東京都選抜チームをベースに、全国各地の選抜チームからも何名かを集めた計三十名の少年達の真っただ中。
何故か私がその中で唯一の少女参加者として、場違いにもそこにいた。
「今から殺し合いを、して貰う」
今回の担当教官だという榊が高らかに宣言した、たった一人の生き残りをかけたデスゲームの始まり。
少年達の中、少女という一つの異質の存在を投入したのは―――このゲームを円滑に進めるためだと、榊は笑った。




神様の賽の目




「まったく、冗談じゃないわ・・・」
夜の暗闇の中、鬱蒼とした森の一角で、私はあくまでも声を潜めて不満を漏らした。
チームメイト同士での殺し合いに巻き込まれた、ということにも勿論だが、私を餌に―――不適切かもしれないが、それが適当な表現かもしれなかった―――このゲームを転がしていこう、等という発想に。
確かに私、はこの島にいるメンバーとは割と顔なじみだ。同じ桜上水中学校である風祭、水野、シゲはもちろん、幼馴染だった武蔵森の藤代、以前同じ塾に通っていた椎名・・・・など。彼らを通じて知り得たメンバーも大勢いる。
仲はいいけれど、かといって決して恋仲などでは無い。私としては彼らは『いい友達、いいチームメイト』という認識が大きかったからだ。彼らが私のことをどう思っているかなんて知らないけれど。
それでも、やや自意識過剰かもしれないけれど、そこそこ女友達の一人として好かれていた、とは思う。
けれどだからって、私をゲームの進行に利用するなんて!
『果たして彼らは君にとって、外敵から姫を守る騎士になるか、それとも群れの中に紛れ込んだ兎を狙う狼になるか・・・いずれにせよ、楽しみだよ』
メンバーの中で最後に出発した私に、榊はそんな言葉をかけてきた。眼鏡の奥にあった目は、確かに笑っていた。あいつ、絶対この状況を楽しんでる!
幸い、榊への怒りと、まだ誰とも遭遇していないという状況が、何とか私に冷静さを保たせていた。
けれど、頭の中は冷静でも、心の中はそうはいかない。暗闇の中、たった一人で、しかも殺し合いゲームの真っ最中・・・怖くて怖くて仕方無い。
当然、積極的にゲームに乗る気も無かった。誰かを殺してまで、生き延びていようとは思わない。そしてこのゲームから逃げ出す手もまたすべて封じられている以上、逃げ出すことも叶わない。知り合いを探そうにも、怖くてこの場から動けないという体たらくな有様だった。
できることといったら、せいぜい、平和だった頃を思い出すことくらいだ。桜上水の女子サッカー部で、サッカーをしていたことが懐かしい。
仲良しの有希がこのゲームに招かれなかったことはせめてもの幸いだった。もしかしたら私はここで死ぬかもしれないけど、有希、あなたはどうか―――
「お、かわいこちゃん見〜つけた」
突然背後から聞こえてきたねばつっこい声に、私は身を竦ませながら振り向いた。
そこにいたのは、確か明星中の大型FW、鳴海とかいう少年だった。明星中との試合で僅差で負け桜上水は都大会で勝ち上がれなかった。だからその顔はよく覚えている。
「私に、何か用?」
私の意に反して声は震えていた。鳴海は私を見下ろしてただにやにやしている。どこか鬼気迫った目に私はぞっとした。
「・・・っ!」
本能的に危険を感じて、私は逃げ出そうとした。けれど、鳴海は私の左手首をひっつかむと、自分の方へ引き寄せて、そのまま私を押し倒してきた。
いきなりの事態と、のしかかってくる体の重さに、私は息を呑んだ。
「へへ・・・どーせそのうち死んじまうんだし、いいだろ? 大人しくしてれば痛くしないからさ〜」
「・・・・・・!」
その言葉に今度こそ身の危険を感じ、私は鳴海の体を何とか押しのけようとした。けれど、大柄な鳴海の体はびくともしない。それどころか、器用に私の両腕を封じにかかる。両手首を片手でまとめられ、私の頭の上で押さえこまれてしまった。
「ちょ、ちょっと・・・・! やめなさいよ!」
動きを封じられてしまうと、恐怖感は嫌でも増す。好きでも無い奴に乱暴されるくらいなら、大人しく殺された方がましだ。少なくとも、この場では。
「騒ぐなって。気持ち良くしてやるよ」
耳元で低く囁かれた声に鳥肌が立つ。生暖かい荒い息に恐怖感が込み上げてきた。
「嫌! やめてってば!」
ただ頭を振って、そんな風に懇願することしかできなかった。榊の言葉を今更ながらに痛感する。こういった意味でも、私はただこのゲームを『面白くするため』だけに参加されられたのか・・・・!
