葛藤







もし出会えたのが英士や結人だったら、俺は迷いなくその二人と一緒に行く。
渋沢だったら、信用してもいいかもしれない。
鳴海とか杉原とか、もしかしたら乗ってそうな奴らだったら、話を聞く前から逃げ出すだろう。
藤代や水野、椎名なら、正直微妙だな。向こう次第かも。
不破や間宮はなぁ…何考えてるかわかんねぇな。組むのはやめた方が無難だな。







「…あ、」
「真田くん!」
けれどそんなことを考えていた俺の前に現れたのは、東京選抜一小柄で、でも誰もが一目置く存在、風祭将だった。
俺自身、最初に出会った時は馬鹿にしていたのに―――体格面でもそうだし、今時、何に対しても一生懸命で、形振り構ってなくて、どうしてそんな真似ができるのかすごく不思議だった。誰の目も気にせず、自分の信じた道を一生懸命に―――そんな真似はきっと自分にはできないから、だからこそ目障りで、どこか嫉妬していたのかもしれない。認めたくないけど。
そう、こいつの実力がどんどん伸びてきているのだって。俺の方が経験もテクニックもずっと上なのに、まだ届きやしないくせに、それでも、こいつのプレーからは何故か目が離せないから。
正直脅威だと思わざるを得ない。スーパーサブとしての力を認める一方、まだまだだって思いたい気持ちも確かで。
俺だって、小さい頃からずっとずっと、サッカー一筋でやってきたんだ。プロを目指して。その気持ちはきっと、こいつにだって負けやしない―――。
「良かった、会えて。今まで誰にも会えなくて、不安だったから」
風祭は明らかにほっとした顔をして、俺に笑いかけてきた。選抜の誰かがこいつを小犬にたとえてたけど、言い得て妙だと思った。
殺し合いゲームの最中だぞ。そんな気の抜けた顔しててどうする。もし俺がゲームに乗ってる側だったら格好の獲物だぞ。
「…お前、警戒心なさすぎ。俺が殺る気だったらどーすんだよ」
風祭が丸腰だったのも確認して、俺はあきれた風に言った。実際、呆れてもいた。バッグを背負っちゃあいたけど、両手はがら空き。こんなんでのこのこ歩いてたら、周りに殺してくださいとアピールしてるようなもんだ。
「そんな、武器も持たねーで」
「え、あ、そうだね。…でもぼくは、こんなゲームのルールに従う気は無いから」
初めは狼狽した風に。けれど、言葉の後半ははっきりと決意した表情で。
「東京選抜のみんなと、戦いたくなんかない。だって、仲間じゃないか。初めはライバルや競争相手だったかもしれないけど、今はもう、仲間だよ。一つのチームなんだよ。そんなみんなと、ぼくは戦いたくないって思ったから」
「相変わらず甘ちゃんだな。いいか、このゲームはサッカーとは違う。チームみんなで勝つなんて無理なんだよ! 勝者は一人、生き残れんのはたった一人だけだ! それが無理だってんなら、時間切れでみんな仲良くお陀仏するしかねぇ!」
風祭の綺麗事に俺は憤るしかなかった。
だってそうだろう?
このプログラムっていう国内実験は、たった一人の勝者しか許さない。日常に戻れるのは一人だけ。殺しあうのが嫌なら、時間制限ルールで首輪がまとめてドカンだ。
そりゃ、俺だって…一緒に韓国まで行った奴らと殺し合いなんてしたくない。俺自身、誰かを傷つけることが、本当は怖いし嫌だ。何で俺が、俺達が殺し合いなんか。
思っているだけで口には出せないそのことを、けれどこいつは平然と言ってのける。
「それは…ぼくだって分かってるけど。でもきっと、殺し合う以外に何か道があるはずだよ! だってこんなに凄い奴らが集まってるんだ、みんなで力を合わせれば、きっと何か方法が浮かぶよ!」
「そんなにうまくいくか! じゃあ聞くけど、何で今までのプログラムで脱出に成功した例がねぇんだ!? どのゲームも必ず優勝者がいる。―――ってことは、参加者同士で殺し合いが行われたことの何よりの証拠だ。このチームだってそうさ! 確かに凄い奴は集まってるかもしんね―けど、あくまでもそれはサッカーって分野に関してだ! 他の部分に秀でてるところがあるっても、あくまでも中学生レベルで、だ。国家を上げたプロジェクトに真っ向から立ち向かえる奴なんて、いるわけねぇ!」
今の俺、椎名に負けないくらいマシンガントークかましてたかも。
「…それは…そうかもしれないけど…何でそう真っ向から決めつけちゃうの? 仲間を探しもしないで。それに―――真田くんもぼくと会ってすぐにその銃を向けなかったってことは、ゲームに乗って無いって証拠だろ? ぼくはそれを、信じたいよ」
言われて、俺は無意識に視線を右手を落としていた。そう、手の中には俺の支給武器のコルトガバメントが、安全装置を外したままで握られている。重い引き金を引けば、すぐにこいつを殺すことだってできたのに。
