撃たれた、と思った。
 ややあって意識が遠くなって、死ぬのかもしれない、と思った。
 それなのに目を覚ませばどこかの家の中にいて―――
 俺を撃った相手が、目の前にいた。


62:笑う笑え笑うだけ




「……何のつもり、水野」
 できるだけ高圧的に。怯んでる様子なんて欠片も見せずに。
 何故なら翼の両手は後ろ手に回されて紐状のもので結ばれていて、更に両足や体まで、椅子に括りつけるように雁字搦めにされているのだ。
 そしてすぐ前には、冷え冷えとした目でこちらを見下ろしている水野がいる。考えるまでもなく、不利なのはこちら側だ。けれど、だからこそ、怖気づいている様を見せるわけにはいかない。訳が分からないままでも。どうしようもなく、困惑していても。
「出会い様に人のこと撃っておいて、その上拘束? 趣味が悪いね」
 翼は口の端を吊り上げながら言った。
 そう、翼のことを目にするや否や、問答無用で水野は銃を向けてきた。かわすことは叶わず、肩の辺りに被弾した。撃たれた箇所はまだずきずきと痛む。けれど何故か治療した痕跡があり、丁寧に包帯が巻き付けてあった。
 そこがまた、分からない。もしも水野が誤って撃ったのだとするなら、手当てをするのは理解できる。しかし何故、こうして体の自由を奪われている?
 背筋がひやりとした。すぐそばにいるのは、都選抜メンバー同士でそれなりに交流のある少年だ。それなのに、彼の意図がまるで掴めなくて、まったく別の人間がいるような錯覚すらある。
 ただでさえ、特別プログラムとやらに巻き込まれ混乱しているというのに―――その上、この状況は一体何なのか。
「麻酔銃だったんだ、俺の支給武器」
 直接質問には答えず、水野はそう告げた。ごく静かな表情だった。
「人間が相手なら、一発でも当たればすぐに意識を奪えるって代物」
「へぇ…、なかなかいい武器じゃん?」
 成程、道理で―――と翼は納得した。そして今し方自分で言ったように、そこそこの当たり武器だ。攻防共に仕える優れもの。が、やはり何故、それが自分を捕らえることに繋がるのか。
 ところで、いい加減解放して欲しいんだけど? 遠回しな応酬を打ち切り本題に入ろうと翼は口を開きかけ、
 けれど水野の方が早かった。
「手荒なことしてすまないとは思うけど、こうでもしないと椎名は逃げると思ったから」
「俺のこと、こんなゲームの中で我を失って錯乱するような奴だって思ってる?」
「思ってないさ。俺が知ってる椎名なら、きっと冷静に行動する筈だろ。どんな時でも」
「へぇ? じゃあどうしてこんなこと?」
「どうしてだと思う?」
「質問に質問で返すな! いい加減にしろよ、俺がいつまでも大人しくしてるような奴じゃないってことは知ってんだろ!?」
「…知ってるから、こんな手を使うしかなかったんじゃないか」
 次第にヒートアップする翼とは反対に、水野は至って落ち着いていた。抑揚の無い声、翼を見下ろしながらもどこか遠くを見据えるような眼差し。だから却って、翼は怖気がした。
 何なんだ、一体。一体、こいつは何を考えて―――。
「やっと俺を見てくれた」
 水野が翼に一歩近付く。
「俺だけを見てくれた」
 また一歩近付く。
「同時に出会ったのに、いつもアイツのことばっかりで、俺のことなんて見てなかっただろ」
「な…んの話だよッ!?」
 一体これは何の冗談だと、翼は思った。
 殺し合いゲームに巻き込まれたってだけでも最悪なのに、何で俺はこんなことになってるんだ。何で更に、こんな事態になってるんだ?
 唐突に水野から溢れ出し自分に向けられた、執着のような憎悪のような感情。それが足元から這い上がってくるようで、気味が悪かった。
 頬を引き攣らせた翼の元に、水野の手が伸びてくる。男にしては色白の指が翼の顎に触れた。ぞわ、と一気に鳥肌が立った。
「好きだ。好きなんだ、椎名…」
 熱の籠った言葉だった。熱に浮かされたような、と言い換えても良かったかもしれない。同じ熱量の水野の瞳は真っ直ぐに、翼を捕らえていた。
