体調不良の時間
寒さが厳しく、空気も乾燥するこの季節。世間ではインフルエンザが流行り始めていた。
それを受け、五時間目の保健体育の授業にて、殺せんせーがE組の皆に言う。
「皆さんは受験も控えていますから、特に体調管理には気を付けて下さいねっ。身体が冷えると免疫機能は低下しますからちゃんと厚着をして、それに手洗いうがいもしっかりして予防をするんですよ! あとは、日頃から栄養をバランス良く摂ってですね…」
大真面目だけれど若干ウザい、そんなテンションの殺せんせーの話を皆は半笑いの顔で聞いている。今日は烏間が防衛省の仕事で留守で、更に座学の授業だったので、殺せんせーが保健体育を受け持ったのだ。
「そういえば殺せんせーってさ〜、風邪とかひくの〜?」
「にゅっ?」
ふと上がった倉橋の疑問に、殺せんせーはつぶらな瞳をぱちくりさせる。
「毒は効かないし…ウイルスも体内でやっつけちゃうのかなぁ」
「ヌルフフフ、どうでしょうねぇ」
矢田の言葉に対しては、緑のしましまを顔に浮かべて殺せんせーは笑う。弱点かもしれないことをわざわざ暗殺者には教えてあげませんよ、という表情だ。
この超生物は果たして病気になったりするのか…、確かに興味深い議題である。ふーむと考えていた前原も言う。
「けど、殺せんせー乗り物酔いや夏バテはしてたよな…。超生物っても元は人間なんだし、体調の変化はあんのか?」
「普通の風邪なら多分平気だろーけど、たとえばエボラとかペストとか、第一種感染症に指定されてるレベルのヤバいウイルスや病原菌ミックスして、どーにかして体にぶち込めば流石の殺せんせーも少しは弱るんじゃね? その隙に殺れるかも…」
「にゅやァァァ! カルマ君、怖いこと言わないで下さいよっ!」
教室の後方の席から悪魔の笑みでカルマが言い放ったアイディアに、殺せんせーはヒィィィと震え上がる。
「そういう暗殺方法もありかもね。ただ、ウイルス・病原菌そのものの危険と、それが万が一漏洩した場合、僕達も誤って感染する危険性があるってことを思えば、そうした方法は防衛省はともかく厚生労働省の許可が下りないだろうね」
「だよね。ちょっと言ってみただけだよ」
医者志望の竹林の見解に、カルマは小さく舌先を出す。殺せんせーはホッとした風に「にゅやぁぁ…」と言いつつも、ドキドキする心臓を押さえるように触手を胸の辺りに当てている。
「殺せんせー心臓はあるんだし、内臓疾患とかにはなるのかなぁ」
「まぁ少なくとも胃は丈夫だよね。土とか食べてるし…」
「殺せんせーって内臓の造りも変化してるの?」
保健体育の授業そっちのけで、皆はわいわいと盛り上がる。生徒達の質問の嵐に対して答えたり誤魔化したりしていた殺せんせーだったが、不意に最前列に座る磯貝の異変に目を留める。
「…にゅっ? 磯貝君、何だかボーッとしてませんか?」
「…え?」
「さっきから静かですし、顔色も悪いような気がしますし…」
「や、別に平気ですよ」
殺せんせーの言葉を磯貝は笑顔で否定する。しかしその声は普段と比べれば力無く、殺せんせーは一本の触手をぬるんと磯貝に伸ばし、その首筋にぺとっと当てる。
「…うーん、37.8度ってところですか。微熱ですねぇ」
「ほんと便利な触手だな」
体温計として扱うことも可能、新たに判明した触手の機能に前原が呟く。殺せんせーは今度はしゅるんと触手を引っ込めた。
「大丈夫ですよ、そのくらいの熱」
磯貝は再び笑う。実は喉の痛みや咳といった自覚症状は何日か前からあったのだが、単なる風邪だと思ったしすぐに治るとも思っていた。事実、今日の午前中は何も問題無かったし。
それに数値的に、微熱と言うだけあって微妙な熱だ。このくらいなら大したことはない。
…とそんな磯貝だったのだけれど、ちょうど喉の奥から痛みが走り、こほこほと乾いた咳をする。その様に、殺せんせーは顔色を紫にしてバツ印を浮かべた。
