未来








「磯貝、合格おめでとー」
「ああ、ありがとう」

 ゆるりとした声音、けれど確かな祝福の言葉を口にしたカルマに、磯貝はにっこりと笑った。
 3月。私立受験組のカルマは2月に早々と高校が確定したが、公立を希望していた磯貝はこの度やっと受験を終え、第一志望の高校に無事合格した。
 学校では毎日会っているとはいえ、磯貝の受験まで二人は恋人同士としての時間を過ごすことは控えていた。カルマの受験もあったから、ここ一ヶ月は一緒に勉強することも。だから、磯貝の高校が決まった今、やっと心置き無く二人で会えている。
 磯貝の合格が決まってすぐの放課後。カルマの部屋で、ベッドに並んで緩く腰掛けて、制服姿の二人は話を続ける。

「何とか第一志望のとこに入れて、ホッとしたよ」
「ま、良かったね〜」
「高校だとカルマが別なのが、少し寂しいけど」
「そこはさぁ、磯貝の本命が公立だって時点で分かりきってたことじゃん」
「まぁな」

 滑り止めに一応私立の高校を一校だけ受験はしたものの(そして受かった)、家庭事情を鑑みた磯貝の本命は公立一本だ。高校も椚ヶ丘に行くことに決めたカルマと学校が分かれてしまうのは、仕方が無いことだった。
 ただやっぱり、今までE組で一緒に、同じクラスで楽しく過ごしていたことがあっただけに、磯貝は寂しさを感じずにはいられない。カルマの方は、普段通りのこの態度なのだけれど。

「前原は磯貝と違うとこだけど〜、竹林と片岡は一緒なんだし、知り合いが全然いないってわけでもないんだし」

 …等ともカルマは言う。磯貝の志望校・永田町高校には、E組からは今名前が挙がった二人も行くことになっていて、そこは確かに磯貝は嬉しいし、頼もしかった。けれど、それとカルマが一緒でない寂しさはまた別なわけで、磯貝は微妙な表情になっていく。
 それから、懸念が一点。

(カルマは、高校は浅野が一緒だから心配なんだよな…)

 学力の面では特にカルマと競ってきたA組の浅野。表面的な態度はアレでも、カルマは浅野のことを案外気に入っているようだった。戦い甲斐のある、面白い相手だと。浅野の方も、遠慮なく張り合えるカルマを刺激的に思っているみたいだった。
 高校に上がって、接する時間が増えて、二人が普通に仲が良くなる分には構わない。ただ、あまり考えたくはないけれど万が一、浅野がカルマに対して自分と同じような感情を抱くようになってしまったら。そしてカルマも、バチバチやり合う日々の中でますます浅野を気に入ってしまったら…。
 心配し過ぎかもしれなかったが、その可能性を思うと磯貝は気が気じゃなかった。カルマが高校も椚ヶ丘にした決め手の一つは、浅野の存在であるし。そんな心境でカルマをじぃっと見ていたら、カルマは不思議そうに首を傾げた後で、ニヤッとした。

「高校だと俺がいなくて寂しーってんなら、大学は一緒になるよーに頑張ればいーじゃん」
「え?」
「大学は、俺とーぜん東杏大狙ってるから。磯貝もそこ目指せばいいでしょ?」

 カルマは好戦的な眼差しを磯貝に向けてくる。「東大か…」と磯貝は呟いた。
 官僚になることを目標とし、また優れた知能を持つカルマが国内最高峰のその大学を目指すのは、至極当然な話だった。きっとそうだろうな、と磯貝は思っていたし。
 フェアトレードビジネスに携わる職に就きたい、という夢はあっても、とりあえず高校に無事に合格することが磯貝は先決だった。故に具体的な志望大学までは、磯貝はまだ決めていない…。だから先のビジョンをしっかりと見据え、次の目標も明確に定めているカルマに磯貝は感心し、大学は一緒に行こうと暗に誘われたことを嬉しくも思う。
 東大か、ともう一度口にし、磯貝は笑う。

「カルマなら大丈夫だろうけど、俺の頭で東大に行けるかな?」
「ん〜、何とか行けるんじゃね。磯貝の頑張り次第でしょ」
「そっか。…どうしようかな…」
「まぁすぐに決めなくても、進路の一つとして頭の片隅に置いとけばぁ」

 話を振ってきた割に、カルマの口振りには適当さが漂う。磯貝はそれには苦笑して、天井を見上げた。
 東大に行こうなんて、考えたことは無かった。ハイレベル校である永田町高校への進学も、3年生になった当初は思い描いていなかった。殺せんせーや暗殺のお陰で、それに手が届くところまで引き上げられた。
 あの奇妙な担任への感謝を、磯貝は改めて噛み締める。

