赤い唇


俺の手が血に濡れることは無かった。全部、シゲが代わりに殺してくれたから。『姫さんを守る』なんて言って、かつては仲間だった参加者達を。
その言葉は、すごく嬉しかったけど、でも、それの意味するところ、分かってる?
いくら俺の事を大切に思ってるからって、だからといってみんなを殺すなんて。
―――分かってた?
その想いすらも、このゲームに置いては、”乗る理由”の一つにしか過ぎないってことを。
体を張って守ってくれた。血を流して戦ってくれた。シゲだって、誰かを殺すことに抵抗が無かったわけじゃないんだろう。
それでも、純粋な想いの反面、少しずつ鋭さを増していくお前の心が怖かった。
分かってる。
俺のこんな気持ちだって、ただの我侭なんだ。シゲは、俺のために戦ってくれてるのに。
でも、その”俺のために”っていうのが、酷く嬉しくて、悲しくて、切なかった。
こんな状況下だとはいえ、俺のせいで、あのシゲを殺戮者に変えてしまった。
それが酷く辛くて、苦しくて、耐えられなくて―――シゲの想いを無駄にしてしまうのは分かってる、けれど俺は、その方法しか思いつかなかった。
「ハイ、これ。喉渇いただろ?」
「おおきに、姫さん」
どこかの民家で見つけた卓上コンロで作ったコーヒーを、俺はシゲに差し出した。湯気の出ているそれを、シゲは嬉しそうに受け取る。
疲れきった顔だ。試合の後でも、こんなに色濃く疲れた顔はしていなかった。それ程ここが日常とは違うということ。そう、だって今のシゲの顔は、戦場を駆ける兵士にも似ていた。
ああ、何だかお前が、すごく遠くへ行ってしまったように感じるよ。
でも、それもこれでお終い。最後の最期に、俺はお前を取り戻すから。
「うまいな、このコーヒー」
「どうも」
シゲは屈託なく笑う。よかった、いつもの笑顔だ。
俺が大好きだった・・・・いや、今でも大好きな。
だけど、次の瞬間。
「・・・・・っ?」
その唇が赤く染まる。
シゲが、信じられないといった顔で俺を見た。
「・・・・ごめん」
俺には、それしか言えなかった。
「俺、お前がこれ以上誰かを殺すのに耐えられない」
俺を守るという名目で、そのために何人も元チームメイトを殺していった彼。
俺のために―――だからこそ、彼がこれ以上誰かを殺すのを見たくなかった。
「姫・・・さん・・・・・」
シゲの瞳が絶望の色を浮かべた気がした。そう、だって俺は、彼の気持ちもこれまでの想いも何もかも踏みにじってしまった。
許してくれとは言わない。恨んだって、別に構いやしないから。
シゲが俺のことを見つめているのを確認して、俺もさっきのコーヒーを呷った。
喉の奥が熱くなり、首を締められたかのように苦しくなった。溢れ出した赤い血が、俺の唇も染める。
驚いた顔をしたまま事切れていたシゲに、俺はにっと笑ってみせた。
―――ほら、シゲ。
これで、おあいこでしょ?




<END>









シゲ翼のバト笛を書きたいなーと考えていて、ふっと思いついたのがこれ。何でこー、「信じる事って難しい」といい、こういうのしか思いつかないんだ・・・・。
うちのバト笛での翼くんは、シゲを殺す率高いな・・・・何故。






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