笛の音




「はぁ…はぁ…」
荒い息遣いが、酷く大きく聞こえる。
尾形は近くの手頃な太い木にぐったりと背中を預け、また一つ大きく息を吐いた。
いくら森の中とはいえ、こんなに大きく呼吸音を発していたら誰かに見つかってしまうかもしれなかったが、もう到底抑えられそうになかった。それに、見つかったところで反撃はできそうもないし、する気も皆無だ。この体は、あまりにも血を流し過ぎている。
自分はもう、そう長くは生きられないだろう。死期が近付くと自身で分かるってのは本当なんだな、と、尾形は理系らしくないことを考え、ふっと苦笑した。
どうしてこんなことになったのか、ぼんやりと考えてみる。
夏の大会を終え、エスカレーター式とはいえ高校進学に向けて勉強に励む日々を送っていた。昨日も二、三カ月に一度行われる統一模試をクラスで皆と受けていた筈なのに…その途中不意に気が遠くなり、意識を取り戻した時にはもう、この殺し合いゲームに放り込まれていた。
確率的には自分のいるクラスがプログラムに選ばれるのは交通事故に遭うのと大して変わらないのだけれども、それでも選ばれるわけはないと思っていた。東京だけでも、いくつの中学がある? まさかそんなドンピシャでうちの中学が選ばれるなんてことは無いと信じていたし、信じていたかった。
だが、選ばれてしまった。しかもよりにもよって、自分の属するクラスが。
選ばれてしまったからには確率は一分の一。クラス内での生存確率は三十五分の一。
しかし尾形はもうクラスメートから襲撃を受けた。殺されかけた。致命傷は避けたが、出血具合からすると、高校進学はおろか、優勝するのも勿論無理そうだった。腹にできた傷から流れ出た血は、シャツと制服のズボンとをべったりと濡らしている。
痛みを堪えるように当てている手も真っ赤だった。傷は相変わらず鋭くも重い痛みを生んでいたが、不思議とその上の掌の感覚の方が先に、感じられなくなっていた。指先にすら力が入らない。
(エンジニア…なりたかったな)
力無い笑みを浮かべる尾形の脳裏に、かつてその夢を語った後輩が浮かんだ。
早野、どうやらお前の学年はプログラムに選ばれることはなさそうだぞ。
そう思えば、今ここで人柱になるのも悪くない気もした。
それでもやはり心残りなのは、水泡に帰した自らの夢と、仲間達と共に追いかけていた夢―――…。
『勝つのは、俺達だ!』
夏の地区大会の予選で敗れはしたが、その相手、桜上水中とのあの試合は、今思い起こせば最高に楽しかった。できることなら違う形で、もう一度、桜上水中とサッカーしたかった。
試合終了を告げるホイッスルの音が、今でもリアルに思い出せる。
あの時程の、悔しさや爽快感は無いけれど―――。
それでも尾形は、再び薄く笑った。傷口を押さえていた右手が力無くだらんとぶら下がり、背中が木の幹を滑り降りた。
笛の音がまた、聞こえた気がした。






<END>











地味だけど岩工戦は心に残る試合でした。
地味に尾形キャプ好きです。
そんなわけで何年か前に書いたものをひっぱり出してきて、ちょっと加筆修正した代物。

初稿:2009,6,29

改訂:2012,7,21






BACK