On your mark


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「俺……お前のことが好きだ」



西日の射した放課後の校庭。二人きりのオレンジの空間。
そして目の前にはクラス1、いや学校内でもトップレベルのイケメン。顔良し、頭良し、性格良し、ついでに運動神経もいい。ほぼすべてがパーフェクト。
そいつが頬を僅かに赤く染めて、こちらを真っ直ぐに見ている。
まるで少女漫画や恋愛映画のワンシーンのような、ロマンチックなシチュエーション。並の女子ならまず間違いなく断らない。
ただ、俺は男で、そいつも勿論男なんだけどね。
「イケメン委員長サマにそう言って貰えるなんて光栄だね」
いくら状況が状況でも、けど何でそいつ、磯貝がそんなこと言い出したのか分からなくて、俺は両ポケットに手を突っ込んだままいつもの調子で茶化す。
今日はたまたま、本当にたまたま教室に忘れ物をして、まだ山道の途中だったからめんどいけど取りに戻って、そしたらちょうど学級日誌を書き終えて帰るとこだった磯貝と出くわした。
「あ、カルマ。…ちょうど良かった、ちょっと話したいことがあるんだけど」…そんな風に呼び止められて、また暗殺の相談か何かかなと、のんびりと構えていたらこれだよ。
夕焼けというには少々早いけど、ちょっと沈みかけた初秋の太陽がまたいい感じにこの山間の学校を照らし出してくれちゃって、俺と磯貝との影を地面に長く伸ばしている。
雰囲気的にはいわゆる愛の告白、というやつなんだろうけど、俺と磯貝に限ってまさかそんなことは起こり得ないだろうと思うので、それは除外する。こいつは結構、恥ずかしい台詞を真顔でしれっという傾向にあるので、これもきっとその一環なんだろう、と、俺は他人事のように思う。まぁそれなりに? ここまでいい仲間としてやってきたんだし。
優良物件かつ人望もある磯貝にそう思われていたなんて、実際のところ、気恥ずかしいけれど少しだけ安心する。誰かに認められるのは何にせよ嬉しい。これまた照れ臭いけど。
生真面目優等生タイプの磯貝と、素行不良常習犯の俺は、エンドのE組でもなければこうも交わらなかっただろう。
そんなわけで光栄だね、の言葉も満更嘘でもなかったのに、でも磯貝は俺の言葉を否定して力なく首を振る。
「違う。お前が思ってるような意味じゃないんだ」
「え? ……それって、もしかして」
何かこれもよくあるシチュエーションだな、と思いつつ、でもまさか、こいつに限ってまさかね、とも思いつつ、俺は半ば笑いながら聞き返すしかない。
いやまさか。有り得ないだろ流石にそんなこと。
「ぶっちゃけlikeじゃなくて、loveってこと?」
端的に問うと、その触覚頭は素直に頷いた。赤い顔のまま、こちらを上目遣いで見ている。
「………マジで〜………?」
本音がだだ漏れした。
いやホントにマジかよ。何でそうなった。
磯貝が俺をそう思うようになった理由がまったくもって見当たらない。
外見は派手だけどばっちり男だし、中身だって男だよ?
我ながら性格いいとは言えないし。いい性格してる、とは表せるけどさ。
「………磯貝。正気?」
「正気って。本気?なら分かるけど」
俺の言葉に磯貝は困ったようにツッコミを入れてくる。
けど俺としては、何で磯貝が急にそんなこと言い出したのか分からないし何より同性だしでまさしく正気かよ、と思う。
どっかで頭でも打ったんじゃないか、こいつ。
「カルマ。本気だよ、俺。じゃないとこんなこと言わない」
真剣に見つめてくる磯貝の態度は嘘とも冗談とも思えなくて、そもそもこういったことを嘘でするような奴でもないから、俺は戸惑うしかない。
どうやら本気で、正真正銘の愛の告白らしい。……でもそこで何で俺?
「何で俺なわけ?」
心の中の疑問をそのまま口にする。俺は磯貝とそれなりに接触はあるけど、例えば前原程にはこいつと親しくない。磯貝が俺をそういう対象として見るようになった理由に全く思い当たらない。
「俺、ゲイでもバイでもないんだけど」
そして念を押す。生まれてこの方、同性に恋愛感情を持ったことはない。クラスにちょっと気になる女子もいる位だし、実にノーマルな男子中学生なのだ、俺は。中二病入っちゃいるけど。
「俺だってそうだよ。でもなんていうか、カルマは特別っていうか、いつの間にか頭から離れなくなって」
磯貝はそう説明する。俺と同じく生粋のノーマルらしい。
それなのに何でこんなことになったんだか?
でも確かに告白には苦悩も垣間見えて、磯貝がそう結論付けるまでに相当頭を抱えたことが分かる。
「ちょっとした仕草を可愛いなって思ったり、笑った顔がいいな、って思ったり。赤い髪が綺麗だなとか、触ってみたいな、とか。カルマが時々する危うい表情見て、ほっとけないな、って思っちゃったり……」
「ちょ、磯貝ストップストップ」
俺は慌てて待ったをかけた。何その俺についての羅列。恥ずかしくて聞いてられない。
大体何なの、可愛いって。単純な顔立ちなら俺より磯貝の方がよっぽど可愛いじゃん、と思う。男子なら渚君が断トツで可愛いし。それ言うと渚君怒るけど。
その磯貝ははにかむような表情してるけど、多分俺の顔も赤くなってる。
「……あぁそっか」
不意に思い付いて俺は声を上げる。
