人間ってそういうもの




 呑気に飯など食べている場合じゃないし、正直それほど食欲も無かったけれど、体力維持の為にはどうしたって食事が必要だった。
 身を潜める夕闇の木立の中、周囲を見回し人影が無いことを確認してから、三上は支給品のパンを一つバッグから取り出し、封を開けてかじりついた。
「……あんまし美味くねぇな」
 しばしの咀嚼とえんげの後、溜め息交じりに出た感想はそれだった。
 未成年をこんな人殺しゲームに放り込む奴らが用意した食料の味に期待していたわけではないが、やはり美味しくないとなるとテンションが下がる。ったくやってらんねー、という心持ちで、三上は残りのコッペパンをたいらげていった。
 皮は硬く、中身もぼそぼそしていて本当に味気が無い。水分もないとちょっと厳しい。同じく支給品のペットボトルも開けて、水も何口分か飲んだ。胃に押し流すようにして、三上は何とかパンを食べ終える。
 成長期の身体にはパン一つじゃ足りないし、美味しくないのもあって余計に物足りない。しかし元々支給された食料は少なく、こんなものでも貴重なのだ。支給食料の少なさは、参加者の食料の奪い合いに繋がり、このゲームにおいては殺し合いの材料になる―――、そうした意図も透けて見えて、三上は苦々しい思いでパンの袋や水のペットボトルをバッグに仕舞った。
「…どうせならジャムとかつけろよなー」
 思わず文句を言わずにはいられない。甘いものもあまり得意ではないが、ぼそぼそ乾いたコッペパンでもジャムがあれば大分違っていただろう。
「それか、焼きそばパンにするとか…」
 言いながら、三上は武蔵森学園での日々を思い出していた。多くの学生で混み合う昼の購買部。4時間目の授業が終わってからすぐに向かわないと、なかなかお目当ての品は買えなかった。焼きそばパンやコロッケパンといった惣菜パンは特に男子学生に人気で、いつも争奪戦だった。
 渋沢などはその争いを苦笑を浮かべつつ遠目で見て、自身は加わろうとはしなかったけれど。たまにゲットでき、三上が無事にありつけたそれらは、味もがっつり系で本当に美味しかった。
『ずるいっスよ、三上先輩〜!』
『あぁ? てめぇが来るのが遅ぇから悪ぃんだろ?』
『だって四時間目、体育だったんスよ。場所遠いじゃないっスか。ちょっとだけでいいから分けて下さいよ!』
『ふざけんな藤代、これは俺のパンだ』
『三上先輩、大人げ無いっスね!』
『どっちがだよ、ガキ』
『その辺にしろ、三上、藤代』
 ぎゃあぎゃあ言いながらまとわりついていた後輩と、それを諫めていた渋沢の姿が、脳裏に鮮やかに描かれる。このプログラムは三上のクラスでの実施だったから、二人が含まれていないのは不幸中の幸いだった。走馬灯かよ、縁起でもねぇ。思いながらも、懐かしさは溢れて止まなかった。
 武蔵森は文武両道の一流校だったこともあり、購買部や食堂の食品も、寮の食事も美味しかった。寮の調理師のおばちゃん達が作る料理は栄養バランスもばっちりで、どれもこれも美味しかった。『いっぱい食べて、サッカー頑張りな!』…そんな風に豪快に笑って、いつも自分達を応援してくれた。
 ここ最近は実家にも帰っていなかったけれど、母の食事も美味しかった。たまに家族でした外食も。三上はウニの寿司が特に好きだったから、寿司屋に行くと必ず頼んだものだ。美味しかった。支給品のパンなんか比べ物にならないくらい―――、料理をする母の姿を思い出し、柄にもなく胸が痛んだ。
 もう一遍、母親の飯を食いたかった。寿司も、寮の飯も。購買のパンも。家族や仲間とわいわい言いながら食べるから、きっとそれらは、より美味しく感じられたのだ。
 自分がこのプログラムに巻き込まれたことを知ったとしたら、家族やチームメイトはどれほどショックを受け動揺するだろうか。
 もう彼らには会えないかもしれない。下手をしたらこのパンが、最後の晩餐かもしれなかった。できることなら生き延びたい、まだ誰も殺してなくても、そう思って行動してきたのに。
(……最後の飯がまずいパンかよ。あーあ、どうせなら死ぬ前に、寿司食いたかったぜ)
 そんなことを考えて、いつしか死ぬことが前提になっている自分に、三上は笑った。



END














『支給品のまずいパンを食べて、最後の晩餐がこれかよとか好物についてとか寮のおばちゃんの食事とか家での食事とか、そういうことに思いを馳せる三上』…というのがテーマ。
何かこう、死の間際なのに食のことを気にしちゃう=人間ってそういうもの的なことを書きたかったけど、うまく書けているかは自信無し(汗)

2019,4,16









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