「ねー、それはともかくさぁ」
「ん?」

 磯貝がカルマの方へ顔の向きを戻すと、すかさずカルマから口づけられた。カルマの唇の感触を感じてすぐに一旦離され、また角度を変えて幾度か軽く重ねられる。
 唐突でもカルマからのキスは嬉しく、胸も高鳴って、磯貝はカルマの背に腕を回し引き寄せた。身体同士の距離が近くなったところで、磯貝もカルマにキスを仕掛けていく。
 互いに相手に負けまいとするような、淡いキスの応酬。まだ深めていこうとはせず、しばらくこうした時間を取れなかった分の埋め合わせの如く、ただただ相手の唇を確かめる。二人が座る箇所のベッドが、柔らかく浮き沈みした。

「ふ…」

 緩く息を吐いたカルマの掌が、磯貝の黒髪に差し込まれた。指先や掌が頭皮と耳を撫でる感覚、カルマに欲されていることにテンションが上がって、磯貝もカルマを更にぐっと抱き寄せて頬や耳の辺りに口づける。甘い吐息を漏らしてから、カルマはニィと質の悪い笑みを浮かべた。

「んっ…、…こーいうの久々だし、磯貝高校受かったし、今日は俺、サービスしよっか?」
「サービスって…」

 カルマを抱く腕を緩めて磯貝が聞き返せば、カルマの瞳には悪戯な光が増す。

「だぁから、今日は俺が磯貝を気持ちよぉくさせんの。口でするとか手でするとか、あ〜、俺が上になる形で抱かれてもいいし。そしたら、い〜っぱい動いてあげるから…」
「ちょっ…分かった分かった!」

 直接的な表現に、磯貝は頬を赤くして慌ててカルマを止めた。カルマはそんな磯貝の反応も楽しいようで、却ってからかいの笑みを深めている。

「遠慮なんてしなくていーのに。磯貝クンの受験疲れを癒してあげるよ」
「や、遠慮っていうか…カルマ、それ本気で?」

 カルマはドギマギしている磯貝には返事をしないで、ただ楽しげに目を細めてから磯貝の両肩に手をかけて、首筋に顔を埋めて挑発してくる。
 キスまではいかない絶妙な触れ方で、唇で首をすぅっと撫でたり、わざと赤毛を押しつけてくすぐったり。ゾクッとした磯貝が身を強張らせると、カルマは愉快そうな笑い声を零して首筋を舐めてきた。
 それから、その濡れた箇所を吸われて、軽く歯を立てられる。ゾクゾクが止まらなくて、磯貝はカルマを抱き直し、同じ行為をやり返す。カルマの首筋に顔を寄せて、その皮膚に唇を這わせた。

「…っ」

 磯貝の肩にあるカルマの掌に力が籠る。それにも興奮を覚えて、磯貝はカルマの首に口づけを続けた。そうしながら、カルマの制服のシャツのボタンを上から外していく。
 少しずつあらわになるカルマの肌。磯貝はカルマの鎖骨に唇を移動させて、肌を舌先でちょんちょんとつついてから、そこを強く吸い上げる。

「あ…ッ…」

 カルマが背中を反らし喘いだ。また血が騒いで、磯貝は先程とは少しずれた場所にキスマークをつけて、片方の親指でカルマの胸の突起を撫でた。
 「ッん、」とカルマは再び小さく喘いで、きゅっと目を閉じる。普段のカルマは大抵、たまに嫌がる素振りはしながらも、見えない場所ならキスマークを割と自由に残させてくれるので、磯貝は気が済むまでカルマの肌を吸うことができた。本当は首筋にも痕をつけたかったが、人目に触れてしまうし、明日も学校だから…。その分、カルマの鎖骨の周辺や胸の脇などにぱらぱらと、赤い印を磯貝は残した。

「磯貝…」

 いつもより積極的なカルマが、瞼を開けて熱く潤んだ瞳で磯貝のジャケットを脱がせてくる。するり、と肩から落ちたそれを無造作にベッドの下に放って、ベスト、ネクタイとカルマは剥いでいく。
 しばらくこうしたことができなくて寂しかったのは、物足りなかったのは恋人を求めていたのは自分だけじゃなかったことが分かって、磯貝は嬉しかった。カルマは磯貝のシャツも開いて、すっと掌を潜り込ませてくる。
 その感触、体温にやはり高揚して、磯貝はカルマのしたいようにさせる。カルマの手が胸や腹を確かめるように這ってきたので、磯貝は笑って身を乗り出し、カルマの頬にちゅっとキスをした。