磯貝が俺のことをそんな風に思う、そんな風に見るそもそもの理由にやっと察しがついた。
「磯貝、それさ、きっと吊橋効果みたいなもんだよ」
「…吊橋効果?」
磯貝は怪訝な顔付きになるけど、俺は頷いた。それなら説明がつく。こいつが、何で俺みたいのに惚れたのかって。
「そ。危険な場所だと恋に落ちやすいってやつ。
ほら、俺達はさ、月を破壊した犯人も、そいつをほっとくとどうなるかも知ってるじゃん? このままだと来年三月には地球は木端微塵。んでそいつをどーにかする為に大きな秘密抱えて、非日常的な学校生活になって。
だからきっと磯貝もさ、同じ掃き溜めクラスで日々暗殺してたりとか、同じ危機乗り越えたりしてる間に、恋って錯覚しちゃったみたいな……」
「そんなんじゃない!」
解説する俺を遮って磯貝が声を荒げた。珍しい姿に俺も固まる。磯貝はこんな風に突沸する奴じゃない。
「そんなんじゃない。そんなんじゃ……」
また赤くなって磯貝は気まずそうにうつ向く。そのまま、無言。
磯貝は俺より背はちょっとだけ低いくらいだけど、この時は何故か、ぐっと縮んで見えた。
……ああもう、これは。
認めなくなかったけど、これはもう認めざるを得ない。すとん、と腑に落ちてきた。
磯貝は、本気なんだなって。
本気で、俺のこと好きになっちゃったんだな、って。
男同士だってのは良く分かってるし、俺がそう簡単に受け入れるわけないって思ってても、散々悩んで苦しんで、言わないでいよう言うわけにはいかないだろって自分に言い聞かせながら、それでも言わずにはいられなかったくらい、
俺のこと、好きなんだな、って。
「……ごめん、磯貝。まさかそんなにだとは思わなくて」
「……いや、いいよ。信じられないのも無理ないから」
錯覚とかで片付けられない位には想っている、そんな磯貝の気持ちを推し量り切れなかったことを詫びると、磯貝も俺に謝ってくる。
「俺の方こそごめん。いきなり告ったりなんかして。でもやっぱり、黙ってるの、耐えられなくなっちゃったから」
申し訳なさそうに、けどやっぱり真っ直ぐに磯貝は俺を見てる。
もう、どんだけイケメンなのこいつ。顔じゃなくて態度がマジイケメン。きっと俺が磯貝を手酷く振ったとしても、恨みごと一つ言わず爽やかに去っていくんだろう。
好きだ、って言われて、こっちもいきなり心が動くわけじゃない。第一、心の準備がまるでなさすぎた。
でも、こんな潔い磯貝を、何となく邪険にはできない。俺もできるだけ応えてみないと失礼かも、なんて。突然恋人に、ってのは流石に無理だけど。
「磯貝がそこまで言うなら……じゃあ、とりあえず友達から」
「え………俺達、友達ですらなかったの?」
磯貝がしょんぼりした。いやそんな、触覚までしょんぼりされても。
捨てられた子犬のような、って比喩表現は、まさにこんな様子に使うんだろう。
「……こういう時の常套句でしょ。そんな言葉通りの意味で取られても」
「そ、そっか! …じゃあ、少しは期待しちゃっても、いいのかな?」
磯貝の顔がぱあっと明るくなる。めっちゃ目がキラキラしてる。アホ毛も元に戻った。むしろぴんぴんしてる。
何それ。こいつ、俺のことそんなに好きなわけ?
それに期待って。勝手に期待されても。重ねて言うけど俺ノーマルだよ?
……でもまぁ、それはこれからの磯貝次第じゃない? そんな風に思っちゃう辺り、俺も相当こいつの正直さに毒されてる。
「…少しだけね」
「サンキュ、カルマ! カルマは優しいよな。そんなとこも好きなんだ」
ほらまた。そーいうこといい笑顔でさらっと言う。
もうさっきから恥ずかしくて仕方ないからいい加減にやめてくれる?
譲歩するんじゃなかったかな。
「それじゃあ、今日は一緒に帰ろう」
嬉しさを隠しきれない、って感じで磯貝が言う。さっきから、俺の言葉に一喜一憂し過ぎなんだけど。磯貝の方が俺より遥かに可愛いんじゃないの、とさえ思う。いつもこんなんだっけ、こいつ。優秀な学級委員じゃなかったっけ。
「……何か調子狂うな〜」
「何か言った? カルマ」
「……別に?」
「じゃあ、帰る?」
「…そーね」
このまま単なる友達で終わるのか。まさかまさかで進展しちゃうのか。今の俺には分からないし、おっそろしくて考えたくもない。
でも、どっちに転ぶかなんてホントに、きっと神様にだって分かりゃしない。だって俺達、やっとこさ同じスタートラインに立った、ってなとこだから。
先に歩き出した磯貝は、うきうきした様子で俺も歩き出すのを待ってる。何かムカつくから、その触覚引っこ抜いてやろうかな。そうする為には、やっぱり俺も一歩歩き出すしかないんだろう。
俺は軽く溜め息を吐いて、とりあえず磯貝に続いて歩き出した。








END
















最初の数行が浮かんで、そこからは流れも割とさーっと浮かんだお話。
磯カルは書こうとすると気持ちの比重が大抵磯貝→カルマになる…。
磯貝は何気に書くの難しいです。でも感情表現どストレートイケメン、を目指すとやっと動いてくれる感じ。

タイトルは位置について、の意味です。


2015,4,18

初稿:2015,3,17











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