背中



あんまり天気が良かったから。
細かいことを考えず、突発的に散歩に出かけた。
てくてくてく。てくてくてく。
まだおぼつかない足取りが奏でる足音がすぐ隣から聞こえてくる。
小さな妹の頭を見下ろして、リュートがにっこりと微笑むと、それに気付いたフルートもまた兄を見上げて、にこっと笑った。
屈託のない幼子の笑みは、どうしてこうも愛らしいのだろう。
ようやく肩まで伸びてきた柔らかい濃茶の髪を二つに分けて首の後ろで結わえたフルートは、その頭を小さく振りながらご機嫌な様子で歩いている。
やっぱり散歩に出てきて正解だったかもしれない、とリュートは一人うんうんと頷いた。三歳になったばかりのフルートは、砂利が覆う野道の両端を、喜んであっちに行ったりこっちに来たりしている。
幼子にしてみれば、ほんの小さな花や虫とて、限りない興味の対象になるのだ。
「おにいちゃん、ちょうちょ」
ふくふくとした手でフルートは空を指差した。リュートがその視線を追ってそちらを見遣ると、成程そこにはひらひらと白い蝶が舞っている。
「あぁ、モンシロチョウだね」
「うん」
リュートがその蝶の名前を何の気無しに口にすると、フルートは理解したのやらしてないのやら良く分からない様子でそれでもこくんと頷いた。
その蝶の名前などより、ただ蝶が軽やかに空を飛んでいる、それだけでこの小さな少女には十分だった。近くまで降りてきて飛んできた蝶を、フルートはきゃあきゃあ言って追いかけている。
微笑ましい光景を、それこそ微笑を讃えながら見つめていたリュートは、両手を前で組んでう〜んと伸びをした。風が頬を撫ぜ、本当に気持ちが良い。何気ない一時なのに、この上なく満たされたような心地になる。
何をするわけでもなくただひたすらに野道を歩いて、時には野原に下りたり、時には小川を覗き込んだり。
まさに散歩としか言いようの無い時間を二人は過ごした。普段は城の中で過ごすことが多いから、それだけでもフルートにとっては大冒険だ。
そうこうするうちにやがて青かった空には茜が差し、元気一杯だったフルートも、とろんと瞼が下がってきた。
「フルート、もう帰ろうか?」
「うん・・・・」
フルートは目を擦り擦り答えた。もう相当に眠いらしい。リュートが帰宅を提案したのは、あまり遅くなると母や城の者達に心配をかけてしまうということもあったのだが、何よりもこの小さな妹が大分お疲れの様子だったからだ。
「じゃあ行こう」
「ん・・・・」
リュートが手を差し出すと、フルートは大人しくその手を握った。手を繋いで帰途に着くが、フルートの足取りは行きと違ってとても重い。
リュートが心配になってその顔を覗き込むと、フルートは眠気のせいもあったのだろう、ぐずり出す直前のような表情になっていた。そうして舌っ足らずな発音で一言。
「おにいちゃん、おんぶー・・・・」
フルートはまた目を擦っている。頭も時折かくんと揺れて、もう相当に眠いのであろう様子が見て取れた。
リュートはそれを見てくすっと笑うと、妹の要望通りに、しゃがみ込んでその背中に負ぶさるように促した。
「ほら、フルート」
「・・・・・」
フルートはもう無言でその背中にのそのそと這い登ってきた。フルートが肩に手をかけたのを確認すると、リュートはその太股を支えてよっと立ち上がった。フルートは甘えるようにリュートの背中に頬を摺り寄せてきた。
「楽しかったね、フルート」
「うん・・・・」
「また来ようね」
今度は返事はなかった。代わりに大きな欠伸が一つ。
そうしてまたフルートはリュートの背中に寄りかかる。
その重みと温もりを限りない至福のように感じながら、リュートは城へと続く道をまた歩き始めたのだった。






<END>







「切手の〜」シリーズを思いついたとき、真っ先に思い浮かんだのがリュートがフルートをおんぶするの図でした。
リュート・フルート兄妹散歩に行くの巻。
ただその辺の道を歩くだけでも、子どもには新鮮なものなのですよ。


2008,4,6





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