抵抗もむなしく、鳴海の手が制服の上着の中に滑り込んできて、その気持ち悪さに私は息が詰まった。鳴海の指先が肌に触れるのを感じ・・・・それきり、鳴海は動きを止めた。
鳴海の体が一層重さを増して、私に覆い被さってきた。そのまま、何故か動かなくなった。私の顔のすぐそばにあった鳴海の顔は、目を見開いたまま硬直していた。
そう言えば、声を上げていてすぐに気が付かなかったけれど、さっき何か鈍い音を聞いたような・・・気がする。
「・・・・大丈夫?」
不意に、涼しい声が降ってきて私は目線をそちらに向けた。動かない鳴海と、その下の私を見下ろして、淡白そうな顔立ちをした少年がクールな表情で立っている。
「いくらこんな状況だからって、女の子を襲うなんて男の風上にも置けないよね」
その少年は無造作に鳴海の体をゴロン、と転がして私を自由にしてくれた。差し伸べられた手を握って立ち上がりながら、私は素直にお礼言う。
「あ、ありがと・・・・ひっ!」
最後に息を呑んだのは、鳴海の後頭部に矢が刺さっていたからだった。まるでボウガンのそれのような。
「君を助けるには、これが一番手っ取り早かったからね。それに、このゲーム下においては非難の対象にもならない、よね。ま、俺を怒るならそれでもいいけど」
私は鳴海から目を離せず、呆然とするしかなかった。もう鳴海はぴくりともしなかった。あまりにも無造作に、頭に矢が突き立っている。血はほとんど出ていない。でも、もう死んでいる。
こんなにも呆気無く人は死ぬのか。こんなにも、呆気無く。
助けてくれたのは嬉しかったけれど、何も殺すことは無かったんじゃないかと、そんな思いが浮かぶ。確かにこの少年の言う通り、それが正当化されたゲーム、ではあるけれど、それでも。
「納得いかないって顔してるね」
少年は苦笑した。私は素直に頷いた。言葉にはしなかったけれど。
「それでもいいよ。逆に殺し合いをあっさり肯定されても困るし。俺はただ、鳴海に襲われた君を見て、助けようって思っただけだから」
「そうなんだ・・・・ありがとう」
淡々とした言葉だったけれど、私を助けようとしたというその思いは有り難くて、私はまた礼を述べた。初めて会う人なのに、それでも助けようとする人間の心というものが、尊く感じられた瞬間でもあった。手段と過程は、さておき。
「そう言えばまだ名前言ってなかったね。俺は、郭英士」
「郭? あぁ、前に水野君が言ってた―――」
以前水野から聞いたことがあった、東京都選抜のメンバーだ。正確無比なボール捌きをする、優秀な選手でライバルでもあると。
それがこの少年か、と納得する間もなく、鋭い声が辺りに響いた。
「郭! から離れな!」
振り向くと、そこにいたのは飛葉中の椎名だった。騒ぎを聞きつけて急いでここに来たのか、息は浅い。そしてその手に構えていた物はどう見てもマシンガンだったので、私は驚愕に目を見開いた。
「ちょ、ちょっと待ってよ椎名君! 郭君は、私を助けてくれて―――」
「問答無用。今すぐのそばから離れないなら、俺は遠慮なくこれをぶっ放す!」
椎名は私の言葉には聞く耳持たず、ただマシンガンの銃口を郭に向けている。椎名は確かに意外に喧嘩っ早いところもあったけれど、その顔に浮かぶのは、明らかな怒り。
「あぁ、何だ、そういうこと・・・」
どうしてだか郭は何かに納得したようで、椎名に向き直る。逃げようとせず、むしろ強気な笑みさえ浮かべて対峙している。
