死神天使




 温かな光が見えた。
 もう自分の手足の感覚も曖昧なのに、その光の柔らかさや、温かさは分かった。
(……あぁ、俺は死んだのか)
 漠然と、天城はそのことを感じ取っていた。思い起こせば最後の記憶は、東京選抜を対象とした特別プログラムで行動を共にしていた風祭を、鳴海の攻撃から咄嗟に庇ったことだった。
 風祭を守ろうと自然と身体が動いたことも、思わず風祭を守ろうとしたこと自体にも、自分のことながら天城には驚きだった。攻撃を受けながら反撃した覚えはあるが、鳴海はちゃんと撃退できただろうか。風祭は無事に逃げ切れただろうか。
(俺は、死んだのか)
 天城はもう一度思う。自分で自分の今の状況がよく理解できないが、意識だけの存在……いわゆる魂といったものになったような感覚がした。
 都合よく死んだその場で幽霊になる、ということもなく、今となっては風祭の顛末は分からない。できれば無事でいて欲しい、そして風祭を庇って命を落としたことに、不思議と後悔はなかった。むしろどこか、満足感すらある。
 風祭は不思議な奴だった。初対面の時は偽善者に思えて仕方なかった。風祭が武蔵森を捨てたことにも、苛立ちが止まらなかった。
 けれど風祭は真っ直ぐに天城に立ち向かい、ぶつかってきた。敵である自分を素直に凄いとすら言い切った。どんなに突き放しても、自分に追い縋ってくれた。サッカーする楽しさを思い出させてくれ、サッカーに向き合うことを教わった。……不思議な男だった。
 頑なだった心が、風祭に少しずつ解されていった。中学のチームメイトとも、それで徐々にうまく関われるようになっていった。自分を根気強く、温かくも厳しく見守り接してくれた雨宮監督の思いにもようやく気付いた。もっと早く彼らと歩み寄れていれば…という思いもあるけれど、それも風祭との出会いがなければ叶わなかったことだろう。
 父親とも、もっと対話すべきだったのかもしれない。事こうなった以上、無理な話だが。あの父親も、息子が命を落としたと知れば、少しは落胆するのだろうか。それとも、普段と変わらず冷静だろうか。最早知る術は無い。しかし伝えられるのなら伝えたい、あの男を庇って死んだことに、後悔は無いと。
『……ま』
 ふと、呼ばれた。天城は声の方向に意識を向ける。
 懐かしい声だった。いつも自分に寄り添ってくれ、誰よりも親身に関わってくれた人。
『燎一ぼっちゃま』
 また聞こえた。今度ははっきりと。
 ああそうだ、こちらの世界には彼女がいた。以前から病気を患っていたものの、唐突に逝ってしまった母親代わりの女性。彼女の喜ぶ顔が、サッカーを続ける原動力の一つだった。
『かずえ』
 天城もまた彼女を呼ぶ。肉体からはもう解き放たれている筈だが、胸の辺りが暖かかった。彼女の姿形もはっきりしないのに、かずえがにっこりと笑っているのが、天城には分かった。
『頑張りましたね、燎一ぼっちゃま』
 かずえが差し出したしわしわの小さな手を掴むように、天城は手を伸ばす。彼女を亡くした時は、サッカーをする意義も意欲も見失った。それを取り戻せたのは、風祭のお陰だった。
『かずえ、俺は後悔していない』
『はい』
 それが原因で命を失おうとも、サッカーに取り組んだことも、風祭を守ったことも。しっかりと言葉にした思いに、かずえが笑顔で頷く。
 手と手を取り合い、二人は歩き出す。満たされた気持ちで、天城はあの世に旅立った。




END















バト笛のネタ出しの為に『笛!』を読み返していて、天城は死んだらかずえさんが向こうで待ってるのかな〜とか思って、浮かんだ話。
タイトルは後付けですが、死神天使は笛メインキャラじゃなく、まさかのかずえさんでした、っていうw

2019,4,18










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