抱き癖
嬉しいけれど、ちょっとだけ困った。
フルートに抱き癖がついてしまったのだ。
「あう・・・うあ〜・・・やわわわ・・・」
一歳になったばかりのフルートはリュートの膝の上にちょこんと座り、ご機嫌な様子でまだ意味をなさない喃語を上げて、お気に入りのぬいぐるみをいじっている。
その様子はもうとにかく可愛らしくて、ずっとこうしていたいという衝動にリュートは駆られるのだが、フルートの兄であると同時に彼はこのスフォルツェンドを守護する大神官なのだ。いつまでも職務を放棄しているわけにも行かない。
「リュート王子。国境の守備のことについて御相談が・・・・」
「分かった。今行くよ」
案の定、リュートがフルートの部屋に遊びに行ったきり戻ってこないのを懸念してか、将軍の一人が部屋の中を遠慮がちに覗き込んでそう切り出した。
リュートとて、言われずともそろそろ向かうつもりであったので、この申し出は逆に有り難かった。
(名残惜しいが)フルートと離れる口実がこれでできた。
「ごめんね、フルート。お兄ちゃん、ちょっと用ができたから行かなくちゃ」
リュートは申し訳無さそうに笑んでフルートの頭をなでると、そっとフルートを絨毯の上に下ろした。
その途端、である。
リュートが立ち上がる暇も無く、さっと不安げな顔になったフルートは、「う〜・・・」と泣き声を搾り出すと、必死にリュートの膝にしがみついてきた。抱っこして、とせがむように両手をいっぱいに広げ悲しそうに顔を歪める幼子のこのいじらしい様子には、流石の百戦錬磨の英雄でも敵わない。
「参ったな。はは・・・・」
困ったようにリュートは笑うと、結局、ひょいとフルートを抱き上げてしまった。ぺたん、とフルートは体をリュートの胸に預け、手は彼の背中をぎゅっと掴む。それでもしばらくは泣き止まなかったが、リュートがフルートの背を優しくぽんぽんとしてやると、ようやく安心してか、けろっとにこにこと笑うのだった。
最近、ずっとこんな調子である。
ホルンが国政で忙しく、そうでなくてもリュートがそのあまりの可愛さにフルートに構ってばかりだった結果、見事に抱き癖がついてしまった。
リュートに抱っこされたり、その膝の上に乗っているとフルートはご機嫌だが、ちょっとでも離れると大泣きするのだ。リュートとしてはそんな妹を放っておけず、ついまた抱っこしてしまい・・・の繰り返し。
一時的なものだろうし、成長するにしたがって消えるだろう、という若干楽観視した考えもあってか、リュートはとにかく妹には甘い。
スフォルツェンドの魔人も形無しである。
異国の言葉を借りれば、まさに『泣くこと地頭には勝てない』といったところか。
「あの〜・・・・王子・・・・・」
「うん、みんなにも迷惑かけちゃってごめんね」
今度は将軍に対し済まなそうに笑うと、リュートはフルートをよいしょと抱え直した。
「フルートはこの通りボクから離れそうもないし・・・・今日も連れてっていいかな?」
その言葉の意味を知ってか知らずか、フルートは御満悦な様子で大人しくリュートに抱っこされている。
というわけで、リュートは『今だけだから』と心の中で言い訳をして、今日も職務に向かうのであった。
<END>
一歳になりたてって、一番可愛い時期だと思う(超個人的意見)
あのおぼつかないよちよち歩きとか、ぷくっとしたほっぺとか、可愛すぎる。
ついつい無下にできなくて思わず抱っこしたくなっちゃうよな〜と思ってたらこんな話ができました。
遅筆の私にしては珍しく30分くらいで書けた。
2008,4,6
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