「俺は別にこの場から去ってもいいんだけどね。けど、血の気の多いあんたのそばにいた方が、その子、危ないかもよ?」
「何だと!? 言わせておけば・・・!」
異常な状況下がそうさせるのか、椎名はすっかり冷静さを欠いてるようだった。今すぐにでも引き金に手をかけてもおかしくない、そう思って私は思わず飛び出そうとした。
、ここは逃げるんや」
けれど、そんな声が聞こえたかと思うと、私は誰かに手を引かれて走っていた。あっという間に遠ざかった先程までの空間からは、マシンガンの銃声が聞こえてくる。
「ああっ・・・!」
「辛抱するんや! あのままさっきのとこにいたら、も巻き込まれてたで」
「でもだからって逃げるなんて・・・・シゲ!」
私を連れ去るようにして走っているのはシゲだった。暗闇の中でも、その明るい金髪はぼんやりと光を放っている。
私が何を言っても、シゲは足を止めてくれない。そしてまた、マシンガンの銃声。それから、連動するようにして、単発の銃声がいくつか。
「な、何で・・・ね、戻ろうよ、戻ろ!」
シゲは振り向きもせずに、シゲは冷たく言い放つ。
「姫さんの他にも、やる気の奴はおるようやな。今更戻っても、多分、誰かの死体があるだけやで」
「そんな・・・・・!」
私は絶句した。多分、その時の顔色は悪かったと思う。シゲも、それきり何も言わなかった。
何も言わずに、銃声から遠くの場所まで私の手を握ったまま走った。海岸線に近い林の中で、たまたま見つけた神社に辿り着くまでは。
そうして互いに無言で、しばらく、その場にいた。空は少しずつ明るさを増していき、やがて始まった朝六時の放送。
その中では鳴海の他に、郭の名前もあった。マシンガン相手では、敵うはずも無かったのだ。
シゲは押し黙ったまま溜め息をつく。私は堪え切れなくなって言った。
「・・・私達、郭君を見殺しにしたのよ! 椎名君のこと、止められたかもしれないのに・・・!」
事実、何とか止められただろう。頭に血が上った椎名を説得すれば。私がうまく取りなしてさえいれば。けれど、そうすることなく私は逃げた。
悔やむ私に、けれどシゲは事もなげに言う。
「命の危険晒してまで、止める義理は俺にはあらへんさかいな」
「だからって・・・・!」
。お前少しは自分の立場を自覚しろや。このゲームん中で、女子はお前一人なんやで? 血気盛んな男共がうろうろしとる中で!」
まるで一喝するように、シゲはぴしゃりと言葉を投げつけてきた。いつになく真剣な眼差しに、私は思わずびくっとする。
「最初はうまいこと言ってても、いざとなったらお前に何するか分からん。姫さんかて郭かて、な」
「で、でも、みんながみんなそうとは限らないんじゃ・・・・!」
「そうやろな。けどこんな殺し合いん中じゃ、みんながみたいなお人好しでいられるはず無い。遅かれ早かれ・・・・糸が切れてまうやろな」
「・・・・・」
シゲの言うことは確かに正論かもしれない。大勢の男の中に女が一人、それだけでも身の危険は大いにある。事実、鳴海に襲われもした。けれど郭はそんな鳴海から助けてくれた。椎名も、荒っぽかったとはいえ、私を守ろうとしていた。
みんながみんな、極限状況で狂ってしまうとは思いたくない。まだ風祭も水野も、藤代も生きてる。それに。
「じゃあ・・・・シゲは?」
「ん?」
「何で私のこと、助けようとして・・・・」
をこのゲームのあて馬にしようなんて企みが気に食わんかったからや。それに・・・・」
シゲは一端言葉を切り、この上ない程真剣な表情で続きを口にした。こんな顔、初めて見る。