 ただ、愛の告白、と呼ぶにはあんまりなシチュエーションだった。だから翼がまともにそれを受け取れる筈もなくて、込み上げた気持ちそのままに言い返す。
「ふざけんな! 人をこんな状態にしといて、ハイそうですかなんて聞けるかよ!? 大体、俺は男だ! 女扱いされるのは大っ嫌いなんだよ、知ってんだろ!? まして、こんな時に―――!」
「こんな時だからだろ」
 水野に動じる様子は見られない。むしろ、翼の反論もすべて想定内なのか。それとも、極限状態の中で何かの糸が切れてしてしまったのか―――。
「それに椎名を女の代わりに見てる気なんてない。椎名だから好きなんだ」
「悪いね、俺はそっちの気は無いよ! 水野には悪いけど、お前の気持ちには答えられないから! 分かったらさっさとこれ解けよ」
「…まだ状況を飲み込めてないのか? 椎名らしくもない。俺の方が優位な立場にいるんだぞ?」
 水野は笑った。酷薄な笑みだった。
 また背中に寒気が走るのを感じつつ、無論水野の言うそれを分かっているから翼は歯噛みした。もがいたところで拘束は外れそうにない。水野の気分如何によっては、今すぐに殺されてもおかしくない状況にあるのだ。
 今現在の翼の命は水野が握っている―――悔しいことに。
「いいんだ。元々、椎名の答えには期待してなかったし、そんなところだと思ってたから」
「じゃあ、もう満足しただろ?」
「でも、だから二人きりになりたかった、最後に。俺だけを見て欲しかった。少しだけでも」
「あのな…」
 翼は呆れるあまり言葉が止まってしまった。会話をしているのに、どこか会話になっていない、それこそ一方通行な水野の言葉に。
 俺のことなんて見てない? 独り善がりもいい所だ。
 将を気にかけていたのと同様に、翼は水野のことも気にかけていた。チームの司令塔として、いや一人の選手として。卓越した才能を持ちながら、難儀な性格と人付き合いの不器用さでチームメイトとうまくいっていなかった彼を、翼はちゃんと知っていた。
 アドバイスもした筈だ、あの都選抜メンバーを選出する合宿で。それからは彼が自分自身で気付くのを待ち、見守る態勢に入りはしたが、翼は水野の性質を良く見抜いていた。見抜く程には、ちゃんと見ていたというのに。
 けれど、翼は不意に気付いた。気が付いていなかったのは、自分も同じだ、と。水野がこんな思いで自分を見ていたということに、翼はまるで感付いていなかった。
 見えていなかったのは、同じだった。だからと言って、こんなことをしていい理由にはならない、いくらプログラムの中でも。
 翼はそれを指摘しようとして、しかし、その前に先程の水野の言葉に引っかかりを覚えてしまった。
『だから二人きりになりたかった、最後に』
 最後に。……最期?
「水野…お前まさか……。ここ、どこのエリアだよ? 今、何時だ?」
 回転の速い頭が、最悪なパターンを叩き出す。もしここが、指定までの残り時間が僅かな禁止エリアだとしたら。
 急激に走り抜けた嫌な予感に、翼の顔は青ざめた。丁度、その首輪という枷の上あたりの、細い喉がひくつく。
 水野は何も答えない。ただやはり、薄く笑っている。
「椎名もそんな顔したりするんだな」
 その上、まったく見当違いなことを言ってくる。水野の垂れ気味の目が愛おしそうに細められ、翼はどうしようもない悪寒に「嘘だろ…」と呟くしかなかった。
 水野につられたわけではない、引き攣った笑みが翼の顔に張り付いた。
 いつ終わるかも知れぬ悪夢が押し寄せたようだった。






END













プログラムという状況が状況なんで、片思いな水野が思いあまって翼くんをどっかに閉じ込めて告白する…というアイディアは前からあったのですが、それがこんなブラックな話に昇華したのは、とある尊敬する笛サイト様で監禁拘束ネタをたまたま読んだからです(他CP・バト笛にあらず)。
最初の案では水野がここまで黒くなかったんですがね…。
ひたすら翼くんが気の毒な話。

2019,3,7
初稿:2013,4,12






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