暴走警報発令中!
異変が起きたのは、その日の英語の時間だった。
ビッチ先生の会話術の授業。問題に対して正解しても不正解でも、E組のみんなはビッチ先生から次々に公開ディープキスの刑を受けた。……まぁ、僕も受けたんだけど。
前原君や岡島君あたりは喜んで犠牲になっていた。気持ちいいもんね、ビッチ先生のキス。恥ずかしいは恥ずかしいんだけど、多分みんなそう思ってるんじゃないかな。
受けているこっちも、キスの技術が自然と身に付いているのが分かる。いつ使うかは定かじゃないけど、これもビッチ先生の教えなんだろうなぁ。流石は世界で1・2を争うハニートラッパー。
そんなわけで今日も例によって中学生らしからぬ卑猥な英語の授業だったんだけど、終了間際にその事件は起こったんだ。
「正解! 発音も完璧よ赤羽!」
ビッチ先生にあてられたカルマ君が、前の黒板にすらすら答えを書いた後にこれまたすらすらと英語を喋った。とても綺麗な発音。
やっぱりカルマ君は凄いな〜なんて感心していると、ビッチ先生は「ご褒美よ♪」っていつものごとくカルマ君にキスをしようとしたんだ。そしたら。
「ビッチ先生〜、俺、別にご褒美なんていらないから」
普段通りのへらっとした笑顔で、カルマ君はビッチ先生のキスを断ったんだ。
そんなこと今まで一度もなかったからE組メンバーは全員驚く。ビッチ先生も不思議そうだ。
「なんでよ? ありがたく受けなさいよ」
「もう散々受けたし。じゅーぶんじゅーぶん」
不満な顔をして詰め寄るビッチ先生をカルマ君はさらりとかわしている。正解率の高いカルマ君はビッチ先生とのキスの頻度ももちろん高いわけで、でもそれを今まで拒んだことはなかったのに。積極的ではないにしろ、仕方ないなぁって風に黙って受け入れていたのに。なんでだろ。おかしいなぁ?
「もったいねーこと言うなカルマ!」
「そーだそーだ!」
前原君や岡島君を中心にヤジが飛ぶ。カルマ君はそんなのを気にも留めない。「悔しかったら正解してみればぁ?」と煽っている。
カルマ君はそのまま席に戻ろうとしたんだけど、何事かを考えていた様子だったビッチ先生が、これまた何かを閃いた様子で言ったんだ。
「この私のキスを拒むなんて……もしかして赤羽、恋人でもできた?」
ぼんっ
………え、何、今の音。
「…ハァ? 何言ってんの? 俺は単にもう散々受けたから別にいいってだけだし」
カルマ君はそう言った。いつもの態度でそう言った、んだけど。
顔は真っ赤だった。髪の毛の色と同じくらい真っ赤だった。
さっきの音はこれだ、って教室にいたほぼ全員が悟ったんじゃないかな。
っていうか照れてるカルマ君なんてレア。激レア。わ〜、カルマ君もああいう可愛らしい顔するんだ。なんか意外。
……じゃなくって! そこも気になるけど、今気にするのはそこじゃない。ゲスなみんなもそんな状態のカルマ君を放っておく筈もなくて。
「マジかよカルマ!?」
「くぅ〜っ…これだからイケメンは!」
「リア充爆発しろ」
「ねぇどんな相手? どんな相手?」
「ってか相手は誰!?」
「E組の誰か? それとも本校舎の人? 他校生?」
「教えろよカルマ!」
「教えなさいよ!」
あっという間に人だかりだ。こういう時のみんなはホント素早い。
ビッチ先生まで食い付いている。あれ? 授業は?
