―終章:年の瀬に―



明治二十一年、大晦日。
家の台所では、宗次郎とが御節作りに精を出していた。
既にでき上がったお煮しめや煮豆などは重箱に彩り良く盛り付けられ、早くも正月の匂いを感じさせる。
宗次郎はかまどの前で竹筒を吹いて餅米を炊く火を調節していて、は昆布巻きの昆布に干瓢を巻いていた。
と、ふとそのの手が止まる。しばしそうしての手が止まったままなので、不思議に思った宗次郎はその場に立ち上がった。ずっと屈んだままだったので腰が少々重い。宗次郎は腰に手を当て、うーんと伸びてその凝りをほぐす。
見れば、は何やらぼんやりとして、考え事をしている様子だった。
「どうしたんです? ぼーっとして」
宗次郎が声をかけると、は顔だけをこちらに向けてきた。茫漠としていた顔には、ややあって微笑が浮かぶ。
「あ・・・うん、ちょっと色々考えちゃって。今年は、色んなことがあったなぁって・・・」
そうしては、天井を仰ぎ見る。その先を通り越した空を見るかのように。
「宗次郎君と出会ったのが五月頃でしょ。そのまま家に居候することになって、秋には蘇芳さん達との闘いがあって」
一つ一つを噛み締めるように、は彼女が宗次郎と邂逅してからの出来事を連ねていった。それで宗次郎も思い返す。
十年の流浪を経て辿り着いたこの場所。ほんの少しだけ滞在するはずだったのが、それが随分長くなって、いつしかこうして宗次郎がここにいるのが当たり前のようになっていた。
あの蘇芳との激闘の後も、戻ってくることができた。それを望んでいい筈も無かったのに、彼女や浅葱は宗次郎を受け入れてくれた。共にいることを赦して、くれた。だから今も、こうして一緒に笑っていられる。
過ぎてみれば、あっという間の出来事のような気もするけれど、そのどれもこれもがこの一年にあった事だった。
「そうですね。本当に色々なことがありましたね」
宗次郎が同意して笑いかけると、も笑って、もう一つ今年あった出来事を付け足した。
「それに、ついこの間の、神隠し事件も」
宗次郎も、思い出すようにあぁ、と声を上げた。
あの後、気絶した比留間兄弟を叩き起こして(その後二人は縛り付けておいた)聞き出した子ども達の監禁場所は、屋敷の外庭に併設してある蔵で、そこでさらわれた子ども達が誰一人欠けること無く見つかった。
大喜びで宗次郎と左之助に纏わりついてきた子ども達を、それぞれの家まで送り届けがてら警察にも通報すると、すぐに警官隊がボロ屋敷まで派遣された。比留間兄弟もしっかりとお縄となったらしい。
案外、あの二人のことだから、ちゃっかり脱走してまた懲りずに悪さをしたり、ということも有り得そうな辺りが何とも・・・である。
比留間兄弟が繋がっていた仲介業者にも捜査の手は伸ばす予定だと新田は語っていた。
何はともあれ、一連の神隠し事件はこうして無事に解決し、子ども達の親からお礼に、と米や酒や野菜や魚が山のように届けられ、左之助はいい東京土産ができたと喜び、宗次郎も正月料理に使えるなぁ、と無邪気に思い、その半分はその夜の宴会でぱあっと平らげてしまっていたりもするのだが、これはまぁ余談。
それから一夜明けてすぐに、左之助は東京に発っていった。
「相楽さん、お正月までゆっくりしていけば良かったのにね」
はしみじみと呟く。
『世話になったな』と手当てと滞在の礼を言い、『心配性も程々にしとけよ』と揶揄するように豪快に笑って、左之助は去っていった。宗次郎を風に例えるなら、左之助はまるで突風のようだ、と思う。
「正月に間に合うように東京に行って、いきなり顔出して緋村さん達を驚かせるんだって言ってましたからね。相楽さんほど体力のある人なら、とっくに東京に着いてるかもしれませんけど」
左之助の言動を思い出し、宗次郎はくすくすと笑う。左之助にしてみれば、剣心はそれこそ心を通い合わせた盟友だ。会って積もる話でもするのだろう。もっとも、東京に訪れた後はまた海の向こうに飛び出して行く、とも言っていたが。
彼は宗次郎のような行く当ての無い流浪人とは違う。何かを探すためではなく、とうに見つけた自分の生き様を貫くために広い世界へを足を向けている。そこに迷いは何も無い。成程、あの安慈さんが勝てないわけだ、と、納得してしまった。
『帰る場所、守る者がある奴は、それだけで強くなるもんさ。どうやらここは、お前の帰る場所にみてェだからな』
神隠し事件から無事に帰ってきた宗次郎を見てほっと胸を撫で下ろしたに、左之助はそんなことを言っていた。その言葉の意味を宗次郎は掴みかねたが、言わんとすることは何となく分かった。
長い流浪の末にようやく見つけた安息の地。確かにここは宗次郎にとって、帰る場所だった。
『もっとも、俺にはそんなものは必要ねェけどな』
左之助は力強く笑っていた。悪一文字と拳一つがあればいいと、そう言って。
その二つを供にして、左之助はまた世界へと飛び出していくのだろう。ある意味、それが彼にとっての答えなのだろうから。
「でも、また会えますよ、きっと」
確証は無いが何となくそんな気がして、宗次郎はそう口にした。
も頷いた。もまた、そんな気がした。その頃には彼に心配性を笑われないように、もっと強く、宗次郎のことを信じていよう。もっと心を強く持とう。そう、思った。
「おーい、餅米まだかー? こっちは準備できたぞー」
戸口の外から浅葱の呼ぶ声がする。餅つきの為の杵と臼の用意ができたのだろう。
宗次郎はあ、と顔を付き合わせて、一瞬の後にくすっと笑う。
「もう少ししたら行きますね〜」
浅葱にそう返事をして、宗次郎は慌ててかまどの前に戻った。も調理を再開する。戸口と壁の隙間から、ひゅうと冷たい空気が入り込んできた。
もうすぐ新しい年がやって来る。







<了>



















というわけで、前作『風の彼方』で出てこなかった左之助登場のお話でした。
要は宗次郎と左之助の絡みをやりたかった話なので、ちょっとライトな雰囲気を目指して書きました。アニメでの長編と長編の繋ぎにあった話みたいな(笑)。
意外に左之助のキャラを私が掴めてなく、書くのに予想外に苦戦してました・・・二人のアホなやりとりはぽんぽん浮かんできたのですが(笑)。
まー二人のやりとりを楽しんで下さった読者様がたくさんいらっしゃったので、書き手としては嬉しかったです。



本当は、左之助が去った後の話しも考えていて、そっちはシリアスの度合いが高くなって斎藤さんや縁の登場も考えていたのですが、話を練り切ることができず、中途半端な作品に仕上げるくらいなら・・・と潔くそちらはボツにしました。
『寒月編』で使う用だったネタはあるので、いつかこの二人の出てくる話にも挑戦したいです・・・・予定は未定ですが;



連載期間の割りに短めのお話となってしまいました(その上長々とお待たせしてしまってすみません(爆))が、ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました(ぺこり)
掲示板や拍手などで感想頂けたら嬉しいです。



3月27日




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