赤と朱



「なー玲。玲だったら、プログラムに選ばれたらどんな行動を取る?」
リビングのソファで寝そべって、テレビに映るサッカーの試合を観戦しながら。
翼は世間話のような調子で唐突に玲に投げかけた。
翼のいる場所とは反対側のソファ、こちらは行儀よく座った玲はほんの少しだけ目を見開いたものの、またいつものような食えない笑みに戻る。
「あら、どうしたのいきなり?」
「だってさー俺、もうすぐ中3じゃん? プログラムに選ばれる可能性は低いとはいえあるし、一応、そうなった場合の行動方針を考えておこうかなって」
「あなただったら、自分で色々考えられそうだけど?」
「まーそうだけど。年長者の意見も聞いておきたいなと思ってさ」
「嫌ね。こんな時ばっかり年上扱いしないで頂戴」
そう言うものの、玲はくすくすと笑っている。目はテレビの画面から離さないままで、玲はこの年下のはとこに自分の意見を述べた。
「そうね…私だったら、怖くてずっとどこかに隠れてるかもね」
「怖い、ねぇ。玲が?」
揶揄するような翼にも玲はまるで動じず、実に大人の余裕を見せたままで話を続ける。
「動き回らない方が安全なのは確かだから。見つかりにくくて、でもいざとなったら逃げやすい…そんな場所を拠点にして、とにかくじっと隠れる。待っていれば、大体ゲームは勝手に動く。みんながみんな殺し合いを拒否する、なんていう心の持ち主じゃないから、大抵、ゲームを動かす子がいる。だから、何もしないで隠れていても、段々人数は減っていくんじゃないかしら」
淡々と語る玲は、翼の方を見てはくれなかった。そんな凛とした横顔を翼はじっと見ながら問う。
「誰かと協力しようとは思わないわけ、玲は。それに、ダチは? ダチは放っておくの」
玲は静かに首を横に振った。
「プログラムに選ばれた時点で、諦めた方がいいわね。どう足掻いても、プログラムから逃げおおせる、なんて真似はできない。普通の中学生にはそこまでのスキルは無いわ。たとえあなたでも、難しいでしょうね。
決してゲーム進行は止められないし、家に帰れるのは優勝者一人だけ。仲の良い友達と長く生き延びることは可能だけど、一緒に生き残ることは不可能。力を合わせて最後まで二人で残ったところで、心中するか、どっちかが相手を裏切るのがオチよ」
「じゃ玲は、ダチも探さないでやっぱりずっと隠れてるのか」
「そうなるわね。結果的に見殺しだけど、プログラムに巻き込まれた時にもうほとんどのクラスメートの命運は尽きているのよ。だからそれで友達が命を落としても、私のせいじゃないわ」
「ふ〜ん…」
翼は手を伸ばして、テーブル上のスナック菓子を摘んだ。そのままぱくりと口にほおり込む。
テレビの中の試合は依然膠着状態で、0―0のままだ。
「そうして隠れていれば、自然と生き残り人数は減って、生存確率は上がる。残り少しになったところで動き出せばいい。欲を言えば最後に二人きりになったところで、相手を仕留められれば一番いいわね。不意打ちするとか、泣き落としをするとか、もうそこまでくれは後は自分の実力にかかってる」
「成程ね。消極的ではあるけどいい手段かもな。でも…ま、俺には合わないかも」
もう一つ、翼はスナック菓子を食べた。
青のユニフォームを纏ったチームのフォワードが、ドリブルで一人抜け出してキーパーの前に出た。そのまま、右足でシュート。ボールは鮮やかにゴールネットの中に吸い込まれた。途端巻き起こる観客の歓声と、実況レポ−ターの熱い声。
「一応、参考にはさせて貰うけど」
「そうね。あくまでも私だったらこうする、っていう話だから。あなたはあなたのやり方をすればいいわ。―――もしも、ゲームに選ばれたのなら」
玲はやはり翼を見ないままで、熱心に試合の経過を追い続けている。既にリスタート。双方の選手がボールを追う。
「どっちが勝つと思う?」
「さぁね。実力は拮抗しているから、最後まで見て見ないと分からないわね」
やっと、玲は翼に振り向いてくれた。しっとりとした色の口紅が乗った唇は、いつもの笑みの形を作っている。
それで翼もいつも通りに笑って見せて、自分もまた試合の方へと意識を向ける。
―――ねぇ、玲。
声に出さずに言う。
―――俺、本当は知ってるんだよね。
俺の親も、玲の親も、玲自身も隠してるけど。中3の時の玲のクラスがプログラムに選ばれて、それで玲が優勝したんだ、ってこと。
過去の優勝者くらいなら、ちょっと調べれば分かるんだよ。優勝インタビューがテレビで流れてるくらいなんだからさ。
でも、さ。プログラムのことは口外しないで生きてけって、政府の連中にも言われてるんだろ? それも知ってる。けど、俺と今したのはあくまでも世間話だもんね。何も知らない俺が、もしもっていう仮定の話をしただけだ。
俺が本当は知ってるのに知らないふりをしてるってこと、気付かないふりしたままで、本当は気付いてるんだろ、玲ならさ?
だから、自分が取った方針を教えてくれた。保守的だけど、ある種、有利な。
経験者の語ることだ、大いに参考にさせて貰うよ。でも、ま。
互いに素知らぬふりをして、翼も玲も、変わらず試合中継を見続ける。対戦相手のチームのミッドフィルダーが、こちらは強烈なミドルシュートを放ってきた。キーパーは止め切れず、これで1−1。残り時間は15分。まだ勝負の行方は分からない。
翼は薄く笑む。玲もきっと、同じように笑っていた。
―――もちろん、プログラムになんて選ばれないことがベストなんだけどね?



END








玲さんの話を書いてみたかった。
玲さんが過去に優勝、翼くんは何も知らないふりをして話を振る…お互い分かり切ったまま狐と狸のばかし合いをするような話にしてみたくて、こんなんに。でも狙い通りに上手くいったかは…。
だから敢えて会話多め。淡々とさせてみた。
初稿:2012,10,26









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