「……ゲスい勘繰りやめろって〜の。そんなんじゃないから」
みんなからの質問の嵐を、カルマ君はのらくらと受け流している。動揺を見せないようにしてるのは凄いと思うんだけど、カルマ君、顔がまだちょっと赤いよ。
カルマ君がビッチ先生の疑問を認めないうちに、英語の時間は終わった。
次の授業が殺せんせーだったら、多分殺せんせーもみんなと一緒になって追及したんだと思う。殺せんせーもそういうの大好きだから。
でも次の授業はザ・堅物の烏間先生の体育だったから、その話題は結局そこで終わっちゃって、カルマ君も追及を避ける為か後の授業はほとんどサボってたんだ。
※ ※ ※
「な〜渚。お前は何か知らないのかよ」
「カルマと仲いいだろ」
カルマ君がいないとなると、矛先が僕に向くわけで、僕は放課後の教室でみんなに囲まれていた。
みんな、よっぽど気になるんだなぁ……そりゃ、僕も気になるけど。
「さぁ…カルマ君からは何も聞いてないよ」
これは本当だった。カルマ君に彼女ができた、なんて、僕は知らない。聞いたことがない。
既にゲスメンバー達によってE組内調査は完了していた。結果、E組にはカルマ君と付き合っている人はいない、と。
となると可能性が高いのは、本校舎の人か、他校の女子ってことになる。
「あの後、カルマ見てたけどよ……特に誰かと連絡取ってたりとかはなかったぜ」
寺坂君がそう言った。カルマ君と席が近い彼が言うんだから間違いないだろう。
「そうなんだよね。そんな素振り全然なかったのに…」
このところのカルマ君の様子を思い出してみても、彼女ができたって感じはなかった。いつも通りだ。
なのに、たったあれだけの変化でそう見抜いちゃうなんて、やっぱりビッチ先生も凄いなぁ。
「あいつの性格考えるとね、正面から問い質しても絶対答えないと思うのよ」
そう言ったのは中村さん。その点については全員が同意する。あのカルマ君が素直に教えてくれるわけはない。現に今日はずっと否定してたし、質問責めから逃げるようにいつも以上に早く帰っていた。
その様子を思うと完全に白とは言い難い。黒に近いグレー。そしてみんなとしては、黒であって欲しいと思っているようだ。自分の恋愛沙汰だとつつかれるのが嫌な割に、人のそれだと気になって仕方ないという、思春期らしい心理だ。
「となるとここは…」
「隠密行動が吉、だな」
すかさず作戦会議が始まった。何せ対象はあのカルマ君だもん、みんなノリノリだよね。一体どんな子と付き合っているのか気にならないわけがない。
僕だってやっぱり気になる。いつも余裕満面なカルマ君が、あんなあからさまに動揺してたんだよ?
大体の作戦はこう。今日の今日で探るのは、カルマ君も警戒して隙を見せないと思われるから、しばらくは大人しくしている。そしてカルマ君が気を抜いたのを見計らって、下校中にでも尾行し、探る。連絡を取っている場面でも押さえられれば十分だし、もしどこかで彼女と会うところを目撃できればそれがベストだ。
ビッチ先生にも、カルマ君の恋人疑惑についてはしばらく話題に出さないようお願いした。もちろん殺せんせーにもこの件のことは一切話さないように。殺せんせーも下世話だし、どこからカルマ君にバレるか分からないからね。これでばっちり……なはず。
かくして、『カルマ君に本当に恋人がいるか否かを突き止めよう作戦』は始動した。
※ ※ ※
数日後、作戦決行の日がきた。
打ち合わせ通り、カルマ君に彼女についての追及はしばらくしないようにしてきた。でも完全に話題にしないのも却って怪しまれるだろう、そうした意見も出たから、前原君達に少々つついて貰ってはいた。やっぱりというか、カルマ君は認めなかったみたいだけど。
E組での一日を終え、班での掃除当番も終え、更に殺せんせーへの暗殺(未遂)も終え、 カルマ君は今、帰りの山道を下っている。数メートル離れた後ろから尾行しているのは、僕、磯貝君、前原君、岡島君、中村さんの5名だ。あまり大人数だと気付かれちゃいそうだからこのメンバーにしぼった。内訳は下世話×3、ストッパー×1、情報収集役×1。
