勧誘の時間
良く晴れたある日の放課後。
たまたま一人きりの帰り道にたまたま一人きりの浅野に遭遇して。
たまには普通の会話を成立させてみようかと、カルマはこう切り出した。
「浅野クンさぁ、E組に来る気ない?」
浅野はあからさまに不機嫌な顔になって眉を吊り上げた。
お〜怖。ファンの女の子が見たらドン引くよ、その顔。
「何故僕が。E組に行く理由は何もないんだが」
ごもっとも。成績優秀、品行方正、ついでに容姿端麗・才色兼備の、我が椚ヶ丘中学校の生徒会長様。
内部にどす黒いものを抱えていても、それを実に巧妙に隠している、そんな少年。
確かに今のままなら、彼にE組行きの理由は何一つない。
「ん〜、まぁそうなんだけどさ」
カルマは目を細めて、浅野の頬に手を伸ばした。
「そーだなぁ…不純同性交遊、とかどぉ?」
ついでに流し目を送ってみるが、その手は即座に振り払われた。その前にカルマは手を引っ込めたが。
「からかうなら他を当たれ。不愉快だ」
「ったく、ホントに可愛げないよね」
カルマは舌を出して両手をズボンのポケットに突っ込む。ここで浅野が動揺の一つでも見せていたら、まだ中学生らしい隙があったものを。
別にカルマも、浅野を本気でE組に勧誘しようと思っているわけではない。
浅野がE組にいるような人間でないことは分かっているし、入ったところで馴染めずに浮きに浮きまくることが目に見えている(まずこいつ自身が馴染もうとしないだろうし)。
ただ、浅野がE組にいたら―――そしてあの超生物のことを知ったら一体どんな暗殺をするのか。単にそうした興味だ。
最初は殺せんせーにまんまと『手入れ』をされてしまうかもしれないが、一端の暗殺者となったなら、きっと磯貝や片岡とは違った統率力で皆を纏め上げ、完璧な暗殺計画を組み立てるのではないだろうか(みんなが浅野についていくかどうかはまた別の話だが、その辺は敢えて考えないことにする)。
その頭脳と指導力を持って素晴らしい計画を打ち出し、皆の中心となって暗殺の指揮を執る。勉学だけでなく武術やスポーツにも長けている彼のことだから、きっと思いも寄らぬ暗殺方法を考えたりするんじゃないだろうか。腹黒だし。
浅野がE組に落ちることは到底あり得ないし、本人にも来る気がないなら、考えたところで詮無い仮定なわけだが。
見てみたかった気もする。浅野も暗殺に参加するその光景を。
「……何か勿体無いないなぁ」
「何がだ」
「べっつに〜?」
睨んでくる浅野に対し、カルマは白を切る。
月を破壊した超生物のことも暗殺のことも今のE組が何故あんなにまで成長したのかも、その理由を浅野はきっと一生知ることがない。
その類い稀なる能力が暗殺に惜しまれていることも、知らないまま終わるのだろう。
「君こそA組に上がる気はないのか」
「俺が?」
矛先がこちらに向いてきた。なんで、という気持ちでカルマは聞き返す。
「僕としては君のような素行不良は著しくクラスの輪を乱すから、A組には相応しくないと思うしいらない。ただ、純粋な成績だけ鑑みれば君は十二分にA組入りの資格がある」
一学期中間テスト学年4位。期末テスト学年13位。
そして二学期中間テスト学年2位。
それがこのところのカルマの戦績。得意教科の数学を筆頭に、主要五教科満遍なく点は取れている。
一学期期末は慢心の結果で今にして思うと痛恨のミスだ。しかしそれがあったからこそ、二学期のテストで頑張れた。
しかしカルマとしてはE組脱出を目指して勉強したわけではない。むしろ逆だ。
「え〜〜? やだね。E組楽しいもん。毎日飽きないよ」
「あんなボロ校舎での毎日に、そんなに張り合いがあるとは思えないけどね」
「A組こそ息苦しくて窮屈そう。E組の方が伸び伸びできるよ。俺にはあっちの方が性に合ってる」
「物好きだな。まぁ確かに君のような個人主義者はE組の環境の方がふさわしいかもしれないな」
両者の間に火花が飛び散る。それぞれがそれぞれの居場所にプライドがあり、それ故に引かない。
E組にとってはA組が高い障壁として存在しているから、そしてA組にとってはE組が無茶苦茶な方法でその壁をよじ登って来るから、今まで互いに良い攻防戦ができてきたのだろう。E組が成長を続けられたのは、殺せんせ―や暗殺は勿論、A組のお陰でもある。テストや学校行事に関しては彼らを攻略目標として全力を尽くしてきた。
そしてE組にとってA組が常に高い壁であり続けているのは、それはこの浅野がA組のトップとして君臨しているからに他ならない。
あちらを立てればこちらが立たず。浅野が初めからE組にいたら、果たしてE組はここまで躍進できただろうか。
けど。
「ねぇ、浅野クン。正式にE組に来るなら、歓迎するよ」
もし、もしもこいつが何かをやらかしてE組に落ちてきたら。
その時は共に暗殺をする仲間になる。その時こいつは、その能力で華麗に暗殺をするに違いないのだ。一瞬想像した通りに。
カルマは両手を広げ、受け入れるような態勢を取る。
浅野はそれを一瞥し、鼻で笑った。
「永遠に来ないさ。そんな日はね」
END
浅野君は敵キャラだからこそ輝いているのは分かるんだけど、あの能力、暗殺に使えないのは非常にもったいない。
浅野君E組IF、とか面白いと思うけど、浅野君のような頭脳は私には無いのでまず作戦が浮かばないオワタ。
2015,4,18
初稿:2015,2,26
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