全てが夢なら


「ははっ・・・・・はははははっ!」
成樹は、至極楽しそうに笑った。
鳴海を倒した。残りは自分と、確か将と翼。
将は恐らく殺せる。あいつに、誰かを殺そうとする度胸があるだろうか? たとえ、この自分が多くの者の命を奪ったと、知っていたとしても。
何より―――彼は優しい。優しすぎる。それが弱点だ。彼に、仲間だった自分を殺せるはずがない。
翼は・・・・・将よりは難しいだろう。けれど体格では、こちらの方が有利だし、翼は武道もできると前に井上から聞いてはいたが、ケンカの場数は、多分、自分の方が踏んでいるはずだ。
勝てる。
俺が優勝や。
成樹がそう思って、こみ上げる笑いをまた堪え切れなくなったその時。
熱い何かが、体を穿った。
「ぐっ・・・・・?」
痛みが、背中から腹を通り抜けた。
口からごぼっと血が溢れて、成樹はそのまま前のめりに倒れた。息をするたびに、口から血が流れる。
痛い。苦しい。
死ぬのか? 俺・・・・・。
「油断大敵、ってね」
キーの高い少年声が、上から降ってきた。気力で見上げると、その声の主は翼だと分かった。
手にしたコルトガバメントの銃口から、うっすらと煙が立ち昇っている。
「ひ、姫さんが、撃ったんか・・・・・」
どこか、ほっとした表情で成樹は言った。どうしてだか、成樹自身にも分からなかったけれど。
翼はすっと成樹に近付いた。
「お前のプレー、好きだったんだけどね。結局、また試合できなかったな。
でも、これはこういうゲームだから仕方ないよね」
上から成樹を見下ろして、翼は薄く笑った。
「致命傷だな。トドメさしてもいいんだけど、ほっといてもそのうち死ぬよね。ムダ弾使いたくねーし・・・・あと一人、残ってるしな」
「カザも・・・・殺すんか?」
ぜえぜえと苦しそうに息をしながら、成樹が尋ねた。
「・・・まぁね。言っただろ、これはそういうゲームなんだ、って。俺は乗っちまったからさ・・・・相手が誰であろうと、殺す。
たとえ、それが将でもね」
「・・・・さよか・・・・」
成樹は、今度は笑った。力無く。
「・・・なんで、こうなってしもたんやろな・・・・・・」
小さく呟いて、成樹は死んだ。
それはきっと、死んでいった皆が、抱えていた共通の思い。
「・・・・それは、俺が聞きたいよ・・・・」
もう動かない成樹に、ぽつりと翼は言った。
そのまま考え込んでいた翼は、背後の茂みがガサッと音を立てたのに、はっと意識を引き戻された。
振り向くと、そこに将がいた。
即座にコルトガバメントを将に向ける。
将の目は、驚きに見開かれた。銃声に気付き、来てみれば、チームメイトだった成樹が倒れている。更に、尊敬し、慕っていた翼が、自分に銃を向けたのだから。
「翼さん、どうして・・・・!?」
状況からすると、恐らく翼が成樹を殺したのだろう。あの翼が・・・・?
今までのゲームの中で、極限状態の中で狂ってしまった者達を何人か見てきた。それでも、翼までもがゲームに乗っているなんて、信じられなかったし、信じたくなかった。
混乱している将に、翼は銃を向けたまま。
「俺は、このゲームに乗ったんだ」
じり、と翼は将に近付く。将は後ずさった。
「最初は、何とか脱出しようと思った。でも・・・・・できなかった。
俺は殺されたくない。となれば、結論は一つ。分かるだろ? それはな・・・・・・・
このゲームに乗ることだよっ!!」
翼は言うなり銃を撃った。だが、将はその刹那、茂みの中に飛び込んでいた。もし反応が少しでも遅かったら、将は銃弾を食らっていた事だろう。
「隠れてもムダだよ、将!」
翼は銃を連発した。茂みがガサガサと揺れる。
しかし、将に当たった様子はなかった。
「チッ・・・・・」
翼は舌打ちして、弾が切れたコルトガバメントの、マガジンを詰め替えようとした。
その時。
「うあああああっ!」
いつの間にか、翼の横に回りこんでいた将が、飛び掛ってきた。
「なっ・・・・」
避ける間も無く飛びつかれ、翼は銃を取り落とした。そのまま揉み合う二人。よく見ると、将はナイフを持っていた。そうでもしないと、翼を抑えられないのだと思ったのだろう。
翼を組み強いた将は、泣きそうな顔をしていた。
「翼さん、こんなこと、やめて下さい!」
この期に及んで、まだそんなこと言うのか。
甘いよ、将。
翼は自由だった左手を動かし、ポケットから柾輝の物だったサバイバルナイフを取り出した。将に向けて、そのまま腕を伸ばす。