本当は他のみんなもついてきたがってたんだけど、ミッション成功の為に我慢して貰った。こうなったら、みんなの分までちゃんと証拠を掴まないと。
夕方の山道を、僕達はカルマ君に気付かれないように慎重に尾行する。森は隠れるところが多くていい。カルマ君は全然僕達に気が付いてないみたいで、いつものペースで歩いている。もうすぐ山を下りきっちゃいそうだ。
山を下り終えると次は本校舎側の敷地に入るので、僕達は校舎や植え込みに隠れながら尾行を続ける。本校舎の人達はこの時間は部活動に励んでいるからか、他の人影は無かった。
……と、カルマ君がふと立ち止まったので、僕達も立ち止まる。
「誰かと思えば、底辺のE組の赤羽じゃないか」
「出会い頭からご挨拶だね、腹黒生徒会長」
―――げ。
多分、尾行チーム全員がそう思った。
A組の浅野君だ。他の五英傑はいなくて、彼一人。
たまたま帰りにカルマ君に会っちゃった…ってとこなんだろうけど、この人が出てくると大体厄介なことになるからなぁ。なんで今来ちゃうかなぁ。タイミングが悪いとしか言いようがなかった。
「暇そうにしちゃって、生徒会の仕事は終わったわけ?」
「僕は君と違って優秀だからね。とっくに終わらせたさ。君こそ掃除当番をサボったりはしていないだろうな?」
「当ったり前じゃん、やることはちゃんとやるよ。馬鹿にしないでくれる?」
うわ〜…何かもう火花が散ってる。相変わらず仲悪いというか何と言うか。成績が競り合ってるんだもん、お互い敵認定してるんだろうねきっと。
みんなもげんなりした顔をしてる。このギスギスした空気に。
カルマ君と浅野君はまだ睨み合っている。
「君はサボり癖があるからな。発言を簡単に信用できないのは仕方のないことだろう?」
「お生憎様〜。俺だってやる時はやるって」
「そうか」
「うん」
「………」
「………」
「……じゃあ、帰ろうか」
「そだね」
…………。
えええええええ!?
二人は隣同士になって一緒に歩き始めちゃった。
今の会話の流れでなんでそうなるの!? 何、暗号? 何かの暗号なの!?
さっきまでのばちばちした空気はどっか行っちゃって、笑みさえ浮かぶ二人は何だか途端にほのぼのして、どこか幸せそうでもあって……って、何これ。何これ。
「ちょっと待ったあああああ!」
心の中だけじゃ処理できなかったんだと思う、前原君が身を乗り出して叫んでいた。うん、気持ちは分かるよ。僕も思いきりツッコミたかった。
カルマ君と浅野君が驚いて振り向く。わ〜、浅野君の驚き顔もレアだ。写真撮っとこ。
見つかってしまったので(敢えて見つかったとも言う)、僕らは茂みの陰からぞろぞろと姿を現す。
「カルマ……おまっ、一体どーいうことだよ!?」
岡島君が代表になって僕ら全員の気持ちを代弁する。
本当にさっきのはどういうことなんだろうか。カルマ君と浅野君、仲悪いんじゃなかったっけ。何で一緒に歩き出した時、ふんわりした空気醸し出してたんだろう。
「………」
「………」
カルマ君も浅野君も無言のまま、さりげなく二人の間の距離を取っている。今、双方共にその優秀な頭で何を言うか考えているところなんだろうけど、心なしか二人の顔はちょっと赤い。え、何なのこれ。とりあえず写真撮っとく。
「……何なのみんなして。尾行なんて趣味悪いね。あと渚君、写真撮り過ぎ」
カルマ君はほんのすこ〜しだけ険のある笑顔で言った。
尾行が悪趣味なのは認める。でもカルマ君だって僕の女装写真とか撮ってた癖に。おあいこだよね。
「何ってそりゃこっちの台詞だよ! なんで浅野なんかと一緒に帰ろうとしてんだよ!?」
「…べっつに? 駅までは方向一緒なんだからたまたま同じタイミングで足が出ただけだし」
「そうだな。単なる偶然だ。たまたまその瞬間を目撃したからといって、僕達が一緒に帰ろうとしたことにはならないだろう?」
前原君の質問に堂々と言い切ってるけど、浅野君、さっき思いっきりカルマ君誘ってたよね!?