「磯貝君、無理はいけませんよ。君は少し前から風邪をひいていたようですが、風邪は万病の元。拗らせて大事になる前に治しましょう。先程も言いましたが君達は受験生ですし、体調管理を疎かにするようでは暗殺者失格ですよ」
「はい…」
心配と説教を同時にする殺せんせーに、磯貝は大人しく頷くしかない。
「朝と比べると磯貝の触角、元気無いなとは思ってたんだよな〜」
と、磯貝の背後の三村。磯貝自身も原理はよく分かっていないのだが、磯貝家特有の頭頂部の二房の髪は、健康状態を示すバロメーターになっているらしい。
磯貝が試しに触角を触ってみれば、確かにいつもより髪に張りがなかった。
「急激に熱が上がったようではないですから、インフルエンザではないと思いますが…仮にインフルエンザだとしても、時間が経たないと検査ができませんしね。何にせよ、病院には行った方がいいですし、今日の残りは六時間目だけですから、もう帰って家でゆっくり休むべきですよ、磯貝君」
殺せんせーはそう早退を勧めてきた。この木造校舎にも保健室はあるものの、校舎自体にエアコンは無い。人の集まる教室は他の場所と比べれば暖かいとはいえ、冷えた室内では休むのに適さない。また、今日の残り授業もあと一時間だけだから…と、こう言ってくれているのだろう。
「はい、じゃあ、そうします…」
体調不良を指摘されたせいか、午前中には無かったダルさを磯貝は感じ出す。頭も何だか痛むような気もして、背中はゾクゾクと寒い。
ここまで体調が悪いのは久し振りだ。悩みに悩み、クラスの分裂も経た上で何とか殺せんせーを助ける方法が見つかって、それで気が緩んで風邪をひいたというのもあるのかもしれない。
確かにこれは帰って休んだ方がいいなと、磯貝は帰り支度を始める。
「磯貝君、用意ができ次第、先生が家まで送りますよ」
「ありがとうございます。けど、そこまではして貰わなくても大丈夫ですよ。一人で帰れます」
殺せんせーの申し出を、磯貝はやんわり断った。自力で帰れない程の体調ではないし、自分のことで殺せんせーを煩わせたくない。
「遠慮はいりませんよ、磯貝君っ!」
「や、本当に大丈夫ですから! ただでさえ授業止まっちゃってるし…俺なら、平気なんで」
「にゅう…」
頑なに固辞しスクールバッグを手にする磯貝に、殺せんせーは口を尖らせる。
「…では、君の意志を尊重します。ですがっ、やっぱり一人で帰れないくらいに体調が悪化した時は、すぐに先生に連絡するんですよっ!」
「分かりました」
磯貝の意思の固さに、渋々、といった風に殺せんせーは頷く。どこまでも心配してくれる殺せんせーに磯貝はじんとする。それだけで十分だと、席を立った。
「お大事にね」
「無理すんなよ」
「ちゃんと休めよ〜」
教室前方の戸まで歩いていくと、教室のあちこちからも磯貝を気遣う声がかけられる。磯貝はそれにも淡く笑んでから、チラリとカルマを見た。
カルマは特に何も言わず、笑みの無い表情で磯貝を見送るだけだ。だよな、と思いつつ内心肩を竦め、磯貝は皆と殺せんせーに「じゃあ、またな。殺せんせー、さようなら」と言い、E組の教室を後にした。
こうして早退した磯貝だったが、山道を下るにつれて、体調はどんどん悪くなってきた。寒気が止まらない。慣れた山道なのに、今日は足や身体が酷く重い。
(遠慮しないで、殺せんせーに送って貰えば良かったかな…)
普段より時間をかけて山の中腹辺りまで到達する頃には、磯貝にそんな後悔が浮かんでいた。でももう六時間目中だし、まだ歩けるし…、そうも思い、磯貝は結局一人で歩き続ける。
頭が時々ずきんと痛んで、咳も出た。けど大したことじゃない、また思い直して磯貝は足を進める。その足を動かすのも、少しずつ億劫に感じてきた。はぁはぁ、と荒い息を吐きつつ磯貝が歩いていると、いよいよ足がふらつき出す。と、不意に誰かに背中側を支えられた。
「っ!?」
びっくりして磯貝は立ち止まる。横を見れば、何故かカルマがいた。自分の腰の辺りに手をかけている。
「カルマ…どうして?」