「…ねぇ、あのさ」
「ん?」

 つい先程まで性急に自分を求めていた筈のカルマが、不意にすべての動きを止めた。急激に訪れた静けさに、磯貝はカルマから離れその顔を見る。
 今のカルマは力無い、しんとした微苦笑を浮かべていた。

「最後だったらどうする?」
「…え?」
「こーいうことするのが、最後だったら」

 カルマは磯貝の顔は見ないで、視線を下に落として言う。その声はいつになく真面目で、いつになく、静かで。まるで、凪いだ湖面にそっと小石を投げて、波紋を生じさせるような。

「1%以下っていっても……、0%じゃない。その日が計算通りに来るかどうかも、そん時にならないと分かんないっしょ」

 そう続けたカルマに、カルマが何を言いたいのかを磯貝は悟る。
 殺せんせーの暗殺期限まで、あと僅か。殺せんせーが地球を巻き込んで爆発してしまうかもしれない日まで、あと僅か。
 殺せんせーがそうならない為の方法を皆で探って、結果、その情報は入手した。けれどカルマの言う通り、地球が消える確率はゼロではない。
 地球が消える、だけではなく。
 カルマは殺せんせーが好きだった。磯貝も勿論、殺せんせーが好きだった。前原も、渚も、片岡も竹林も…E組の全員が、殺せんせーを慕っていた。大切な、かけがえの無い、大好きな担任教師。
 殺せんせーは助かるのだと、地球も消滅することはないのだと、皆はその99%を信じている。磯貝だって、カルマだってそうだ。信じているし信じていたいのだ。…けれど1%への、不安。たったそれだけ、と軽視して、深くは考えないようにしていても、心と頭のどこかに、重石のようにのし掛かっている。
 地球が終わるかもしれない日まで、殺せんせーが死ぬかもしれない日まで、あとほんの数日。残り時間の短さに、カルマのそういった不安がいつもの彼らしくなく、どうしようもなく膨らむのも、無理も無い話だった。

「…そう、かもしれないけど。地球が消えないように、殺せんせーが死なないようにカルマと渚で宇宙にまで行ったんだろ。…大丈夫、きっと、殺せんせーは助かるよ」

 自身の不安も打ち消すように、磯貝はカルマを励ます。カルマは磯貝に目線を戻すと、ふっと眉根を歪めて、笑った。

「当の殺せんせーがさ、未来が来ることを信じてくれてるじゃんか。本当に地球が消えるって思ってるなら、あんなに必死に、俺らに受験とかさせないだろ」
「…まーね」
「……それに、もし、」

 磯貝の声のトーンが変わる。磯貝はそこで一度区切って、儚く笑ってカルマを見た。

「もし殺せんせーが爆発するにしても、その時死ぬのは皆一緒だろ。死ぬのは嫌だし、勿論死にたくなんかないけど…、皆も、殺せんせーも先生達も、それにカルマも一緒なら、あんまり怖くはない…かな」

 暗殺教室終了の日まで、殺せんせーの授業を受けるつもりだし、暗殺を続ける気持ちでいる。それは磯貝だけでなく、E組全員に共通する意志だ。
 そうして中学最後の日まで殺せんせーといて、暗殺が成功せずたった1%以下の確率を引き当てるという最悪の結末が訪れた場合、死は地球と全人類に平等に訪れるが、殺せんせー諸共真っ先に死ぬのはE組だ。カルマにも皆にも先生達にも家族にも誰にも、無論死んで欲しくはないけれども、皆で一緒に、痛みも何もなく一瞬で、蒸発するようにこの世とお別れするのなら…、望まぬ末路でも、悪くは無い気もした。向こうには、既に父親もいるし。

「何それ。そーいう考え方、何か磯貝らしくねーじゃん」

 しかしカルマはそうした磯貝には不満らしく、嫌そうに唇の端を上げる。磯貝もハハッと声を上げた。

「かもな。けどあくまでも、もしも、の話だから。…一番いいのは、殺せんせーが助かって生き延びて、俺らも無事に卒業して、高校生になることかな」
「それだと、暗殺達成できてなくね?」
「あっ…そうか。一年頑張ったのに、結果出せずに終わるのも何か悔しいな。卒業までは全力で暗殺するって、皆で決めたもんな」
「そーそー。やっぱ殺ってやりたいじゃん、せっかくだしさ」