なんか否定する二人の息がやたら合ってる気もするし。……あやしい。
「なぁみんな……カルマも浅野も何だか困ってるっぽいから、やめにしないか?」
そう言ったのは磯貝君だ。興味より、真実の追求よりも対象者の気持ちを何より考える。流石だ。流石だよ磯貝君。
でもこの場合は、思わぬ事態にテンション上がっている人達に対しては、まったく抑止力にならなかった。
磯貝君のそんな常識的な言葉を華麗にスルーして、中村さんが強力な爆弾を落としたんだ。
「もしかしてあんたら………できてる、とか?」
ぼんっ ぼんっ
誘爆した。今度は二発。
カルマ君も浅野君も顔が真っ赤だった。これはもー……うん、そういうことだよね。
前原君と岡島君は「マジかあああああ」って頭を抱えて仰け反ったりうずくまったりしていた。磯貝君はそこまでのリアクションはなかったけどやっぱり仰天してた。中村さんは「yes!」っていい笑顔でガッツポーズ取ってた。
僕はというとまた写真撮ってた。だって照れてる浅野君もやっぱレアだからね。明日は椚ヶ丘市一帯に雹でも降るんじゃないかな。
「ハァ!? なんで俺がこんな奴と」
「まったくだ。こんな素行不良者、頼まれてもお断りだ」
二人はその疑惑を完全に否定してるけど、顔がまだ赤いんだよね。そんなんじゃ疑惑は晴れないよ。
っていうか中村さんもよく気付いたね? 「何でそう思ったんだ?」って磯貝君に訊かれてる。中村さんはドヤ顔で答えた。
「女の勘よ」
……さいですか。
ビッチ先生もだけどホントに凄いよなぁ。
「もっと突っ込んで言うなら……そうね、正反対のタイプのライバル同士が最初は反発しつつも次第にお互いの力を認めてやがては惹かれ合う……っていうのは王道だから!」
中村さんはグッと親指を立てている。何の王道?とは何だか怖くて聞けなかった。生徒会長と素行不良ってのがまたいいわよね! でもこの二人は盲点だったな〜とかブツブツ言ってる。生き生きしてるね、中村さん。
それにしてもカルマ君の恋人が女子じゃなくて男子だったなんて。しかもそれが浅野君だなんて。意外なんてもんじゃない。
「カルマ……お前、趣味ワリーよ。何でよりによって浅野……」
前原君なんかそんなこと言いながらまだ頭を抱えている。女子から抜群にモテていてその良さを熟知している彼にしてみれば、カルマ君の相手が男子であることは信じがたい出来事なんだろうな。
「…それは聞き捨てならないな」
そんな前原君の言葉に静かに反応したのは、カルマ君じゃなくて浅野君だった。
冷ややかな目で前原君を見ている。
「優秀な僕に対する僻みがあるのは分かる。だが、まるで赤羽が見る目が無い、といった風に乏しめるのはやめてくれないか」
……え〜と。自画自賛入ってるけど、浅野君、それって、カルマ君のこと庇ってるよね?
「僻みじゃねーよ! ホモならホモで構わねーけど、なんでその相手が浅野なんだって言ってんだよ!」
前原君は憤慨している。気持ちは分からなくはない。僕達E組は、浅野君に対してあんまり印象良くないもんね。
カルマ君だって顔合わせるたびに嫌味合戦してた筈なんだけど、一体なんでこんなことに。その馴れ初めが気になるところではある。
「あのさぁ、前原、確かに浅野クンは性格最悪で腹黒でファザコンだけど、一応少しはいいとこあるからね?」
「君の方が酷い言い様だぞ赤羽…」
ん!? カルマ君も参戦してきた。言い方はアレだけど。何だか妙な流れになってきたぞ。
っていうか、さっきお互いに悪態吐いてなかったっけ。あれかな、自分が悪く言う分には構わないけど他人からは言われたくないってやつかな。
それってさ、やっぱり完全にそうってことだよね?