「貧乏委員が力尽きて行き倒れてるかもって思って、六時間目はサボってきた。普段からサボってると、こーいう時不自然に思われないからいいよね〜」
笑みを浮かべるカルマは悪びれもせず言う。普段サボっている…といってもそれは主に一学期の話で、二学期はほとんどサボっていなかったし、三学期になってからは皆無だ。そんなカルマに授業をサボらせてしまったことを磯貝は申し訳無く思う一方で、来てくれたことを嬉しくも思う。
「無理しないで、タコに送って貰えば良かったのに」
「思った…。でも今更だし…」
「ギリギリまで自分一人で何とかしようとする癖、どーにかしたらぁ?」
「うん…けど一人で大丈夫だって思ったから…」
「…まぁいーか。とにかく帰ろ。タコの代わりに俺が送ってあげるから」
カルマは磯貝に呆れている風で、口調も普段と同じく素っ気無い。けれど気にかけて追ってきてくれて、ふらつく身体を支えてもくれて。磯貝がぼやっとしているうちにカルマはスクールバッグも奪ってしまって、身体にかかる負担も減らしてくれた。
顔や胸の辺りが火照るのは、きっと風邪のせいだけじゃない。思って、磯貝は微笑んだ。そして、カルマと共に帰路についた。
※ ※ ※
二人が磯貝家に着く頃には、磯貝は更にぼー…っとしていた。家族はまだ誰も帰ってきていなかった。手の動きも覚束無くなっていたので、何度か磯貝家に来たことがあったカルマに磯貝は鍵を渡し、玄関を開けて貰う。
家の中は外同様に寒い。二人はそのまま奥の和室に向かった。隣の居間へと続く襖を開け放しにして、居間のファンヒーターのスイッチを入れ、まず部屋を暖める。
そうして磯貝がもそもそとコートを脱ぎ、制服からスウェットに着替えている間に、二人分のスクールバッグを壁際に置いたカルマは押入れから布団を引っ張り出し、畳の上に敷いた。着替え終わった磯貝がぼんやりした赤い顔で制服を片付けようとすると、カルマに「そんなのいーよ」と強引に布団に寝かされた。
寝転ぶと、身体が楽になり、同時に重さも感じる。磯貝はごほごほと咳をした。熱が上がっている気がする。
磯貝が仰向けだった体勢をもぞ…と横を向く形に変えると、カルマは磯貝のコートや制服をハンガーに掛け、居間のタンスの引き出しを少し開け、そこに引っ掛けていた。
「磯貝ん家、加湿器は?」
「…無い…」
「だよね。じゃあ焼け石に水かもだけど、濡れタオル干しとくよ」
喋るのが辛くなってきた。磯貝が咳も頻繁に出ているからこそのカルマの言葉だろう。部屋を加湿した方が、喉や鼻の粘膜にはいい。
「冷えピタ的なのも常備してないかな。なら、デコにも濡れタオルだねー」
「流石に風邪薬とか体温計はあるから…そっちの部屋のタンスの、一番上の引き出し…」
「りょーかい」
掠れた声で磯貝が教えると、カルマは立ち上がり和室を出ていく。まずは濡れタオルを用意しに洗面所に向かったようで、戻ってくると今度は居間のタンスの所でカルマはごそごそしている。
それからまた磯貝のところに来て、布団の前に屈み体温計を差し出してきた。磯貝がそれを受け取り脇の下に挟むとカルマは立ち上がり、濡れタオルをハンガーに掛け、更にそれをカーテンレールに掛けるといった作業をする。
次はカルマは居間からちゃぶ台を運んできて、その上に風邪薬のビンと水の入ったコップ、帰り道に自販機で買ったスポーツドリンクを置いた。のんびりした動きの割にカルマは手際が良くて、磯貝がそれに感心していると体温計の電子音が鳴った。表示された数字を確認してから、磯貝は布団の近くに座ったカルマに体温計を渡す。
「38.6度か…。やっぱ熱上がってんね」
「うー…」
「まず薬飲んだら?」
「そうする…」
体温計をちゃぶ台に置いたカルマが、用量分の錠剤をビンから出してくれた。磯貝は一旦身体を起こし、その薬を貰い水と共にごくっと飲み込む。ついでにその後にスポーツドリンクも少々飲んで、水分を補給した。