 殺せんせーには生存を望みながら、暗殺はしたいという矛盾。だけどここまで力を伸ばせたのは、やはり全力で挑戦してきた暗殺のお陰だった。
 クラスの意見が割れた際に、殺す派筆頭だったカルマもそう。不安や悩み、心の揺らぎはあっても、殺せんせーに明るく前向きな殺意を向けることはやめない。それが殺せんせーの教えであり、その教育への応え方でもあるから。
 卒業までは、自分達と殺せんせーは、暗殺者とターゲット。暗殺が、暗殺教室が、どんな結末を迎えるかは分からないけれど。

「そうだよな。その為にたくさんのこと鍛えてきたんだし。俺達で、殺したいよな」
「んー、そーいう方が磯貝らしいよ。仮に、殺せんせーを殺れなくても…せめて完全防御形態くらいには追い込みたいかな〜」
「だな。夏休みの時みたいに、皆で協力すればいけると思う」
「卒業式の前日にさぁ、皆であのタコ暗殺しよーよ。あのタコへの、一年間の不満や鬱憤込めてさ」
「うん」
「…そんで、タコが完全防御形態になるじゃん。タコのボールに皆で寄せ書きして、E組に置いてきぼりにして俺ら卒業式出て、その後どっかで烏間先生やビッチ先生も一緒に皆で卒業祝いすんの。あのタコ絶対泣くよ。『せっかくの卒業の日に私だけ置いていくなんて、皆さん酷いですーッ』…って」
「はは。カルマは最後まで、殺せんせーに嫌がらせする気なんだな」
「そりゃあのタコには色々言われたし。ほんとに、色々」
「そっか。…俺も、殺せんせーには色んな言葉貰ったな。…殺せんせー、完全防御形態解けたらすぐに、俺らのこと追いかけてくるだろうな」
「とーぜんマッハで、だろーね。そしたら二次会すればいーよ。暗殺も混ぜて。そん時にトドメだよ」
「そうだな」

 テンパる殺せんせーが簡単に想像つく、前向きな未来を磯貝とカルマは語り合う。薄暗い未来より、こちらの方がずっと確かに自分達らしく、暗殺教室の生徒らしかった。
 カルマも明るさと悪戯っぽさを取り戻して、磯貝は安堵する。たとえこの展望が楽観的なもので、空元気にも似ていても。「暗殺が成功しなかったら、俺らが高校生になっても、殺せんせー裏山に居座ってそうだよな」「だね〜。俺、放課後たまに暗殺に行こ」…どこまで実現するか分からない未来を、希望と共に二人は言葉にする。
 ふと我に返ると、自分もカルマもシャツをはだけた姿で、情事の途中で真面目な話をしていたのだと磯貝は気付く。何だかおかしくなって、磯貝は笑いながらカルマの肩に額をつけた。そのまま、この先迎えるであろう未来の自分達を、脳裏に鮮やかに描いてみる。高校。大学。そして就職。

「…なぁ、カルマ」
「なーに?」
「俺、大人になったら、ちゃんと大人になれたら…、カルマに指輪、買いたいな」

 甘く幸せな願望を囁く。先の時間が確かに存在して、その時まで、自分達の仲が続いていたらいい。

「あぁ、磯貝から指輪とか、俺いらないし」
「えっ」

 しかしカルマからはそんな無情な返事が降ってきたので磯貝は顔を上げ、ガーンという書き文字を背後に背負う。
 磯貝のショックの受けっぷりが面白かったらしく、カルマは楽しげに微笑んでいる。そうして固まっている磯貝に、さらりと言った。

「指輪は俺が官僚の初給料で買うから。二人分。磯貝は給料は家族の為に、心置き無く使えばぁ?」

 さらっとはしていても、その内容に磯貝は驚いて感激して、ぱぁっと胸の内が明るくなる。次いで熱くもなって、カルマの遣り口に嘆息して、苦笑もする。

「…カルマは時々、俺を物凄い勢いで殺しにくるよな…」
「はァ? イケメン暗殺者が何言ってんだか。好きだ好きだ言いまくって、俺のハートを射止めたのはそっちの癖に」
「…俺、ちゃんと射止めてたんだ?」
「まーね。ムカつくけど」
「なんでムカつくんだよ」