将が、ぎくりとした顔をしたのが分かった。
「うわあああああ!!」
叫び声は、どちらのものだったのか。
ざくりと、刃が胸に刺さった。
「う・・・・・・っ」
ナイフを突き立てられたのは、翼の方だった。
翼にナイフを突き出され・・・・・将は、咄嗟に自分のナイフを彼の体に押し込んだのだ。
意思的に、というよりも、死にたくないという、半ば本能で。
「あ・・・」
胸から血を流している翼を見て、将は我に返った。
「翼さん!!」
ナイフを抜いた。血がぶしゅっと跳ね、将の腕や体に飛び散った。
「翼さん! しっかり!!」
叫んでも意味は無かった。どうみても、助かる傷ではない。
それでも、言わずにはいられなかった。
「翼さん・・・・ごめんなさい! おれ・・・・おれっ・・・・・・・翼さんのこと、殺す気なんか・・・・・!」
涙声だった。
「謝る必要なんか・・・・ねーよ、将・・・・・・。殺らなきゃ殺られる、それが・・・・このゲームのルールなんだから・・・・・」
途切れ途切れに翼は言った。喋るたびに血が口から溢れる。
「翼さん、喋っちゃだめです!」
「お前さ・・・・俺以外に、誰か殺した?」
翼のその問いに、将は泣きながら首を横に振った。
翼は笑った。
「本っ当、甘い奴だな、将は・・・・。俺は、殺したぜ、柾輝達、飛葉中の奴らに、武蔵森の奴らも・・・・・それに、お前んとこの金髪も」
「どう・・・して・・・・」
どうしてそんなに、人を殺したりなんか・・・・それも、同じ中学の仲間まで。
将はそう思ったが、声に出せなかった。
「脱出の望みが潰えて・・・・・負けたくなかった、殺されたくなかった・・・・誰にも。だから・・・・」
翼は咳き込んで、血の塊を吐き出した。
将の声が、更に悲痛の色に染まる。
「翼さん!!」
困ったような、呆れたような微苦笑を、翼は浮かべた。
「もっと・・・・嬉しそうな、顔しろよ。お前、優勝者なんだか・・・ら・・・・・」
翼の声から、段々力が抜けていくのが分かった。
優勝者。その言葉で、もうみんながこの世にいないことに、将は改めて気付かされる。
みんなの犠牲の上に生き残ったって、ちっとも嬉しくなんかなかった。みんなは死んだのに、どうして自分だけが生きているのだろう。
目の前にいる翼だって、今にも死んでしまいそうなのに。
「本当に、何でこんなことになっちまったんだろう・・・・・」
ついさっき殺した成樹の最期の言葉を、翼は繰りかえした。
「サッカーで・・・・世界を、目指してただけなのに・・・・・」
最後の最後で、翼の目に涙が浮かんだ。
理不尽で、悔しくて、悲しくて、やるせなくて、情けなくて、それから・・・・・。
そんな気持ちを抱えたまま、翼は死んでいった。
「翼さん・・・・翼さん―――!!」
将の叫び声が、その場にこだました。
自分だって、死にたくなかった。でも、こんな結末を望んでいたんじゃない。
みんなを失い、翼をこの手にかけた。
もう、何もかも取り戻せない。
「あああああ―――っ!!」
全てが夢なら、どんなにか、幸せだっただろう。
一人残された将は、ずっと、ずっと、泣き叫んでいた。





<END>











3年くらい前に書いたもののリメイクです。加筆修正はしたけど、元の文章が拙いなぁ・・・・(汗)
当初はこれ、長編の中の一場面だったのです。光子と化したシゲと、桐山と化した不破が(この話じゃあ、鳴海に変えたけど)戦い、その後にシゲが翼くんと戦い、最後に翼くんと将が戦う・・・という。
翼くんは三村のように脱出しようとするんだけど、失敗してしまう。んで、失敗した彼が、大人しく誰かに殺されるのかと言えば、それはNO。となると、ゲームに乗るしかないわけで。殺されたくない、負けたくない。その一心で。
その長編では将は主人公だったので、各所で主人公らしいところを見せつつ、ラストはこうなる・・・・というのを想定して話の案を立てていました。
と言っても、ここのシーンだけだったので、短編用に書き直しました。
死にかけなのに喋りすぎだよみんな・・・・というツッコミは無しね。

みんな、報われなさ過ぎ・・・・。「全てがが夢なら」ってのは、将だけでなく、シゲや翼くん、それに作中には出てきてないみんなの、共通の思いですね。
この話の続きを、いつか100のお題内で書きたいです。


2004年9月12日



BACK