「カルマ君…」
「浅野…」
「「やっぱり、二人って……」」
僕と磯貝君の声が綺麗にハモった。前原君と岡島君も二人をじっと見ている。中村さんは写真撮ってる。
そんな僕達をしばらく眺めていたカルマ君は、はぁ〜〜〜…と長い溜め息を吐いた。
それからちらりと浅野君を見て、言う。
「……だから言ったじゃん、学校だと誰かに見られるかもしれないって」
「君だって了承したじゃないか。僕だけのせいにする気か?」
「そっちこそ責任転嫁もいいとこだよね。たまには一緒に帰りたいとか言い出したのは浅野クンじゃんか」
「僕が迂濶だったのは認める、だがそもそもそいつらはE組だろう。君が何か彼らに気取られるような行動を取ったんじゃないのか?」
二人は怖い顔でそんな風に言い争ってるんだけど、これ痴話喧嘩だよね? 痴話喧嘩だよね完全に。
っていうかもう認めたも同然じゃないか。やっぱりそうなんだ。
浅野君は開き直ったのか僕らを睨みつけてるけど、まぁそもそもの発端はやっぱりカルマ君なんだよね。
カルマ君自身もそれを分かっているようで、また頬を赤くして黙り込む。
「……それだって大体、浅野クンが悪いんだよ」
「僕が?」
「今まで特に意識してなかったのに、あんたがいっつもキスばっかするから……俺………」
「赤羽……」
空気がいきなりイチゴ煮オレみたいに甘くなった。
うわー何これ。何この二人。向き合って赤くならないで。背後の夕陽も無駄に演出に参加しないで。
流石にこれは撮れないなぁ。僕そこまでゲスくないよ。
男子全員は色んな意味で戦慄していた。でも中村さんはそんな浅野君とカルマ君の姿をすかさず撮ってた。ブレない。
「僕の方も……その、悪かった。君と一緒に下校したいだなんて、やはり我が侭が過ぎたな」
「いや……別に。俺はE組だから今更だけど、見られて困るのは浅野クンでしょ」
「それはそうなんだが。僕達はクラスも違うし、高校も別と決まっている。だから…卒業までに、一緒に下校してみたかったんだ」
「…随分可愛いこと言ってくれるじゃん、浅野クン」
「茶化すな。少なくとも僕は本気だった」
「ん〜…まぁ、でも俺も、それも悪くないかな〜って、だからOKしたわけだけどさ。厄介なことになっちゃったけど」
「確かにね。でも君とのことを知られたのがE組の人間でまだ良かったのかもしれない」
「そだね。本校舎の誰かが見てたらそれこそ大事だよね。生徒会長様がE組の人間と、なんて」
「E組でありながら君は能力そのものは優れているからな。問題ないさ。言いたい奴には言わせておけばいい」
「何開き直っちゃってんのさ。さっきと言ってること違うけど」
「今更だろ。いっそ公表しようか。そうしたら堂々と一緒に帰れるよ」
「ハァ!? な、何言ってんの。そんなことしたら、あんたの立場がまずくなるだろ」
「この学校は成績がすべて。そして僕達はトップ2だ。誰も文句は言えない筈だ。そうだろう?」
「それはそーかもしれないけどさ…でもほら、理事長センセーとかうるさそーだし」
「それこそ僕を都合良く使うことしか考えていないあの人に、僕のプライベートをどうこう言われる筋合いは無いよ。勉強や学校のことをちゃんとしてれば問題ないさ」
「…まったく、浅野クンはいつもいつも無駄にポジティブなんだから。大体、みんなにバラされるのは俺がやだよ」
「君は割と照れ屋だからな」
「さっき思いっきり赤面していたあんたに言われたくないよ」
「仕方ないな。じゃあ、またしばらくは秘密のままだな」
「しばらくじゃなくてずっとの方が有り難いよ、俺は。あんたなんかと付き合ってるなんてね」
「随分な言い草だなさっきから。…まぁいい。そこまで言うなら君の意向を尊重しようか」
「ほんっといちいち偉そーだよね浅野クンはさ」
「赤羽も人のことは言えないだろ」
………あのさ。
一応僕達のことは忘れてないようだけど、カルマ君と浅野君、完全に二人の世界に入っちゃってるよね。
こんな二人初めて見るよ。ストレートな甘さだけじゃなくてさ、お互い言いたいことそのままぶつけあってる姿とか、何だかそれがかえって甘くて、見てるこっちが恥ずかしい。え、いつから付き合ってんのこの二人。何だかすごくお互いのこと理解しちゃってる、って感じなんだけど。
前原君と岡島君なんて今にも悶死しそうだし。彼らのライフは既に0だ。むしろマイナス行ってるかも。
