ピルルルの時間
真面目に掃除当番をして、その後殺せんせーに暗殺(という名の嫌がらせ)をしていたら、帰りがすっかり遅くなってしまった。
人通りの少ない夕方の住宅街を、カルマは一人たらたらと歩いている。空は青とオレンジとピンクを混ぜたような色をしていて、薄暗い空気も似たような色だった。
カルマが何の気なしに辺りをきょろきょろと見ていると、木に囲まれた小さな空き地に見知った人物を見かけた。
(あれ? 浅野クンじゃん)
ここからは後ろ姿だったが、金茶色の頭髪と、背丈からして多分間違いなかった。何、生徒会長様が寄り道なんていけないんだ〜などとからかうつもりで近付こうとしたところで、カルマは異変に気付く。
浅野の前に何かいる。
(………何アレ)
ひょろりとした体に細長い頭部。つり上がった目は大きく、空洞のように真っ黒だった。全身は灰色をしていて恐らくは全裸。どう見ても宇宙人です本当にありがとうございました。
SFでは定番の、いわゆる“グレイ”タイプの宇宙人だ。あれが本当に宇宙人なら。カルマはとうに規格外生物の殺せんせーを知っているから滅茶苦茶に驚いたりはしなかったが、それでもそれなりには驚いていた。
え、ってかなんで宇宙人が浅野クンといんの。何、地球に降りたらたまたまそこに浅野クンがいたの。
って、UFO思いっきり空に停泊してんじゃん。写真撮っとこ。
カルマがそうしたことをつらつらと考えていると、宇宙人が徐に右手を上げた。
「#$%&*&$“*」
!?
喋った。
宇宙人が喋った。
多分鳴き声ではない。言語っぽかった。英語でも中国語でもドイツ語でもフランス語でもなく、とにかく今まで耳にしたこともない言葉で喋った。パ行とラ行が入り混じったような、とにかく得体の知れない発音だ。
何を言っているのかは、勿論カルマでもさっぱり分からない。宇宙人に遭遇するのだって初めてだし。
しかし言語を扱うということは、その宇宙人がそれなりに高度な知性を有しているということが窺える。
「&*#$%&$“*」
!?
浅野も喋った。同じ言語で喋った。発音も完璧だ。え、何これ。何なのこれ。
「%&&‘$#“”“#$”?」
「*%&&%#$$&」
「&%$##$%%%&$###%&」
「**%$#&‘&%$#&%&&&?」
会話が成り立っているらしかった。浅野は実に流暢に宇宙語(?)を操っている。え、何これ。流石に何でもでき過ぎだろこいつ。
何を話しているかはカルマには見当もつかないし、そもそも単語の一つも耳で拾えない。ビッチ先生の授業で大分耳は鍛えられたと思っていたのだが。そもそも宇宙語(?)に単語とか文法とかあるのか。色々と謎過ぎるしまず何故浅野が宇宙人と歓談しているのか。そこか一番不思議だった。
しばしの会話の後に、宇宙人は銀色の宇宙船から放たれる光に吸い上げられていた。子ども向けSFなんかでよくあるアレだ。
宇宙人を収容した宇宙船は、法則性の無い動きで夕空を飛び交った後に、ぱっと消えた。あのかくかくした動き、乗員は相当Gがかかるんじゃないかな。それともあれだけの超科学の力があればそれももう克服しているのか。
あ、しまった。今の動画も撮っておけば良かった。何かに使えたかもしれないのに。
それにしても。
「浅野クン」
「! 赤羽…見ていたのか」
背後から話しかけると、浅野が驚いた様子で振り向いた。カルマの存在に全く気付いていなかったらしい。まぁこっちは日頃暗殺訓練で鍛えているからね、気配を隠すなんて慣れたものだ。
カルマは浅野に近付きながらゆるりと話を続ける。
「さっきの宇宙人…?だよね。凄いね、浅野クンは宇宙人とも親交があるんだ。それにさっきの……宇宙語? あんなのもできちゃうなんて。一体いつどこであんなん覚えたのさ?」
皮肉げな口調だったが、中にある賞賛は本当だった。まさか宇宙人と対等に話せる人間が、しかも同学年にいるだなんて。しかし一体何故に彼が宇宙語を習得するに到ったのか。
浅野は苦い顔をしていたが、見られてしまったからには仕方ない、といった風に観念したのだろう、カルマに改めて向き直る。
「以前、たまたま彼の宇宙船を見かけてね」
「うん」
どうやら教えてくれるらしい。カルマは大人しく頷いて会話の先を促す。
さっきの奴、男だったんだ。ってか宇宙人に性別ってあるんだ。
「彼はテュコスティラッテ星雲ギャリゥラ系第4惑星ポッラペピッガ星から来たそうなんだが」
どこだ。
全く耳にしたことがない星だ。
非常に言い辛そうなのによく噛まずに言えたな。
「その時にキャトルミューティレーションされそうになってね。思わず避けたら僕の身体能力に興味を持ったらしく、身体検査されたんだ」
「……は?」
「知らないのか。雑学を身に付けておくことも重要なことだよ」
「いや、知ってるけど。ってかキャトルミューティレーションって…」
確か宇宙人が地球の生物の肉体の一部を切り取ったり、抜き取ったりして調べることだ。怪しい事例こそ世界中にあるもののそれが未確認生物の仕業であるかどうかは定かではなかったのに、まさかそれを実際に受けそうになった人間がここにいるとは。架空の話じゃなかったのか。
