あいつだったらもしかしたらって、多分、みんなどこかで思ってた。




トリックスター




進級して早々、不破のクラス三年C組がプログラムに選ばれた。
この国で暮らす中学生である以上、三年になれば誰しも巻き込まれる可能性がある。明日は我が身、と思いながらも、確率としては低いしまさか自分のクラスが選ばれる筈がないだろうと、そんな甘い願望さえきっと大抵の者が抱いていたことだろう。
それなのにこんなに身近から、プログラム選出クラスが現れた。自分のクラスが選ばれなくて良かったと密かに胸を撫で下ろす者、離れたクラスの友達を思う者、桜上水中全体、とりわけ三年の学年にはそんな様々な感情で入り乱れた。
三年C組全員が行方不明になってから、二日経った。プログラムの開催場所は、その殺し合いゲームが終わるまで明かされない。そして終わったという知らせもまだ無い。


「…不破だったらもしかして」

初めに言い出したのは誰だったか。高井辺りだったと思うがはっきりしない。
とにかくそんな発言がきっかけとなって、不破とプログラムの話題でサッカー部内は自然盛り上がる。

「不破だったらさ、クラスメートに特別な感情なんて抱いてないだろうし、いざとなったら……」
「やめようよ、そんな話するの…」
「ああ。不謹慎だぞ。幾らなんでも…」
「けどさ! ちょっとは思うだろ!」
「そうなんだよな…確かにあいつ天才だし、優勝したっておかしくねーよな、って…」
「きっとあいつのことだから、プログラムのことだって調べ尽くしてるだろうし…」
「もしかしたら効率的にクラスメートを殺して回る方法とか、考えてたりするかもな」
「何気に運動神経もいいし、頭もいいし…結構いい線行きそうじゃね?」
「ちょっと、あんた達! いい加減にしなさいよ!」
「いざとなったら容赦なさそうだしな」
「不破なら…やり兼ねねーよな」
「そんなの、そんなのって……」

酷い話をしているということは、誰もが分かっていた。それでも不安と期待から、話さずにはいられない。
不破は天才肌で、人と関わるのを好まなくて、未だよく掴めない少年だ。それでも、部員達はサッカーを通して素の不破に触れてきた。取っ付きにくい所はあっても、時折垣間見せる年相応の顔、不器用ながらも己の思いや感情を表に出そうとすること。そういった不破を知っている。
そして不破だったら優勝して帰ってこれるんじゃないかという予想には、どこかに期待も確かに含まれていた。付き合いがない他のC組の生徒達よりは、どうしたって、不破の帰還を望んでしまう。

「…でもさ、案外不破だったら」

妙案を閃いたかのように森長が言った。

「何とか、プログラムの進行を止めようとするかもしれない。それか、脱出とか―――あいつだったら、そういったノウハウも知ってそうじゃん?」

その言葉に一同は思わず納得する。
そしてそれは不破が優勝者として帰ってくる、ということよりももっとずっと魅力的な帰還手段だった。
それ故に、この話題の方が俄然盛り上がった。

「確かにな。あいつんち、一家中科学者だったりするし、どうにか外部と連絡取ってたりして…」
「まんまと政府の奴ら出し抜いて、クラス全員無事帰還、とかな。あいつほら、クラッシャーだし、プログラムも壊してたりしてな」
「『プログラムの進行阻止、か。難題だが考察の余地はある』ってか?」
「ちょっ、不破のモノマネ似に過ぎ!」
「プログラムって、銃とかいろんな武器支給されんだろ? そーいうの改造してさ、凄い武器作って、政府の奴らに対抗してそうじゃね」
「あり得るあり得る!」
「もう脱出してたりして!」
「だったら超ウケる。今にでもその辺からひょっこり出てきて、『俺の話してたか?』とか言ったりしてな」

冗談めかした言い合いに、皆からは笑い声すら出てきてしまう。不破だったら、もしかして―――そういった思いがやはりあるのだ。彼はどこまでも型破りな人物だったから。

(もしこの想像が、本当だったら)

そうだとしたらどんなにかいいだろう。プログラムに巻き込まれはしたものの、自分達には思いも付かないような奇想天外な手で、そこから抜け出してみせる。不破は、それができそうな逸材だったから。
もしそれが本当だったら―――。
しかし不破は、どちらの予想も裏切った。
その日の夕方、桜上水中学校三年C組のプログラムが終わったと臨時ニュースが放送された。優勝者としてテレビ画面に映し出されたのは、普段はごくごく目立たない女の子だった。
きっとそれを目にした時、桜上水サッカー部の皆は、想像以上にがくりと肩を落としたことだろう。
不破ならば、簡単にクラスメートを殺して優勝できるんじゃないか。
或いは、己の技能を駆使してプログラムを壊してみせるんじゃないか。
そのどちらも、やはり甘い希望的観測に過ぎなかった。プログラムの中で実際に彼がどういった行動をしたのか、それを知ることももう叶わない。
中学生離れした中学生の友を思って、その日幾人かが涙を落とした。




END
















トリックスターとして機能しなかったトリックスター。
そんなのを書いてみたかった、という話。
でも実際、プログラムに巻き込まれたのが不破だったら上記みたいな話題になると思うんだ。
2019,3,6

初稿:2013,9、23





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