…じゃあ、何で俺はこいつを殺さなかった。英士や結人ならともかく。
「…俺だって、探してる」
「郭くんと若菜くんだよね。君達三人、仲良いもんね。
でも、もし真田くんがゲームに乗って無かったとしても、さっき君が言った通り、生き残れるのは一人なんだよ。…それでも、探してる」
呟いた言葉に、風祭は静かにそう返した。風祭じゃなくたって、俺達が三人で合流しようとすることは読めるだろう。
大切な友達。チームメイト。ロッサのジュニアチームの頃から確かな絆で結ばれているトリオ。
掛け値なしで俺が信頼できるのは英士と結人しかいなくて、でも運良く合流できたところでいずれは別離の時が来る。それは分かっていたのに―――風祭の一言に、現実を突きつけられる。
『生き残れるのは一人』。
風祭にも言ったし、自分の中でも何度も反芻した。分かってる、そんなことは。でも英士や結人に俺は会いたかった。三人揃えば何だってできる、三人揃えば俺たちに怖いものなんてない―――俺達の(主に俺と結人の)口癖だけれど、このゲームだって三人揃えば、どうにか乗り越えられそうな気がした。戦うにしても守るにしても、三対一なら、まず相手には負けないだろう。相手が徒党を組んでいても、俺達三人が集まればきっと撃退できる。そうして勝ち残っていって……けれど、最後は?
最後に三人残ったとしても、二人は脱落しなければゲームは終わらない。あるいは、三人揃って仲良く心中するか?
その点は考えないようにしていたのに―――それでも俺は英士や結人に会いたくて―――だから、探してるんだ。
それは二人を信じてるからで、裏を返せば他の奴らは信じていないからで。
「…悪いかよ。最後のことなんて、まだ考えられねぇ。でも、今は、やっぱり英士や結人と合流したい」
理屈じゃない。本心だった。後のことはその時考えればいい。無事三人揃える保証もない。でも、俺は二人と一緒に行動したいから。
「…そっか。そうだよね。これからどうするかにしても、まずは合流したいよね」
風祭は薄く笑みを浮かべて頷いた。こいつだって本当は、誰か探してるんじゃないのか? 水野辺りとか。俺の心配より自分の心配した方がいいな、まったく。
「でも、考えておいてほしいんだ。素直にこのゲームの思惑には乗らないって」
「……」
イエスともノーとも言えず、俺は風祭からほんの少し視線をそらした。今は積極的に乗らなくたって、ゲームの転がり次第で、その答えは変わっていくもんだろ?
そう、思ったから。すんなり頷ける程、俺は素直じゃない。こいつみたいに。
「他のみんなと、一緒に行動するつもりは?」
「…相手による」
風祭の問いに、俺は素気無く言う。そういえばこいつは、考えてた時に数に無かったな。
性格的に、こいつが積極的にゲームに乗るとは考えづらい。現に、丸腰だし…。このまま放置しといて、仲がいい水野や不破、椎名辺りと合流できたらともかく、そうでなかった場合はどうなるだろう。
一人っきりで強敵と遭遇したら…たぶん勝ち目は無いな。相手も説得に応じるかどうか。この極限状態の中で。
俺もまだ乗り気じゃないから、こうして会話が続いてるんだ。
思えば、こんな風にこいつと長く話をしたのも、初めてかもな。こんな時に。こんな殺人ゲームの中なのに。
「じゃあ、ぼくだったら?」
真っ直ぐに風祭は聞いてきた。真剣な瞳。サッカーの試合の時に浮かべているのと、同じ色が宿っている。
そんな風に真っ向から見据えられると、…何だか居心地が悪い。
「お前だったら、そうだな…」
呟いて、考えた。
渋沢だったら、信用してもいい。
鳴海とか杉原とか、もしかしたら乗ってそうな奴だったら、話を聞く前に逃げ出すかも。
藤代や水野、椎名辺りは微妙だ。相手次第。
不破や間宮は、何を考えてるか読めないからな。
…けどこいつ、風祭なら?
俺は小さく笑った。ゲームの活路をどうするかの問いより、こちらの方がずっと葛藤しないで決められた。








「…決まってんだろ。勿論…」









<END>














当初のコンセプト「一人で行動している一馬の前に風祭が現れ、一緒に行動するか迷う話」。
おかしいな。どうしてこうなった。
ユーストリオ中、まともな話があるのが郭だけなので、他の二人にもスポット当てなきゃーと思って考案した次第。
一馬をあまり書いたことがないので一馬が偽物くさい。
将も何だかそこはかとなく違う。


初稿:2011,9,26




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