茜模様の帰り道
転職の神殿からの帰り道、カルマはいつになく静かだった。
普段のカルマなら、こういう時は渚や杉野辺りと他愛無い会話を交わしつつ帰ってる筈。…でも今は、帰路につくE組の最後尾で、一人、誰とも話すことなく歩いてる。
ふと後ろを振り向いた時にそんなカルマが目に入って、気になってしまった俺は、一緒に歩いていた前原や三村に断って、カルマのところに向かった。
俺が近くに来たことに気が付くと、カルマは「何?」と首を傾げた。空を茜色に染めている夕陽が、どこか冷めている風なカルマの顔にも柔らかな光を注いでいる。
皆よりもゆっくり歩くカルマの隣に並んで、俺もカルマの歩調に合わせてゆっくり歩き出す。そうして、話しかけた。
「今日の職業体験さ、疲れたけど楽しかったよな」
「んー」
まずそこから話を始めてみれば、カルマは手を頭の後ろで組んで肯定とも気の無い返事ともどちらでも受け取れるような声で相槌を打つ。
「戦士とか武道家とか、気になってたジョブを実際に体験できたし」
「磯貝、どのジョブになってもバグで背中側消えてたよね〜。面白かった」
その時の様子を思い出したのか、カルマがやっとクスッと笑う。普段は何の役にも立たない俺の貧乏バグだけど、こうやってカルマを少しでも笑わせることができて良かったな、なんて頬が緩む。
「まぁ、カルマはもう魔法剣士だから職業体験なんて今更だったかもしれないけど…。学校卒業してからも、魔法剣士続けるのか?」
「さーね」
「それとも…やっぱり勇者を目指すのか?」
「…磯貝は? 磯貝だって剣反応してたじゃん」
俺の質問には答えないで、カルマは逆に俺に質問してくる。
神殿に安置してあった、伝説の武器・勇者の剣。その剣に触れた際に反応があったのは、E組では俺とカルマ、それから渚だけだった。
少し考えて、答える。
「俺はさ…カルマ達に比べれば、剣の反応は小さかったし。剣の反応があったことは正直嬉しかったけど、でも俺はやっぱり勇者になんて向かないだろ。この後ろ姿じゃ」
ハハッて軽く笑ってみたけど、カルマは俺につられることなく冷めた顔したまま。
「あんなに剣が反応したカルマや渚の方がずっと、勇者の適性あるよ。…だから、俺は俺に向いてる他の職を目指すと思う」
「……」
「なんて言っても、俺はこの背中だから、どの職になっても様にならないかもしれないけどな」
「…多分、あの剣は磯貝のそーいうトコに反応したんだろーね」
「…え?」
「何でもな〜い」
カルマが何かぽそっと言ったけど聞き取れなかった。聞き返しても、カルマは目を閉じて笑って知らんぷりするだけ。
それでも、こうして隣で歩くことが、少し離れたこの距離感が、何となく居心地がいいなんて思う。
「磯貝は剣得意だし、無難に戦士とか、騎士とか似合ってそう」
猫みたいにくるっとした目を俺に向けて、カルマが言う。カルマがそう言ってくれたのが何だか嬉しくて、俺はその話題に乗った。
「そうだな。その辺りにしようかなって考えてる」
「いっそ、浅野クンと同じく聖騎士ってのもいいんじゃね? ただの騎士より、磯貝それっぽい」
「悪くないけどさ…そうすると浅野達と同僚になるわけだろ? 俺、あいつらとうまくやってけるかな」
「磯貝なら大丈夫でしょ」
「だといいけど。改めて考えてみると、あいつらも俺らと同い年で既に職に就いてるんだから、凄いよな。でも俺の場合バグ持ちだから、聖騎士になるのはまず法王に認めて貰えなさそうだよ」
「あぁそっか、そこ問題だったね〜」
「というか俺、聖騎士に限らず、このバグでちゃんと職に就けるのかな…」
「磯貝なら、大丈夫でしょ」
カルマは俺に一度言った言葉をもう一度繰り返した。最初のは適当さが含まれてたけど、二度目のそれは笑みと共に穏やかに言ってくれたから、やっぱり俺は嬉しくて、カルマに笑みを返した。
いつの間にか、前を行く皆と間が空いてしまって、俺達はまるでE組の列から二人だけ取り残されたみたいだった。こんな風にカルマと二人きりで、がっつり話すのはこれが初めてだな、とか思いつつも、この時間がもう少し続いて欲しかった。
夕焼け空の下、職業体験についてだけじゃなく、他のことも話しながら俺達は歩き続ける。カルマの穏やかな声は耳に心地よくて、時折浮かべていた柔らかな笑みにはつい目が奪われそうになった。
なんでだろう。カルマのすぐ近くにいるせいかな。戸惑ってると不意に見下し発言をしたカルマの頭上にタライが落ちてきて、「大丈夫か?」「いつものことだしへーきへーき」、そうやり取りをしているうちにそんな戸惑いも散っていく。
あとちょっとで俺達の街に着くってとこに差し掛かった時、真面目な顔つきになったカルマが、思い出したように口を開いた。
「元々俺、勇者とか魔王退治とか、興味無かった。けどさ…」
真っ直ぐな眼差しは、前方のE組の皆に向けられていた。…いや、多分正確には。
「あんなの見せられたら、負けたくねーって思うじゃん」
静かな、だけど強い思いが籠った言葉。それが向いている相手も、間違いなく渚だ。
神殿で、渚が剣に触れた時の凄まじい反応を目の当たりにして、俺はただ純粋に凄いなって思った。でも、カルマはそうじゃなかった。俺の肩に腕を回して、からかいの口調で殺せんせーをいじっていたけど、その時感じたんだ。
カルマにあったのは、今あるのは確かな悔しさと、
『でも渚君、負けないよ』
どこか殺意にも似た、対抗心。
それが俺に向くことは、きっと無い。
「…何か、渚が羨ましいな」
「? 何か言った?」
「ん、別に」
ふと零してしまったそれは、多分本音だったと思う。それが今カルマに聞こえなかったことには、何故かほっとした。
「カルマなら、大丈夫だろ」
さっき俺が言われたことを返すと、カルマは一拍間を置いてからフッて不敵に唇の端を上げた。こうやって強気に自信満々に笑ってるのが、やっぱりカルマらしいよなって思う。
「渚にも頑張って欲しいけどさ」
「え〜? 磯貝それどっち応援してんの?」
付け足すとカルマは今度は嫌そうに笑うけど、本気で嫌がってるわけじゃない。カルマのことは応援したい、一方であれだけ剣の反応があった渚も、どちらにも頑張って欲しいって気持ちが俺にはある。どっちも、俺よりずっと大きな才能だから。
曖昧に笑うと、カルマは明るく言う。茜色の中のその笑顔は、とても鮮やかで魅力的だった。
「まぁいいや。だぁから俺、誰にも負けないし」
その決意にそうだな、って頷いて、でも俺はもう一度思った。
『渚が羨ましいな』
こんな風に、カルマに強い感情を向けられて、って。
END
殺Q13話にて、初めて磯カルのちゃんとした絡みがあったので、その先を妄想してみた次第。
例の肩組みシーン他、渚を抜かすとE組で勇者の素質があるのはカルマと磯貝だけ、ってとこに凄い萌えた。
2017,6,6
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