七夕の時間
「さぁ皆さん! 七夕をしましょう!」
「「「はぁ?」」」
帰りのホームルームでの担任の唐突な発言に、E組一同は揃って怪訝な顔をした。
確かに今日は7月7日、七夕である。がしかし椚ヶ丘中学校においては、1学期期末テストの直前、追い込みの真っ最中なのだ。触手の件やA組との賭けもあり、今回のテストは絶対に気を抜けない。
なのに、見れば窓の外にはいつの間にか大振りの笹。殺せんせーの触手には短冊に折り紙にハサミに糊と、笹飾りを作って飾る気満々だ。織姫のコスプレをしてワクワクしている担任に反し、クラス中からは案の定ブーイングが飛ぶ。
「殺せんせー、そんなもんやってる場合でも暇もねーよ」
「そーだぜ。テストまでもう時間無いってのに」
「大体、七夕とか小学生じゃねーんだから…」
「まぁまぁ皆さん」
マッハで織姫の扮装を解いた殺せんせーは、真面目にE組一同に語る。
「テストに向けて、皆さんが頑張っているのは知っています。ですが、時には息抜きも必要です。七夕は元々は中国のお祭りとはいえ、日本の伝統行事でもあります。アジアの各地で長く楽しまれてきた七夕祭り…それを皆で行い、長い歴史に思いを馳せるのも良いことだと思います」
穏やかな殺せんせーの言葉に皆聞き入る。その話を聞いて納得し…かけたところでの、
「…って、それっぽいこと言ってるけど、単に殺せんせーが七夕やりてーだけだろ」
「にゅやッ!?」
杉野のツッコミに、殺せんせーが焦った風に跳ねた。
「…ええそうですよ。先生は皆さんと七夕がやりたいんですよ! せっかくの! 年に一度!の、イベントじゃないですか!」
「ほら認めたよ…」
開き直った殺せんせーに前原が呆れる。と、ここで女子学級委員の片岡が言った。
「まぁいっか。皆で七夕やってみても。確かにテストテストで気が張ってるから、息抜きも必要よね」
「殺せんせー、イベント事とかお祭り好きだもんね」
表情を和らげた片岡の言葉に、矢田も笑って同意する。それを受け、クラス内に『七夕をやってみてもいいか…』という空気が流れ出した。
その機を逃さず、殺せんせーがマッハでE組全員に折り紙やハサミ、糊を配る。
「そうと決まれば、早速笹飾りを作りましょう! 何、皆で作ればすぐですよ。適度に指先を動かすのは、脳の活性化にも繋がりますしねっ」
「…何か、いい感じに殺せんせーに乗せられちゃったね〜」
「うん。けど、こういうのも楽しいかもね」
隣から話しかけてきた茅野の言葉に、折り紙をひらっとさせつつ渚が答える。
何はともあれ、そんな経緯で笹飾り作りは始まった。「吹き流しは織姫の織り糸を表し、裁縫の上達を。投網は大漁を祈って…また、星の飾りは星に願い事が届くように…」などと、分身した殺せんせーが笹飾りについての作り方や蘊蓄を披露する中、生徒達に配られた折り紙はハサミで切られ糊で貼られ、様々な飾りに形を変えられていく。
「輪繋ぎとか久し振りに作った〜」
「うん。小学生の時以来だな」
「俺は幼稚園の時以来だぜ」
「こーいうのも、やってみると結構楽しいね」
「おっ、菅谷が作ったやつ、やっぱ凄ぇな!」
「それに引き替え、寺坂のは適当だな〜」
「うるせー! 一応は作ってやってるんじゃねーか! だから七夕とかガキかよってんだ」
皆が皆完全に乗り気というわけでもないが、和気藹々と笹飾り作りは進む。ある程度完成したところで殺せんせーが「そろそろいいでしょう」と、その飾り達を回収した。
「おお、皆さんなかなかの力作ですねぇ。良いものができました。…さてお次は、七夕といえば何といってもこれですよこれっ!」
今度は彦星のコスプレをした殺せんせーが、皆にパシパシパシッと短冊を配っていく。
「本来は裁縫や習字、芸事の上達を願うものだ…なんて、お固いことは言いません。皆さんの心のままに、願い事をバンバン書いちゃって下さい! …あ、『殺せんせーの暗殺が成功しますように』『今度のテストでいい点が取れますように』系のお願いは先生が纏めてしておきますから、皆さんは心置きなく自分の願い事を書いて下さいねっ!」
「なんでターゲットの張本人が、自分の暗殺達成をお願いするんだよっ!」
「ただ俺らの願い事がどんなのか見てニヤニヤしたいだけだろっ!」
前原と杉野から飛んだツッコミに、殺せんせーがにやりとする。
「担任としては、皆さんが心に秘めた願望も知っておきたいですからねぇ。ヌルフフフ…」
