最後の景色



彼の出発は一番最初で、支給武器はサッカーボールだった。
「・・・・・」
学校を出たところでそれを確認し、そして目の前には十分な広さの校庭がある。
もう、やることは一つだった。





「・・・・何やってんだ、風祭」
次に出発した柾輝は、校舎を出た途端に見えた光景に目を丸くした。
何故なら、そこには校庭で酷く楽しそうにボールを蹴っている将がいたので。
「見れば分かるでしょ。サッカーしてるんだ」
いつものように将は屈託なく笑う。
言われるまでもなく、柾輝は当然そんなことは分かっている。彼が言いたいのは、どうして将はこの殺人ゲームにおいてそんな行動をしているのか、ということだ。
それを知ってか知らずか、今度は将はリフティングをしながら。
「誰も殺したくないし、誰かが死ぬところも見たくない。ぼくみたいのが生き残れるわけないし・・・・万一優勝したとしても、もう前みたいにみんなとサッカーできないから」
だから、と将は続けた。
「だから、ここでサッカーしてるんだ。最期まで、サッカーしていたいんだ」
柾輝は将の言っている意味が分かった。
この学校を含むエリアは、最後の者が出発して二十分後に禁止エリアとなる。
そうなれば、勿論着けている首輪は爆発―――それを知っていながら、いや、それを知っているから、その最期の瞬間までサッカーをしていたいのだろう。
もう、あの日常には帰れないから。だったら、最後まで大好きなサッカーをしていたいと。
「・・・・・・ったく」
柾輝は溜息を吐いた。
(とんだサッカー馬鹿だな)
心中の思いとは裏腹に、柾輝の顔は笑っていた。
将を止めることも、彼をエリアの外に連れ出すこともできたはずなのに。
彼はそうしなかった。代わりに言った言葉は。
「俺も入れてくれよ。一人でやってたんじゃ、つまらねぇだろ?」
どうせ死ぬのなら、仲間との殺し合いで死ぬより、サッカーをしながら死にたい。
その将の想いが分かったし、自分もそれは存外悪くないなと思ったので。
「え、でも・・・・」
我侭に柾輝を巻き込むわけには、と思ったのだろう、将は口ごもった。けれども、柾輝は。
「いいんだよ。俺が決めたことだ。それより、さっさと始めようぜ」
「・・・・うん!」
将は笑った。本当は、自分の想いに柾輝が同調してくれて嬉しかったから。
それに何より、サッカーはみんなとやる方が楽しいから。






「パス回せっ」
「DF、ライン下がりすぎ!」
「声掛け合え!」
いつもの光景がそこにあった。
殺る気になっていた者も、恐怖に怯えていた者も、一人、また一人とサッカーに加わり、いつしか試合が始まっていた。
少年達は殺し合いのことなんてすべて忘れて、ただいつものようにサッカーを楽しんでいる。
やがて、時間が訪れ、死の宣告とも言える首輪のアラームが一斉に鳴り響いた。分かっていたことでも、何人かの顔が引きつった。
動揺が広がる中、キャプテンの渋沢は一言。
「ロスタイムだな」
苦笑しながらも、ボールを前線にフィードする。
「行けーっ!」
真っ先に追いついた将が、ゴールに向けて思いっきりシュートを放った。不破はそれをパンチングしゴールを守る。
そうだ。まだ終わりじゃない。皆でボールを追いかける。
いつもの光景が、そこにあった。
彼らの最後の景色は、いつも通りの日常だった。




<END>








もし自分がバトロワに巻き込まれたら、好きなことを死ながら死にたいってのはありますね。小説を書いたり、マンガを読んだり、イラストを描いたり・・・・。
日常でない中でも、いつも通りのことをして仲間同士で殺し合う辛さを知らずに死ねたら、それはある意味幸福なことではないかと。
マンガのバトロワ13巻(14巻かも)を読んでいて、ふと思いついた話。

2004年11月22日



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