「俺がこの手でを守りたい。そう思ったからや」
「・・・・シゲ・・・・」
きっとそれは、普通の女の子にとっては嬉しい台詞だったろう。
けれどその時の私はただただぼうっとしてしまって、まともな反応をすることができなかった。
「あっ! 、み〜つけた♪」
「・・・藤代君!!」
その時、神社の裏手から、ひょいと顔をのぞかせたのは、藤代だった。不意の出来事とはいえ、幼馴染が無事であったことの喜びに、私は嬉しさを隠せない。
「よかった、無事だったんだ! ・・・・!?」
駆け寄ろうとした私を、けれどシゲはすぐさま制した。険しい顔で藤代を睨みつけている。
「ど・・・・うしたのシゲ、そんな怖い顔して」
。顔なじみだからって油断すんなや。こいつからは血の臭いがするさかい」
「え・・・・」
まさか、という思いに私は言葉を失う。藤代は境内から離れて、私達の眼前にその全身を晒した。
「・・・・うっ!」
藤代は白いシャツも、学生服のズボンも、べったりと血に濡れていた。鮮やかな赤は、それが新しいものであることを物語っていた。藤代の動きに不自然なところは無かったから、それが彼の流していたものでは無いということが分かる。
いや、動きに不自然な点は一つあった。藤代が、両手を後ろに隠していること。
「何で・・・・藤代君、まさか誰か、殺し・・・・」
信じられない、という思いで私はそれを口にした。実際、声は震えていた。否定して欲しかった。なのに。
「うん、そーだよ!」
全く屈託のない笑みで、藤代はにぱっと笑った。それはいつもの、サッカーでシュートを入れた時の歓喜の笑みと同様のもので、それが逆に、恐ろしかった。
「だってさー。誰にもを取られたくなかったんだもん。だったら、取られる前に殺っちゃえーって思って♪」
「あかんな・・・・。もう頭の螺子が一つ飛んどるで、こいつは」
へらへらと笑う藤代に、シゲは剣呑な表情を向ける。私はというと、ただ茫然とするしかなかった。
「でもさー、もっといいことに俺気付いちゃったんだよね。俺がを殺しちゃえば、もう誰にも取られることないって!」
藤代はバッと両手を前に出した。その手に握られていたのは、マシンガンに次ぐあたり武器、ショットガン―――。
「くっ・・・・!」
真っ先に動いたのはシゲだった。藤代が引き金に指をかける前にその懐に飛び込み、その両手を抑え込もうとする。
「何だよ佐藤、邪魔すんなよ!」
「やかましいわ! そないな勝手な理屈で、を殺らせてたまるかい!」
シゲは必死の形相で、藤代にショットガンを撃たせまいとしている。そんな激しい状況が眼前で繰り広げられているのに、私は幼馴染の変貌がショックで、足がその場に張り付いたように動かなかった。
「逃げるんや、!」
シゲの切迫した声で、私ははっと我に返る。
「ここは俺が何とかするさかい、お前は逃げるんや!」
「で、でも・・・・!」
「ええから! お前を死なせとうないんや! 俺の気持ち、汲んでやってくれや!」
「ああもう、ごちゃごちゃうるさいなぁ。は俺のだってば!」
藤代はシゲを振り払ってショットガンを撃とうとする。シゲは撃たれまいと懸命にしがみついている。
! 早う行くんや――――!」
「・・・・!」
本当は逃げたくなかった。逃げたくなかったけれど、ここで逃げなければシゲの思いをすべて無駄にしてしまうような気がして、私は逃げた。
逃げるしかなかった。
(何で・・・・どうして・・・・・私のせいなの!?)
