあえずはこれでいいかな」
落ち葉の山が白い煙を上げる焚き火へと変わったのを見て、立ち上がったは軽く溜息を吐いて呟く。
さんはまだ診察があるでしょう? ここは僕が見てるからもう大丈夫ですよ」
「あ、ごめんね、悪いけどお願いしちゃっていいかな?」
「ええ」
宗次郎がにっこりと笑って頷くと、もありがとう、とお礼を言って笑みを浮かべる。そして草履を脱ぎまた廊下に上がると、診療室の方へと去っていった。
そうして宗次郎は、今度は火の番をしながら洗濯を始める。時間が経つうちに火も少しずつ小さくなり、宗次郎が洗濯物を全部竿に干し終わる頃には、落ち葉はほとんど燃えてしまっていた。
それから、待つことしばし。
さん、そろそろいいんじゃないですか?」
昼になり、休診時間になった頃、が再びやって来たのを見て宗次郎が朗らかに声をかける。庭に降りたは、火がすっかり消えているのを確認して、今度は火傷をしないように、とまた懐紙を水で濡らして、さつま芋の一つを取り上げた。
「うん、大丈夫そうかな」
そうして手に力を込め、そっと折る。
折れた面から鮮やかな黄色が見え、焼きたてであることを示す湯気と、かすかな甘い匂いが漂ってきた。
それを見て、宗次郎も思わず声を上げる。
「おいしそうですね」
「うん、さっそく食べてみようか?」
は手にした焼き芋の半分を宗次郎に手渡す。濡れた懐紙越しに、焼き芋のじんわりとした熱さが手に伝わってきた。
「「いただきまーす」」
ふうふうと息を吹きかけ、そっとかじってみる。ほくほくとした熱と、素朴な甘い味が口の中いっぱいに広がった。あまりの熱さにすぐには飲み込めず、ようやく飲み込んだ後もほんのりとした甘さが舌の上に残っていた。
「おいしいですね」
「うん。後でお兄ちゃんにも持って行ってあげよう」
にっこりと宗次郎が笑うと、もまたにっこりと笑う。
二人は縁側に腰を下ろし、手の中でほかほかと熱を放つおいしい秋の味覚をしばらくの間、味わっていた。
こんな風にのどかで、穏やかな時間もたまにはいいだろう。まして、あなたが傍に居るならば。
これは、そんなとある秋の一日の話。






<了>








キリ番63000を踏んで下さったりぃさんに捧げる、宗次郎ドリーム小説でした。
非常にお待たせしてしまって申し訳ありません!!(滝汗)
せっかくリクして下さったのに・・・ホント凄く遅くなってしまって申しわけないです;
宗夢とのことで、ほのぼのとした話にしてしまいましたが、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。(明治時代に果たして焼き芋はあったのか?というツッコミは無しの方向で(汗))


2006年10月15日


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