On your mark
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「カルマ! 頼みがあるんだけど」
登校中に買った好物のジュースを休み時間に飲もうとしていると、磯貝がわざわざ俺の席にまで来てそう言った。
ついこの間いきなり磯貝に告られてから、俺達は友達として改めて?スタートした。
とはいえ、表面上は今のところ何も変わってない。変わったとすれば、磯貝が俺に話しかけてくることが増えたのと、掃除当番とかなくてタイミングが合えば一緒に山道を下って帰るようになったくらい(まぁ大体渚君とか杉野とか、前原とかも一緒だから完全に二人きりじゃないんだけど)。
あとは磯貝の“カルマ好き好きオーラ”に何となく察しがつくようになったこと…かな。普段は意識しないんだけど、意識すると何というか、磯貝のそうした好意に気付くようになってしまった。告白されなかったら、またいつものお節介だなってきっとスルーしちゃってたけど。
それから、ふとした時に磯貝が俺を見る視線、とか。何つーの、温かい眼差しというか、愛しそうな視線…というか。何か恥ずかしいし背中がぞわぞわするから学校では正直やめて欲しい。いや別に学校外ならいいってわけでもないけど。こうしたストレートな好意を向けられるのに、慣れてないから。つーか今までそれを向けられていたことも、知らなかった。
単純な話、磯貝がどーの、じゃなくて、俺が磯貝を意識するようになった、ってことなんだろうな。勘がいい俺と言えど、告られなかったら多分気付かなかった、磯貝のそーいう気持ちには。
だから磯貝も痺れを切らして、玉砕覚悟で想いを打ち明けてきたのかもしれない。
まーでも今は、とりあえずふつーに友達として来たっぽい。教室だしね。
「何、磯貝」
「そのイチゴ煮オレ、ちょっと味見させてくれない? 一体どんな味か前から気になっててさ」
何の頼みかと思えばそんなことだった。
イチゴオレ、というそこそこメジャーな飲み物に“煮”という一文字が入っただけで想像力をえらく掻き立てる代物。
甘過ぎる故に一部の層以外には大不評なんだけど、でも俺はこの味お気に入りなんだよね。
口付ける前だったから磯貝にちょっと分けるくらい別に構わなかったけど、わざわざ俺のを貰わなくても。
「別にいーけど、自分で買わないの?」
「一本買って試すにはハードル高いんだよ。だから頼む!」
磯貝はちょっと申し訳なさそうに笑っている。
イチゴ煮オレは200ml入り一本100円。祭屋台の金魚すら食糧にしてしまう磯貝にしてみれば、味が気になるだけの未知の飲み物にそれだけ支払うのは、確かに厳しいんだろう。つーか金魚なんか食べてこいつの腹平気なんかな。
「そっか。じゃ、ほら」
「サンキュー!」
俺はイチゴ煮オレのパックをひょいと磯貝に手渡す。磯貝は興味津々といった様子で、既に刺さっているストローに口をつけ、濃いピンク色の液体を吸い上げた。そして……
「あっま!!!」
目を見開いてストローから慌てて口を離した。
余りの甘さに思わず吹き出しかけて、でも貧困生活を送る磯貝には食料を無駄にする行動なんてできなくて、何とかそれを堪えて飲み干した…ってのがその僅か1秒程の時間から読み取れた。一瞬の百面相が面白かった。
「何これ、甘過ぎ!」
「砂糖と人口甘味料、ついでに香料もたっぷり。イチゴのジュレまで入ってるし。でもこの甘さが通の味」
「濃すぎだろこれ! 底値99円の低脂肪乳一本で薄めれば一人100mlミリだとして12人分は取れる! その位の濃縮度だ! それを一人で飲んじゃうなんて何て贅沢な」
「磯貝ってさぁ、イケメンの癖に所帯染みてるよね」
家庭の事情が事情だから仕方ないんだろうけど、何だろうこの漂う主婦感。
普通の中学生はまず低脂肪乳一本の底値は把握していない。
つーか日頃牛乳すら飲んでないのか…タンパク質足りてんのかな、こいつ。成長期なのに気の毒な。
今度ハンバーガーとかコンビニチキン奢ってあげようかな。でも磯貝のことだから「カルマに悪いよ」とか言って断るかな。
「あっぶな〜…やっぱり自分用の飲み物として買うには厳しかった。ホントありがとな、カルマ」
「い〜よ、別に」
とりあえず磯貝も気が済んだようだし、俺はイチゴ煮オレを返して貰ってストローに口をつけてそいつを飲む。うん、やっぱこの甘さが堪らない。
「…あっ!」
突然磯貝が声を上げて、こっちを見てみるみるうちに顔を赤くし始めた。…何だろう?
「何?」
「あ、その……間接キス……」
もじもじしている磯貝が小声で言うまで全然気付かなかった。
……何で言うかな。俺まで照れるじゃんよ。
顔がやけに熱い。
「…何ソレ。まさか最初っからそれが狙いだった?」
「違うって! そこまで意識してなかった!」
磯貝はぶんぶんと首を振っている。その狼狽する姿を見るに、本当に今し方気が付いたらしい。
狙っててもどーかと思うけど。ってか間接キスとか純情だな。中学生かよ。って、俺ら中学生だった。
「……ま、男同士だし俺は別に気にしないけど」
何事もなかったように俺は続きを飲む。
こんなの、別にただのストローだ。磯貝が口を付けたからといって、どうってことない。イチゴ煮オレの味だって何も変わってない。間接キスが何だってーの。
……でも今俺が咥えてるとこに、ついさっき磯貝の唇が触れてたんだよな。一瞬だったけど。ここにちゃんと、その薄いけどふっくらした唇が。
いやでも、別にそんなの気にしねーし。ほら、イチゴ煮オレもちゃんと甘ったるいし。
けど。
……………。
ああああもうアホ磯貝、集中して飲めやしない。
「……あげる、コレ」
ストローから口を離して、俺はパックを磯貝の胸の辺りに押し付けた。磯貝は戸惑ったような顔をしている。
「え、でも」
「いーから」
有無を言わさず磯貝に受け取らせて、俺は席を立ちそのまま教室を出る。
何かもう、この状態で磯貝と一緒にいられない。校庭ででも火照った顔をクールダウンしてこないと。
この間から磯貝に振り回されっぱなしだ。何だこれ。俺ってこんな奴だっけ。
とりあえず磯貝と飲み物を回し飲みするのはもうやめとこう。
「磯貝〜珍しーもん持ってんじゃん」
「あ…うん。カルマから貰った」
「へ〜、イチゴ煮オレの味、俺気になってたんだよね。ちょっとくれよ」
「……駄目。悪いけどこれは前原にも誰にもあげられない」
「おま……貴重な糖分だからって、笑ってるけど何か顔怖いよ?」
END
イチゴ煮オレは完全に想像の産物。甘いだけで味は普通…だと思いたい。
間接キスとかかわいいなとか味の濃さにびっくりする磯貝とか考えてたらこんな話になった。
2015,4,18
初稿:2015,3,18
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