顔見知りが多い以上、そのせいで闘争が起こってしまったことは否めない・・・・榊が予見した通り、私は意図せずとも、この殺人ゲームを転がしてしまっているのだ。
鳴海も、郭も、椎名も、シゲも、藤代も・・・・それで・・・。
(じゃあ、私がいなくなれば・・・・・)
いつの間にか、私は海のそばに出ていた。都合良く、すぐ前には切り立った崖がある。その下は、底が見えない程の深い海。
ここから飛び込んで死んで、放送で私が死んだことが知らされれば、少なくとも私のせいで誰かが死ぬことは無くなる。
ふら、と私はあまり深くは考えずに足を進めた。自分の親しい人達が自分のせいで殺し合うのを見続けるよりはましだと思った。
「・・・駄目だよ、死んじゃ!!」
そんな私の両肩を掴んで引き留める者があった。私よりも背の低いその少年は、風祭。彼もまた、近しい者の一人だ。
さん、自殺なんかしちゃ駄目だよ! 死んだら何もかも終わっちゃうよ!」
正義感の強い、彼らしい言葉だった。けれど今の私には、逆効果でしかない。
「でも、私もう嫌だよ! このゲームを円滑に進める、そのためだけに呼ばれて、そのせいでみんな憎しみ合って殺し合って、そんなの嫌なんだよぉ・・・・」
涙ぐむ私に、風祭は真っ直ぐな目と、言葉をぶつけてきた。
「でもだからって、自分から死んじゃ駄目だよ!」
ああ、こんな時でも、風祭は風祭らしかった。それがちょっと、嬉しかった。
風祭は更に、畳み掛けるように私を説得する。
「こんなのに巻き込まれて辛いのは分かるけど、諦めちゃ駄目だ! 生きてたら、きっと」
パン、と何かが爆ぜる音がした。顔に、生暖かい何かが飛び散った。それが風祭の血だと気付いた頃には、風祭の体はどさりと地面に倒れ込んでいた。頭から血を流して。額を中心に、顔面が無残な姿になって。血塗れで。
「あ、い、嫌あああっ!」
悲鳴を上げて私は後ずさった。さっきまで風祭は生きていたのに! 誰が、誰がこんなことを。
「無事で良かったよ、
場違いな穏やかな声に、私は身を強張らせた。声の方向を見てみれば、銃を片手にこちらを微笑して見つめている水野がいた。
その銃口からは白煙が立ち上っていた。風祭を撃ったのは水野だ。間違いない。でも、親友のはずの彼が、どうして!
「何で、水野君、どうして!?」
「やっと会えて良かったよ、
水野は私の言葉をまるっきり無視して近付いてきた。その瞳に私はぞっとした。
焦点が、合っていない。
「こんなゲームでさ、もう助かりっこないって思ってたからな。だから・・・・」
シゲの言葉を借りるなら、今の水野はまさしく『頭の螺子が一つ飛んでいる』状態なのだろう。何があったのかは知らないが・・・・この様子は普通じゃ、ない。
後ずさる私を、けれど水野は両手で肩を掴んできた。そうして目を見開いて、こう一言。
「だから、一緒に死のう!」
そのまま、水野は私の首を強く絞めつけてきた。反射的にその手を引き剥がそうと私は手を伸ばしたけれど、水野の指の一本すら離れなかった。
「く、苦し・・・・」
「ああ、すまないな。けど、すぐに楽になるから・・・」
水野の声はあくまでも穏やかで、それが逆に狂気に満ちているように感じた。息苦しさに、全身の力が抜けていく。目の前が真っ暗になっていく。体が、後ろに倒れて行く・・・・。
「う、うわああああっ!?」
ふわり、と体が宙に浮く感覚がして、私は投げ出された。絶叫を上げた水野と一緒に。
どうやらバランスを崩した私達はそろって、崖から落ちたようだった。気を失いかけていた私は、ようやくそのことだけを認識する。
(でもこれで、もう・・・・)
少なくとも、殺し合いを見ることは無くなった。そう思い、安堵の気持ちと共に私の意識は沈んでいった。








「目が、覚めたかね?」
「・・・・・!?」
それなのに、私は気が付くとゲームの出発点だったあの分校の教室にいた。簡易なベッドが用意されて、私はそこで眠っていたらしかった。
「何で、私は、死んだんじゃ・・・・」
「うん、水野君は死んだよ。水死でね。しかし君は奇跡的に潮の流れにうまく乗り、浜辺に打ち上げられた。それで意識は失いはしたものの、死ななかったというわけさ。君が気を失っているもゲームは進み、最後に残っていた二人が相打ちの形で死んだ。それで、君が優勝したってわけさ」
榊はすらすらと、私の優勝の経緯を述べた。私はそれに絶望した。
私が優勝・・・・そんな・・・・じゃあ、みんな、みんな死んだの・・・・?