それを終えると磯貝は体勢を仰向けに戻し、掛け布団を被る。寒気は消えてきたが、今度は身体が熱い。熱を出すなんて久し振りだし普段はあまり体調を崩さないから、諸々の異変が苦しかった。
磯貝がまた小さく唸っていると、カルマが濡らしたハンドタオルを額に乗せてくれた。ひやりとして気持ちいい。カルマの意外な甲斐甲斐しさが、磯貝は嬉しかった。
「カルマ…色々、サンキューな。まさか、こんなに世話焼いてくれるなんて…」
「家庭の医学程度のことなら楽勝だよ」
「…そっか」
カルマはゆるりと笑っていて、磯貝も同じように柔らかく笑った。本当に嬉しかった。カルマが色々してくれたことも、ここにいてくれることも。感動に、胸がぎゅうっとなる。
「それじゃあ、俺帰るねー」
「えっ…?」
なのにカルマはあっさり退散を告げるから、磯貝は戸惑う。驚いた磯貝に、カルマの方もきょとんとしていた。
「一人の方がゆっくり休めるっしょ?」
「そーだけど…」
カルマの言い分はもっともだ。熱の時はとにかく、休養が一番。一人でゆっくり休むのが、治す近道である。やることを一通り済ませたら帰ろうとするのも、カルマの性格的に納得だ。
けれど、磯貝はカルマにもう少しここにいて欲しかった。自分の近くにいたら風邪をうつしてしまうかもしれない、そこも分かっていてもカルマを引き留めたかった。
熱で弱った身体と心が、磯貝にそういった我儘を起こさせていた。子どもみたいに心細く人恋しく、カルマにまだ帰って欲しくない。そんなのカルマに悪い、分かっているのに。
「…なーに? 言いたいことあるならはっきり言えば?」
「……」
「一人じゃ嫌なの?」
「……」
磯貝が顔だけを少しカルマの方に向けて、口を薄く開いたままじっと見ていたら、カルマはこちらを首を傾げて見下ろしていた。
促されても磯貝が何も言えずにいると、カルマは一つ息を吐いて、穏やかな声と笑みでそっと言う。
「だったらさぁ…、具合悪い時くらい、誰かを頼りなよ、磯貝」
胸がますますぎゅうっとなった。弱っている時にこんな風に優しくされては、カルマが愛しくて堪らない。
磯貝は布団から右手を出し、カルマに伸ばした。この体勢では届かないし、無理だけれど…カルマに触れたくて、触れて欲しかった。
「…カルマ…もう少し、ここにいて。家族の誰かが帰ってくるまででいいから…」
「…いーよ」
「あと…手、繋いで欲しい…」
「…分かった」
もしかして、笑われてからかわれるんじゃないか、という危惧に反し、カルマは磯貝の我儘に応えてくれた。きゅっと繋がれた手に最上の安堵と幸福を感じ、磯貝はそれをゆるりと畳の上に下ろす。
心臓がドキドキして、落ち着かない。次第に照れ臭くなって、磯貝はへらっとした。
「なーんか、磯貝、ガキみてぇ」
今になってカルマはからかってきて、それでもやんわりと指を絡め直してくれたので、磯貝の頬は緩んだままだ。ただ、凄く嬉しい反面、やっぱりカルマに申し訳無い。
「けほっ…悪いな、カルマ」
「別に〜。磯貝、いつも俺に色々してくれんじゃん。単にそのお返し」
「そっか…。…もし風邪うつしちゃったら…ごめん…」
「そん時は、磯貝が俺の看病してくれればいーよ」
「ん…それは勿論」
磯貝の気掛かりに構わずカルマはこんな態度なので、また申し訳無い気持ちと、ほっとする気持ちが募る。「磯貝ならさぁ、看病の他にお粥作ったりしそーだよね」とカルマは楽しげに口にして、「そうかもな」と磯貝は相槌を打つ。
カルマに風邪がうつらないのが一番だが、もしそんな事態になれば確かに、できるだけの手助けはしたいと思う。カルマなら、もしかしたら細やかな看病は鬱陶しがるかもしれないけれど。
「…磯貝も早く元気になりなよ。磯貝が元気じゃないとさぁ、存分にいじれねーじゃん」
平坦な声で言ったカルマが、繋いでいない方の手で磯貝の触角をつんつん引っ張る。今はカルマはつまらなそうな顔をしていたので、それにも磯貝はほんのりと喜びを感じていた。
