お昼寝
とろとろとした陽だまりが心地良い、春のスフォルツェンド城内。
いつもの如く、仕事の間を見計らってリュートはフルートと遊んでやっていた。
フルートは普段は、彼女の世話係である女性達に子守りをされている。無論、母であるホルンやリュートも面倒を見てはいるが、王家の人間という立場である以上、どうしても四六時中付きっきりではいられない。それ以外の時間にフルートを見る者が必要となってくる。
しかし今はこうして、リュートがその限られた時間の中、妹を構いにやってきている。そこでフルートの世話係の者達も気を利かせて退室し、兄妹二人の時間を邪魔しないようにしていた。
大きな窓から入り込む日差しが室内を明るく照らし出し、空気を白く染め上げている。薄ピンク色のワンピースを着たフルートは、もうすぐ二歳だ。ようやく肩の辺りまで伸びてきた茶色の髪を二つに分けて結わえている。すっかり女の子らしくなったフルートの前で、リュートは楽しくて楽しくて仕方ない、といった風にニコニコニコと笑っている。
フルートはお喋りも少しずつ達者になってきて、会話のやり取りもたどたどしいながらも交わせるようになってきた。
「フルート、今日は何をして遊んだんだい?」
「くまさん」
「そっかそっかー、熊の縫いぐるみで遊んだんだ! フルートは縫いぐるみが好きなんだね! お兄ちゃん今度、お土産に何か買ってこようか? ウサギが良いかな、猫が良いかなぁ、それとも犬!? お兄ちゃんとしてはアナコンダ辺りがお勧めだけど!」
「うさちゃん」
「分かった! ウサギさんだね!? よーし、お兄ちゃん今度買ってきてあげるからね! どんなのが良いかなぁ、ピンク色でふわふわしたのとか…ああでも、2メートル越え筋肉質ジャイアントウサギの方が何かと遊べるかな!?」
……とまぁこんな風に、実質、会話の8割はリュートが一方的にぺらぺらとまくし立てている。フルートの方は単語の発語も増えてきたとはいえ、このようにハイテンションなリュートのテンポにはまだまだついていけないのだ。それでもこんな会話の雛型でも、兄馬鹿であるリュートとしては十分に大満足なのである。
明るいフルートの部屋は、淡い色をした絨毯が敷き詰められ、カラフルなおもちゃがその上のあちこちに転がっている。今しがたフルートが言っていた、大きめの熊のぬいぐるみやお人形、積み木に絵本、ボールなど…。この中にはリュートが勝ってきた土産も少なくないのだが、いかんせん彼はセンスが無いので、それはそれは怪しげな髑髏の置物だったり、黒魔術に使うような本だったり、骸骨の人体模型だったりする。それらは部屋の隅に一固まりに置かれ、そこだけ異様な空気に満ちているが、リュートはその辺りあまり深く気にしてはいないらしい。
四等身ほどのフルートはその絨毯にぺたりをお尻を付け、ふくふくした手で目の前にある積み木を重ねたり崩したりしている。リュートも真似をして積み木の一つを一番上に重ねてやると、フルートはその上にもう一つ積み木を乗せた。積み木が高く積み上がったことに、フルートは嬉しそうににっこぉ〜と笑ってぱちぱちと拍手をした。そういった愛らしい姿にリュートの顔はもうデレッデレである。
ひとしきり積み木で遊んだ後は、フルートはお気に入りの熊と、他のパンダやゾウの縫いぐるみを持ってよじよじと寝台の上に登った。縫いぐるみを抱えて揺らしたり、ただぎゅっと抱っこしたりしている。まだごっこ遊びにもならないが、大好きな縫いぐるみをむぎゅむぎゅしているだけでも、フルートは満足らしい。
「楽しい? フルート」
リュートも同じように寝台に登ってみる。キングサイズ、とまではいかないがフルートの寝台はリュートが登ってもまだ十分余裕がある程に広い。窓からの日差しに温められて、敷布はほんのりと温かく、ふわふわしている。
フルートはリュートの問いに黙ってこくんと頷いただけで、今度はごろんと寝台に寝転がると、高い高いをするように熊を抱え始めた。にこにこと笑いながらしばしそうしていて、その内にやがて、フルートの目がとろんとしてきた。そうして大きな欠伸を一つ。
「あれ、眠いの、フルート」
その問いにはやはり答えず、フルートは脇に熊を置くと、リュートに甘えるように体をすりよせて来た。しきりに目を擦っている。
「じゃあ、このままお昼寝しちゃおうか」
春の午後の陽気に誘われたのだろう。フルートは横を向いて寝台に転がり、もうぼんやりしている。
リュートも同じように体を横たわらせて右腕に頭を預けると、反対の左手でフルートの腰の辺りを優しくぽんぽんと叩き始めた。一定のリズムに、フルートのまどろみが次第に深くなってくる。ぼんやりと遠くを眺めていた目が、次第に瞬きが増え、終いにピタリと閉じる。すうすうという小さな寝息。呼吸で緩やかに上下する肩。
「ふふ、気持ち良さそうだなぁ…」
気持ち良さそうに眠りについた妹を見ていると、何だかこちらまで眠くなってくる。
フルートの愛らしい寝顔を眺めつつ、リュートも段々と、全身を気だるいものに包まれていった……。
「……あらあら」
これまた公務の間にフルートの様子を見に来たホルンは、子ども部屋に広がる光景に目を丸くした。扉から半身だけを覗かせた姿勢のままで、思わず笑みを漏らす。
温かな空気の中、フルートは寝台で気持ち良さそうに寝息を立て、その隣でリュートもまた、すっかり眠りこんでいる。リュートの左手はフルートの上に置かれたままだったから、恐らくは寝かしつけているうちに彼もまた眠りこんでしまったのだろう。瞳を閉じたあどけない顔は、こうして見ると、戦うことなどまるで知らぬ少年のようである。
(いつも忙しいものね)
大神官として各地を飛び回っている彼の身を思う。日頃の疲れが出たのに違いない、そうでなくてもこの春の陽気、眠りに誘われてしまったのも無理からぬ話だ。
兄妹揃って一つの寝台で仲良く眠る……二人は歳の差こそ大きいが、母ホルンにとってはそれでもこの上なく微笑ましい光景だ。
ホルンはリュートも起こさないまま寝かせておくことに決めた。充分に休息をとることだって重要だ。ただでさえ、彼は必要以上に無理をしていることが多いのだから。
「おやすみなさい、子ども達。いい夢を……」
そっと声に出してそう告げると、ホルンは微笑みを湛えたまま、静かに部屋の扉を閉じた。
END
フルートを寝かしつけている最中に、つられて寝てしまうリュート。
子育て中あるあるなこの1コマ、本当は牧歌的な感じでイラストにでもしよーかな、と思ったのですが、うまく描けそうになかったので小説にしてみた。
久々の「切手〜」シリーズです。
初稿:2013,9,12
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