「それにしても、今回の君の活躍は筆舌に尽くし難いよ」
榊はメガネをくい、と持ち上げて雄弁に語り出した。それは聞きたくもないと思っている私の耳にも、無情にもすらすらと届く。
「君の為に狂った藤代君のスコアは5人。佐藤君も入れてね。これはなかなかの成績だ。椎名と郭の争いが引き金になって4人は死んだ。あの後椎名君が結構頑張ってくれてね。そして君自身も結果的に水野を死に追いやっている。いや、まったく予想以上の働きをしてくれたよ」
無意識のうちに、私はスカートのポケットに手を伸ばしていた。そこにはこの分校で出発前に配られた鉛筆があった。
多分虚ろになっていたのであろう目には、榊が腰に差した銃が映っていた。
「そこで提案なんだが、今後もゲームを転がす役として政府に貢献してくれないか? いやはや、平凡な普通の少女である君には、だからこその魅力があるらしい。ゲームの決まっているクラスやチームに潜り込んで、今回のように争いの発端となる存在となるようにうまく立ち回って欲しい。もちろん、特例として君は優勝者が決まっても死ぬことは無い。いや、上の人間も君の活躍をえらく気に入ったようでね」
活躍?
人を意図せず争いに導き、殺し合わせ、死なせてしまったことが活躍、と?
こんなゲームに巻き込めれたりしなければ、少なくとも、こんな殺伐とした間柄になることは無かった少年達だった。
それを今後も繰り返せと? どこまで、腐っているんだ・・・・・・!
「ぐあっ・・・・!」
私が勢い良く突き出した鉛筆は、榊の喉元に深く刺さった。血はさほど流れなかったが、相当に苦しいのだろう、榊はひゅうひゅうと息を繰り返し、何とか鉛筆を抜こうと躍起になっている。
だが、それもやがて止まった。バタン、と音を立てて、榊の体はあおむけに倒れる。
「これ以上、あんた達に好き勝手にされる人生なんて、まっぴらよ」
私はそう言い捨てて、榊の銃を取った。ずっしりとした、重い感覚。果たしてうまくいくだろうか。いや、行かなくては困る。
「ごめんね、みんな。そっちに行ったら、また謝るからね」
自分を助けようとしてくれた少年達には申し訳なく思う。そして、自分に執着したために命を落とした少年達にも。
けれどもう、誰かに賽の目を転がし続けられるような生き方なんて、ごめんだった。そして、転がすのもまた。
銃口を胸に押し当てて、そして私は引き金を引いた。



<END>









最後の下から二行目がやりたいが為に書いた話。
というよりはヒロインが争いの発端になって賽の目が転がるように次々に色んなキャラの元へ・・・ってなのを書きたかったのですが、イマイチ疾走感が足りなかったかな。うーん。
水野がまたも変な役回り・・・すまぬ。
こんなのでも一応初のドリーム逆ハー風味。



2008年7月24日








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