っていうか避けたとかしれっと言ってるけど、避けられんの、それ。流石のカルマも浅野がそのままキャトルミューティレーションされちゃえば良かったのになどとは本気では思わないが(ちょっとだけ思った)、実に凄い体験をしたものだ。NASAにでも駆け込めば良かったのに。
浅野のことだ、NASAに友人がいたって驚かない。
「頭脳明晰であることも幸いしたよ。優秀な地球人のデータが欲しかったそうだからね。その時に彼と意気投合して、彼らの言語を教えて貰ったんだよ」
普通に言うなよ生徒会長。普通の中3は、まず宇宙人とは意気投合しない。
「…んで、さっきは何て?」
「君に教えてやる義理は無いが、まぁいいだろう。学の無い君の為に通訳してあげようじゃないか」
浅野がいちいち上から目線なのがムカついたが、宇宙語への興味への方が勝った。カルマは両手をズボンのポケットに突っ込んだまま肩を竦める。
「そーしてくれると有り難いね」
カルマは偉そうに謙る。大人しいカルマに気を良くしたのか、浅野は以下の内容を話し出した。
「『久しぶりだな学秀。元気そうで何よりだ』
『君の方こそ。少し背が伸びたんじゃないか?』
『まぁね。ところで以前言っていたE組って奴らは叩き潰せたのか?』
『いや…まだだ。程度の低い人間の集まりにしては、なかなかしぶとくてね』」
この時点で既にツッコミ所が満載だが、カルマは話の腰を折らず黙って耳を傾ける。
「『やっぱり俺がそいつらをピルルルってしてやろうか?』
『いや……いい。あいつらはこの僕の手で何とかする』
『相変わらず謙虚だな、学秀は。遠慮するなよ、ピルルルってすれば一気に片が付くぜ』
『やめろ…ピルルルはよすんだ……』」
ピルルルって何だ。
碌なものじゃないってことだけは想像つく。しかし姑息な手段を使うことに躊躇いのない浅野がそこまで制止するなんて。
ピルルルって何だ。
「『そうか…そこまで言うなら仕方ないな。またな、学秀。何か力になれることがあるなら言ってくれ』
『ああ。君のその気持ちが嬉しいよ。元気でな、ナィジャラペッカーダヤマンハサダッジ』」
長いな名前。
名前長い上に言い辛いな。
「……とまぁ、こんな感じだ」
「…一応、礼言っとくよ」
本当に一応、礼は言う。その真偽はともかく、ちゃんと解説してくれたことだけは有り難い。しかし何より一番引っかかったのはやはり。
「あのさぁ、すっげー気になったんだけどピルルルって一体何」
「…赤羽。世の中には知らない方が幸せ、という物事もあるんだよ」
こいつ、目を逸らして遠くを見つめやがった。
絶対に教える気が無いな。隠されると却って気になるが、しかし浅野がここまでして秘密にしようとするピルルルって本当に一体何だ。
「まぁ、でも、宇宙語話せるなんて浅野クンは流石だね。俺さっぱり分からなかった」
「本気で褒めてないだろそれ。…ともかく、君ももっとヒアリング能力を鍛えた方がいいんじゃないか? 僕らが大人になる頃には、きっと宇宙開発はもっと進んでいるぞ」
後半は同感だが、ヒアリングって問題なの、あれ。
「それから、宇宙語と一括りにするな。無限の宇宙には膨大な言語がある。彼が話していたのは、ポッラペピッガ星のとある一言語に過ぎない。タピザットーラ国のバザュパリ語だ。これは地方によって若干イントネーションが違っていて……」
浅野は大真面目に語る。……駄目だもうツッコミが追いつかない。ってか話を聞いているだけで非常に疲れる。
「ありがと、生徒会長サマ。勉強になったよ」
自分から聞いておいて何だが、カルマは手をひらひらと振って話を打ち切った。何かもうこれ以上はいい気がした。浅野はまだ何か言いたげにしていたが、去っていくカルマに対し特に何もアクションは無かった。
この地球にすら、あのタコのような超生物がいる。世界は広い。宇宙は広い。
カルマは無理矢理そう結論付けた。
浅野クンはもういっそバザュパリ語とやらの和訳辞書でも編纂すればいいよ。いつか人類が遥か遠い宇宙に飛び出した時とかに役立つよ、多分。ピンポイント過ぎるけど。
そんなことを考えながら、カルマは駅まで続く道を歩く。相変わらず人気は無い。
角を曲った。この道をもうしばらく行けば駅に着くのだが、前方の電信柱の陰に何かが見えた。それはついさっきにも見たような灰色の。
………!?
・
・
・
・
・
数日後。
「おはよ〜カルマ君」
「$&$#“#*」
「!!!!!???」
「あぁ、ごめん渚君。今のね、バザュパリ語でおはようって言ったんだ」
「……は!?」
「ポッラペピッガ星のとある国の言葉。腹黒生徒会長様に目に物言わせたいから、習得中なんだ」
「???」
「あ、寺坂。‘$#“#$%」
「あぁ、何だってカルマ!?」
「バザュパリ語で『相変わらず頭悪そうだね』って言ったの」
「朝っぱらから喧嘩売ってんのかてめぇ!?」
「……カルマ君、昨日SF映画でも観たのかな」
おわる
11巻のおまけのピルルルの一コマ…思えばあの一コマで、私の中の浅野君株がだだ上がりしたんだった。
星の名前とかは適当。とにかく言いづらそうにしてみた。浅野君とピルルルさん(仮)のやり取りを書きたかっただけという話。
2015,4,18
初稿:2015,4,5
戻る