僕達もう邪魔かな。邪魔だよね。
磯貝君がハンドサインで僕らに撤収を促している。うん、そうだよねもう帰ろうか。なんかこのレモンのシロップ漬けみたいな空気にそろそろ耐えられない。
「えーと、カルマ、浅野。とりあえず俺達、このこと誰にも言わないから。なっ、みんな」
磯貝君が二人を現実へと引き戻し、同時に僕達に緘口令を敷く。
磯貝君がいてくれて本当に良かった。もし磯貝君がいなかったら、そこの二人も僕達も多分、収集がつかなかった。
口止めされたことについても妥当な判断だと思う。カルマ君と浅野君に僕らの顔は割れているわけで、情報が勝手にどこぞに洩れようものなら、この件はひとまずは秘密のままにしておきたい彼らから熾烈な報復があるであろうことが、容易に予想つく。
僕達は大人しくうんうんと頷いた。香辛料の詰め合わせで味覚と嗅覚を破壊されるのも、学校の籍が危うくなるのも御免だった。
既にカルマ君は「誰かに言ったらどうなるか分かるよね?」という悪い笑顔で僕達にプレッシャーをかけていた。浅野君も怖い目付きで真っ黒なラスボスオーラを纏っている。……ある意味お似合いの二人なのかも。同世代最強ペアなんじゃない、もしかして。
これ以上邪魔をするのは本当に野暮な気がしたので、僕達は速やかに退散した。あまり長居すると更に危険な気もするし。
僕達はそそくさと校門の外まで撤退して、一息つく。あー、何だかやっと普通の空気を吸えた気分。
「まさかカルマと浅野がなんて、まだ信じられねー…」
前原君はまだ受け入れがたいみたいだ。
「二人ともあのスペックなら女の子よりどりみどりだろーになぁ……もったいない……」
と、しみじみ言っているのは岡島君。
「まぁあの二人も色々悩んだ上での付き合いかもしれないから、あんまりごちゃごちゃ言ってやるなよ。とにかく、この件は口外無用な」
磯貝君…君は本っ当にイケメンだね……笑顔が眩しいよ。後光が射して見えるよ。
「まぁ話したら後が怖いから内緒にはするけど。でもさぁ、どっかから理事長にでもバレたらマジで大変じゃね?」
確かに前原君の言う通り、この件を理事長先生が知ったら色々な意味で大変なことになりそう。A組とE組だとか、そもそも同性だとか。浅野君はああ言ってはいたけど。
「障害がある方が愛は燃えるものよ。親の反対、スクールカーストにおけるA組とE組という格差……おいしい、おいしいわ。さしずめ椚ヶ丘のロミジュリねあの二人!」
本当に楽しそうだね中村さん……。ロミオとジュリエットって喩えはどうかと思うよ。
でも、本当にびっくりしたなぁ。まさかカルマ君と浅野君が、なんて。手の込んだドッキリ……ってことも無いだろう。あの空気や掛け合いはドッキリじゃ出せない。きっと。
まぁ、何かと大変なんだろーけど……二人が幸せならいい………のかな?
そんなわけで、今回の一件は僕達だけの秘密ということになり、E組のみんなやビッチ先生には『調査の結果、カルマ君には特定の恋人はいなかった』という報告をすることになった。
みんなは明らかに残念がっていた。まぁ、あれだけ盛り上がってたらね。
実際は恋人はいて、しかもそれはあの浅野君なんだけど。やっぱり馴れ初めが気になるなぁ。でもカルマ君に訊いても教えてくれないよね、多分。
僕達が内緒にしたことに、カルマ君はほっとしてたみたい。まぁ、べらべらと言いふらせないよこんなこと。あの甘ったるい雰囲気見ちゃったらさぁ……本当に邪魔しちゃまずいなって思うし、そもそもカルマ君と浅野君があんな空気を生み出してるなんてよっぽどだもん。クラスにいるカルマ君は、いつもと変わらない緩い態度なんだけどね。
あ、そういえばこの間は、結局二人で一緒に帰ったみたい。一応、祝福しておくべきなのかな。浅野君、念願叶って良かったね、って。
END
バカップルな学カルを書いてみたかった、という短絡的な思いつき&挑戦による代物。それ故に二人のキャラが変なことになった。
ってか学カルでバカップルって難しいな…まぁ書いてて楽しくはあったんですがw
カルマと浅野君がつきあっていることを知ったE組メンバーの反応を書きたかった、というのもある。
2015,4,18
初稿:2015,4,8
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