「そうだな…早く治さないと。受験も、暗殺もあるしな…」
そう言うと、カルマは頷く。早く体調を整えないと。心配してくれてるカルマや、殺せんせーや皆の為にも。それは言葉にはしないで、磯貝はカルマの手を握る掌に力を込めた。
もう少し。もう少しだけでいいから、俺の傍にいて欲しい。
意識が段々とまどろみに包まれていく中、磯貝はカルマにただそれを願う。
「あと一時間くらいすれば、多分誰か帰ってくると思う…。今日は母さん、パート早く上がる日だし…」
「そ。…けど、できれば磯貝のおかーさん以外がいいなぁ。色々気まずいし」
「はは…そうかもな」
「案外、見舞いの前原が先だったりね〜」
「あり得るな…」
カルマとそう受け答えをしているうちに、声もぼんやりしてきた。瞼も重く、眠気に抗えず磯貝はそれを下ろしてしまう。
「…もう寝なよ、磯貝」
「ん……カルマ、ありがと……」
暗い視界に降ってきた、その声の温かさが胸に沁みた。
カルマが傍にいるという安心感が、全身の倦怠感を尚のこと心地よい眠気に変えていく。確かな安堵の中で、磯貝は眠りについた。
数時間後、磯貝が目を覚ました時には家族は皆揃っていて、カルマは当然いなかった。
磯貝の熱はまだ続いていたが、眠ったことで重い頭や身体は随分と楽になっていた。家族に話を聞いてみれば、真っ先に帰ってきたのは母親で、磯貝が学校を早退したことや病状についてなど、カルマから聞いたらしい。
カルマが磯貝に付き添ってくれていたことを母親は有り難がっており、「しっかりしてて、礼儀正しい子ね」とまで称していた。カルマの奴、何匹分猫被ってたんだ…などと磯貝は思ったが「カルマはこの前の期末テストで、五教科満点で学年1位取るくらい凄い奴だから…」と追加説明すると、母親はますます感心していた。
カルマはちゃんと挨拶もして帰ったそうで、そんなカルマも見たかったかな、と磯貝は些か残念だった。が、カルマは家族が帰ってくるまで本当に自分の傍にいてくれたことが分かって、磯貝がそれが、とてもとても嬉しかった。
※ ※ ※
一晩ゆっくり休んだら熱も落ち着いて、次の日病院に行ってみたところ幸いにも、殺せんせーの予想通り磯貝はインフルエンザではなかった。一日学校を休んだだけで、磯貝は復調した。
その明くる日である今日、病み上がりなので磯貝がゆっくりめに登校したら、下駄箱のところで丁度カルマと出くわした。磯貝は爽やかに、明るく言う。
「おはよう、カルマ」
「おはよー。もうすっかり元気みたいだね」
「ああ、お陰様でな。ほんとにありがとう」
一昨日、体調不良で早退したのが嘘のようだ。喉の痛みはまだ多少残ってはいるが、それ以外はもう何ともない。
磯貝がにっこりすると、カルマもふっと頬を緩める。磯貝は「あのさ、」と言って、周囲に他に誰もいないのを確かめてからカルマに近付き、耳元に唇を寄せる。
「一昨日は、カルマが優しくて惚れ直した」
「…元気になった途端にこうなんだから、このアホ毛貧乏は」
正直に告げたのに、カルマから返ってきたのは憎まれ口だ。ただ、その顔は赤くなっていたから、それだけでも磯貝は満足する。
磯貝が感情任せに唇を一瞬だけカルマの頬に押し当てれば、「こんなとこで…ッ」とカルマは更に赤らんだ顔を歪め憤慨し、先に歩いていってしまう。照れたカルマにほっこりしつつ、『あはは…やり過ぎたかな』と磯貝は頭を掻いて、その後を追った。
こうして二人でクラスに向かったわけだけれど、教室に入った時点でも頬の赤みが引いていなかったカルマが「今度はカルマが熱出した!?」と皆に心配される、という事態が発生したのは、余談である。
END
定番、風邪ネタ。磯カルなら、普段磯貝がカルマに世話を焼いている分、カルマに看病させたかった。
殺せんせーは実際風邪とかひくんですかね…どーなんでしょーねー…。
2017,1,29
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