 その言い分に突っ込んでから、磯貝はカルマをぎゅっと抱き締めた。心臓はさっきの感動からドキドキし続けていて、先にカルマに射抜かれたのはこちらだと磯貝は思う。だけどカルマの心をちゃんとゲットもできているようで、それはもう幸せでしかない。
 ああ、この先もずっとカルマといたい。色んなことがあっても、現実的に難しい壁も色々あっても。高校生になっても大学生になっても、大人になってもずっと。
 その願いの表現でもあるような指輪について、磯貝は話題を戻す。

「カルマから貰えるのは嬉しいけど、でも指輪は俺が買いたいよ」
「えー? だぁから俺が買うって言ってんじゃん」
「んー…けどやっぱり、俺はカルマに贈りたいな…。…そうだ!」

 話は平行線になりそうだったが、磯貝は名案を閃く。カルマを抱き締めるのをやめて、真っ向からカルマに提案した。

「だったら、俺がカルマに買って、カルマが俺のを買う。それでどうだ?」
「…ん〜…、まぁ、それならいいけど」
「交渉成立な」

 その案にカルマは頷いてくれたので、磯貝は安心し、明るく笑う。互いの希望を果たせて、更に相手は自分の大切な人だと示せるようでもあって。この方法がベストに思えた。

「じゃあ、大人になっても俺らが続いてたら、そうやってお互いに相手に指輪を買う。…約束な?」

 一時の空想話でなくきちんとした約束にする為に、磯貝は左拳の小指を立てて、すっとカルマに差し出した。その仕草にカルマは目を丸くして、けれどそれから左手を磯貝と同じような形にして、小指をしっかりと、絡めてくれた。
 嬉しくて、照れ臭くて磯貝は頬が緩む。カルマの方は、顔にはっきりと呆れを浮かべていた。

「今時指切りとか、ガキでもやらな―――」

 だけどカルマはちゃんと指切りをしてくれていたから、磯貝はその小指を自分の小指で強く捕らえて、言葉途中でキスをする。
 唇を押し当てた後、カルマの唇を淡く食む。一旦離して、もう一度。もう一度。
 幾度も仕掛けるキスを、カルマは穏やかに受け入れていた。約束の小指はまだ繋ぎながら。むしろカルマも小指の力を強めて、磯貝の唇を緩く吸ってきた。
 恋情と独占欲に急かされるままに、二人は相手の唇を求め、互いに奪い続ける。キスが深まるにつれて、触れているのが小指と唇と舌だけじゃ足りなくなって、磯貝は指切りをほどいて両手をカルマのうなじや背中に回した。

「ん…磯貝…、…んッ」

 カルマもまた、腕を磯貝の身体に絡ませる。キスの合間に掠れ声で呼ばれ、背中に震えが走った。カルマ、と磯貝も熱く呼び返して、深いキスを重ねる。
 ―――もしこれが、最後だったら。
 カルマが言っていた懸念が、思考の一角でふと主張する。カルマがそんな風に考えてくれたこと、自分との触れ合いを惜しんでくれたこと、そこへの複雑な嬉しさは、思えば確かに磯貝にはあった。
 だけどそうならないことを祈りながら、そうなったとしても悔いの無いように、磯貝はカルマと深く深く唇を合わせた。幸せな気持ちの中に疼く不安を振り切るようにも、甘い求め合いを互いに続けた。
 この先にある、もう一つの可能性。殺せんせーが生き訪れる未来、殺せんせーと地球が死ぬ未来、そのどちらとも違う道が、E組には初めから提示されていた。今の自分達にとっては多分そちらの方が、地球諸共消えるより、ある意味ではずっと重かった。
 そこに抱く恐れにも、実は二人は気付いていた。それでも、遥かなる未来を信じた。ここまで導いてくれた人達が自分達に手繰り寄せてもくれた未来が、この世界には必ず来ることを。未来に向けて、自分達は真っ直ぐに歩いて行くことを。

「…カルマ…」

 濡れた唇を離して、磯貝は熱い呼気と共に愛しいその名を呼ぶ。
 カルマはキスの最中は薄く開閉していた瞼を、しっかりと開いた。うっとりと蕩ける瞳の奥で、強く確かに見据える進路。

「…未来は来るよ、きっと」
「…そう、だね」

 肯定するように、そのことも願って磯貝は言った。カルマもまた、頷く。
 …それはもしかしたら、大切な恩師の命と引き替えかもしれなくても。




 暗殺教室と中学校卒業の日まで、あと一週間と少し。









 END














『暗殺』は原作の設定的に、コメディもシリアスも書けるので良いです。
この話は甘いんだかシリアスなんだか切ないんだか、よく分からない代物になりましたが…。

2017,2,12







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