叫ぶ血





銃声が聞こえて、俺はその方角へ走った。
銃声なんてもう慣れっこだったから、音自体には別に驚かない。乗ってる奴と出くわす可能性が高いから、行かない方がきっと賢明なのに。
それでも俺は向かっている。多分、残りが十人を切ったというこの状況下と、そして定時の放送で毎回相当な数の元チームメートが死んでいってるっていうせいでもあったんだろう。
死にたくない、生き残りたいっていう気持ちは分からなくも無い。でも、その代わりにたくさんの仲間だった人間達を殺す奴は一体誰なのか、知りたい気持ちもあったのかもしれない。知るのが怖いという思いもあったけれど、誰かが死んでいくのを見過ごしていくなんて、もう嫌だというのもあって。
とにかく俺は走った。行く先々に立つ木が俺の邪魔をするけど、それらをすり抜けて走った。
また、銃声。
トドメを刺したんだろうか、それとも別の奴が現われたのか。
今度のその音は近かった。きっともうすぐだ。
鬱蒼とした森を抜け、ようやく視界が開ける。目に飛び込んだのは空の青と、横たわる人影から流れるおびただしい血の赤。
あの色素の薄い髪は・・・・水野だ。手足を投げ出して倒れたまま、顔をこちらへと向けている。腹と胸に二つ、赤黒い穴を開けて、目と口をぽかんと開けて。まるで何かに驚いているようにも見える。その様はちっとも変わることはないから、何よりも銃で穿たれたその体を見れば、水野がもう死んでしまっていることは明白だった。
その前に立っている人影にも(こちらに背を向けていたので顔は分からない)俺は勿論気付いていたけれど。その人物が白煙を上げる銃を持っているのも気付いたけれど。
そしてその彼が、顔が見えなくてもその体格で、俺とそう変わらない背丈で、だからそれが誰なのかなんてとっくに気付いてしまったけれど。
それでも俺は認めたくなかった。見に来なければ良かったってひたすら思った。
かと言って、背を向けて逃げ出すこともできなくて。
だから俺は、その彼が、説明するまでも無く風祭将が、澱んだ目で薄笑いを浮かべながら振り向くのを、ただ見てるしかできなかったんだ。
「・・・・将・・・・」
「・・・・翼さん?」
ニィ、と将が笑う。正直ぞっとした。
どこか遠くを見ているようなその目でわかる。こいつはもう、とっくに正気じゃない。
制服は返り血で血まみれで、ずっと前についたものなのか、赤茶けている染みもある。将の髪は試合が終わった後のようにぼさぼさで、顔も疲れきっていて。けれど不思議と、虚空を見つめているその目だけが爛々としていて、そしてそれが不気味だった。
「お前が水野を殺したの?」
分かりきっている質問。それでも俺は訊いてしまった。
すると将は何がおかしいのか、くすくすと笑い出した。もうあの真っ直ぐな笑顔なんかじゃない。
「そうですよ」
「何でだよ!?」
問う声が上ずった。俺自身は水野とそんなに仲がいいわけじゃなかったけど、それでも地区予選以来の付き合いだったし、将を介しての繋がりもあった。
何より、水野と将の中に確かにあった絆を俺は知っていた。だからこそ、信じたくなかった。将、お前、あんなに水野と仲が良かったのに・・・・!?
俺の心の声を知ってか知らずか、将はまたくすりと笑った。少し俯いて、目だけほんの少し見上げるような感じで。無邪気な笑い方だったのに、どこか闇を抱えているようで、俺はまたぞっとした。
「だって水野くん、親切に色々教えるフリしながら、内心じゃぼくのこと見下してたんですよ。コイツは俺がいなきゃ何もできないって。俺が面倒見てやらないと駄目な奴なんだ・・・って」
「―――」
自然、俺の口がぽかんと開いた。
確かに、水野は将に対して過保護なところはあった。けど、今の将の言い方は。その受け止め方は。
「水野くんだけじゃないですよ。どいつもこいつも、ぼくのこと所詮はチビでヘタクソな奴だって嘲笑ってたんですよ」
将は相変わらずくすくす笑いながら、水野の体を蹴り飛ばした。水野の体が少しだけ揺れ、けれど顔はなおもこちらを向いたまま。意外そうに見開いた目も変わらぬまま。
将はそのまま、ガッガッと水野の足を踏みつける。
止めろ、という声が出なかった。だって、将、お前が水野にこんなことするわけないじゃないか。
金縛りにあったように動けない俺のすぐ前で、将は段々と水野を踏みつける足に力を込めていく。
「みんなぼくのこと馬鹿にしてたんだ、ずっと。ぼくのことチビだって、ヘタクソだって。だから殺してやったんだ、水野くんも、シゲさんも不破くんも渋沢先輩も藤代くんも鳴海も天城もみんな・・・・!!」
「将っ!!」
俺は思わず叫んでいた。
知りたくなかった。まさか将が、このゲームの脱落者をほとんど殺してたっていうのか?
信じたくない。
だってあの将が。
あの将に限って。
自分を見失って殺戮に走るなんてそんな馬鹿なこと―――。
「しっかりしろよ! みんなそんな風にお前のこと思ってなかった!」
俺は将に駆け寄って、がっとその肩を掴んだ。将が呆けたように俺を見ている。
ああ、この目。魂の抜けたようなこの目。
お前はこの殺し合いゲームの中で何を見た? 何がお前をこうさせた?
歯痒かった。俺は奥歯を噛み締めた。
『すごいや。世界か・・・!』
そう言った時のお前は、こんな死んだような目をしてなかったじゃないか。いつだって真っ直ぐに、夢に向かってたじゃないか。
「最初は、そう思ってた奴もいるかもしれない、けど、成長してくお前のこと、みんな認めてくれてたじゃねーか!」
必死にその肩を揺さぶった。少しでも、こいつが閉ざしてしまった心に届くように。
確かに、最初はただのチビだって、みんなこいつのことを侮ってたかもしれない。俺だってそうだった。
でも、将はそれだけの奴じゃなかった。背のハンデがあっても、いやあったからこそ誰よりも努力して頑張って練習して、それでついには選抜のメンバーにも認められてたのに。
みんなのお前の見る目が確かに変わったこと、それはお前だって、知ってたはずだろ将!?
「―――何、言ってるの翼さん?」
ニィ、とまた将が笑った。その薄笑いに悪寒めいたものを感じて、俺はバッと将から離れた。
将はゆっくりと右手を上げる。その手の中には、黒光りするコルト・ガバメント。水野達を殺したその銃を、将は真っ直ぐ俺に向ける。
「翼さんだって同じだよ」
将の顔に浮かぶのは冷笑。まだ平和だったあの頃の、朗らかな笑顔では決して無かった。
瞳の光は一点も残されてなくて。
そして将の中から失われたたくさんの何かを、ああ、俺は結局、取り戻させることはできなかったんだ。
ここにいるのは、狂気に囚われた憐れな少年。
あの将は、どこへ行ってしまったのだろう。どうしてこうなってしまったんだろう。
だとえ、この過酷なゲームの中で誰が狂おうと。自分自身が狂おうと。
『そう考えると、世界はすごく近いんだ!』
俺は。
お前にだけは。
「同じく背で悩んでる者同士っていっても、実力的には相当差がありましたもんね。本当はぼくのこと、見下してたんでしょ?」
「将・・・・!」
「そんな顔したってダメですよ。ぼくはそんなのに騙されない。あぁ、そういえば翼さんも、ぼくのこと散々ヘタクソだって馬鹿にしてましたよね。結構悔しかったんですよ、あれ」
「何でだよ・・・・!」
「大丈夫、一発で殺しますから」
「何でそんな風になっちまったんだよ・・・・!!」