「タコに見られるの前提で願い事書くの、何かヤだな…」
菅谷がぼそっと言うと何人かがうんうんと同意して頷く。「まぁどの道、飾れば皆にも見えちゃうけどね」と苦笑した渚が言い、そもそもそういうイベントだし仕方ないかと、皆は短冊に己の願い事をカリカリと書きつけていく。その様子を目にした殺せんせーは、ご満悦といった風に深く頷いた。
「…さて、先生はこの間に皆さんが作った飾りに糸を付けておきますね。どんな短冊が出来上がるか楽しみです」
※ ※ ※
短冊も書き上がると、E組一同は木造校舎から出て、校庭で笹の飾り付けをした。輪飾り、くす玉、吹き流し…緑一色だった笹がカラフルに彩られ、華やかになっていく。
『暗殺達成!』『打倒A組!』、そんな風に書かれた短冊を殺せんせーがあちこちに吊るしていく中、皆も思い思いの枝に短冊を結び付ける。そうしてすべての飾り付けを終えると、殺せんせーが笹を立て、校舎脇の電柱に紐でくくりつけた。
風でさらさらと笹の葉や飾りが揺れ、見事に仕上がった笹に皆から歓声が上がる。こうして完成させてみれば、笹を見上げるE組の皆に浮かぶのは、満足そうな表情だ。
いつしか烏間やイリーナも校庭に現れ、E組生と共に七夕を楽しんでいた。
「『志望校に合格できますように』『背が伸びますように』…ふん、面白味の無い願い事ねぇ」
「そーいうビッチ先生は何をお願いしたんだよ」
「決まってるわ。『世界中の男は私のモノ』よ!」
「…欲にまみれてんな〜」
「つーかビッチ先生、七夕の意味履き違えてねぇか?」
「ねぇねぇ、茅野ちゃんは何て書いたの?」
「えへへ〜、『プリンをお腹い〜っぱい食べられますように』!」
「わ〜、可愛い願い事だねっ!」
「本当は、『胸が大きくなりますように』が良かったんだけど、でも織姫が巨乳だったら何か癪じゃない!?」
笹を見上げたまま、皆の会話が盛り上がる。そんな皆の様子を、テスト前だけど気分転換になって良かったかもな、と、磯貝は皆の後方から眺めていた。
と、同じように皆から少し離れた場所にいるカルマの存在に気付く。こういったイベント事にあまり興味のなさそうなカルマも、殺せんせーの提案ということもあってか七夕には(多分渋々)参加していた。
そんなカルマの隣に移動して、磯貝は話しかける。
「これだけ人数いるから、結構凄い笹になったよな」
「まーね」
ズボンのポケットに手を突っ込んで立っているカルマは、それまで笹の方に向けていた顔を磯貝に向ける。
「カルマは願い事、何て書いたんだ?」
「そー言う磯貝は?」
「『家族や皆と毎日楽しく過ごせますように』」
「磯貝らしーね。『一生、食い物に困りませんように』とかの方が良かったんじゃないの?」
「それも考えたんだけど…七夕に願うには切実過ぎかなって」
「成程ね〜」
尋ねると聞き返されたので磯貝が素直に答えてみれば、カルマは小さく笑う。「俺の願い事、知りたい?」、そのままイタズラっぽく目を細められたので、磯貝はどきっとしつつも頷く。
「…『磯貝が俺に振り向いてくれますように』って」
「えっ…?」
カルマが甘く囁いた願い事は予想外過ぎて、その不意打ちに磯貝の胸は更に高鳴る。E組の皆の賑やかな声が遠ざかっていくような錯覚を覚える中、磯貝はカルマと、しばし無言で見つめ合っていた。
「…嘘だよ。本気にしちゃった? 本当は『悪の官僚になれますように』だし」
そのふわっとした、どこか落ち着かなくもある空気を断ち切ったのは当のカルマで、今度は磯貝を見たままニッとする。普段の雰囲気に戻りながらもカルマは未だ磯貝に意味ありげな視線を向けていて、…だからなのか、磯貝もぽろっと本音を呟いた。
「…じゃあ俺も、『カルマが俺のこと好きになってくれますように』って書けば良かったかな」
カルマはそれには何も答えず、意味深な微笑みを笹へと移しただけだった。それで磯貝も、カルマ同様、静かに笹を見る。
さわさわと風に揺れる深緑の笹の枝。それに飾られた数々の願い事を、昼間には輝きの無い遥か彼方の星達も、遠くから見下ろしている筈だった。
END
短いですが、両片思い的磯カルでした。そこはかとなく二人のやり取りが少女マンガテイスト…。
同じクラスなのと、殺せんせーがイベント好きなのとで、行事関連で浮かぶネタは磯カルが多いです。
2017,7,7
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