―――一発の銃声。そして、静寂。








銃弾を放ったのは、将の持つコルト・ガバメントじゃなかった。俺が制服のズボンのポケットに忍ばせていた、暗殺小銃デリンジャー。
胸に穴を開けて、一言も発することなく、呆気なく将は逝った。
ぽかんとしたその顔は水野と同じようで、そして既に横たわっていた彼の隣に将はばたりと倒れた。
『何 で?』
そう訊きたそうな顔だった。訊きたいのはこっちの方だった。
自分の意思とは無関係にぼろぼろ溢れてくる涙をそのままにしながら、俺は将と水野の死体を見下ろしていた。
「将、お前、何でそんな風になっちまったんだよ・・・・」
答えが返ってこないことは分かってる。
それでも誰かに訊きたかった。
過酷な殺戮ゲームの下、狂ってしまう人間がいることは知っていた。
きっと将も、自分を守るためにはそうなるしかなかったんだろう。
けど。
「・・・・お前にだけは、そうなって欲しくなかったのに・・・・・!」
将だけには、最期まで彼らしくいて欲しかったと。
我が侭でも何でも俺はそう思って。
将の近くに膝をつき、また彼の体を揺らして、そこから溢れる血で俺自身も血まみれになりながら、それでも俺は、叫ぶしかなかった。
だとえ、この過酷なゲームの中で誰が狂おうと。自分自身が狂おうと。
俺は。
お前にだけは。
―――狂って欲しく、無かったのに。






<END>











将が正気を失ってみんなの自分に対する態度を邪推してゲームに乗ることを選んだら・・・・と思いついた話。タイトルにコレを当てたのもまぁ即興ですな。
もしバトロワに巻き込まれたら、翼くんに限らず、みんな将にだけは最期まで狂って欲しくは無いんじゃないかなーと思うのですよ。あの真っ直ぐさを知ってる分。
水野、悲惨な役回りですまん。



2007年4月30日




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