自分がこんなに彼に執着していただなんて、思わなかった。






だからこの手を離さない








「…勝手に死ぬなよな、馬鹿」
コートの両ポケットに手を突っこんだまま、翼はぽつりとそう漏らした。首元に巻いたマフラーが口をも覆っていたから、もしかしたらその呟きは翼以外には聞こえていなかったかもしれない。否、どの道この島にはもう、生きている人間は誰一人として存在していないはずだった。
ちょうど先週のクリスマスにプログラムの会場に選ばれた、東京湾の彼方に浮かぶ島。殺人ゲーム実施のためだけに島民は住処を追われ、ゲームが終わってからも心理的葛藤が戻ることを拒む。あちこちで殺戮が起きた場所に、誰が好き好んで戻るだろうか?
翼が今ここにこうして立っているのも、彼の父が所有するフェリーで、半ば無理やりに送ってもらったからだ。そうでもしなければ、来られない。地元の人間も、大抵がプログラムや政府に積極的に関わることを好まない。いついかなる理由で政府にしょっ引かれるかも分からないからだ、今現在のこの国では。
けれどそれでも、翼はだからこそこの島をじかに訪れたかった。くだらないゲームに巻き込まれ、15の若さで命を散らした彼のために。
「約束したじゃんか。いつか、一緒に世界に行くって―――」
彼に対しての不満ばかりが口をついて出る。しかしそれは、彼が悪いせいじゃない。彼を殺した、顔も知らない彼のクラスメートのせいでもない。
元凶は、何もかもが殺人ゲーム“プログラム”のせいで。ひいては、病んだこの国のせいで。だけど、言わずにはいられない。
そうでなければ、この悲しみを、怒りを、痛みを、到底抱えきれそうもないから―――。
「このぼくをここまで本気にさせておいて。一人で逝っちゃうなんて、ずるいよ、竜也…」
惹かれていた。
それは彼のプレーにだけではなく。彼の持つ強さ、脆さ、優しさ、強引さ、そのすべてに、同性だとかそういったことは関係なくて、水野竜也、彼自身に。
先に翼に告白してきたのは向こうで、押しが強かったのも向こうで。でもいつの間にか翼も同じように、或いはそれ以上に彼を好きだったのだと、好きになっていたのだと、今になって気が付いた。そう、今更、彼が死んだ今になって。そのことにも気付いて愕然として、でも今やどうあっても、取り戻せない。
本当に大切なものには、失ってから初めて気付く。
月並みな言葉だけれど、それは紛れもない真実だとこの身を以って知った。できることなら、知りたくなかった。こんな、心の半分が零れ落ちたような、喪失感。
『俺、椎名のことが好きなんだ』
初めてそう打ち明けてくれた時、本人は冷静を装っていたけれど、竜也の顔は真っ赤に染まっていた。握った手は小さく震えていて、でも声はそれとは反対に、まるで一世一代の大博打に出たかのような、真剣で切ない響きがあった。
どこか鬼気迫る彼に気圧されて、つい勢いでOKしてしまって。でも、彼と過ごした時間はとても、とても楽しかった。出会ってから1年と数カ月、好きだと告げられてからは、その半分にも満たない。それでもその日々は充実していて、密度が濃くて、この先もずっと続いていけばいいのにと、柄にもなくそんな事を思ったりして。
けれど彼は、こんなに簡単に死んでしまった。翼の気持ちを置き去りにして。
……彼は最期に、何を思ったのだろう。
ほんの少しでも自分のことを想っていてくれたと、自惚れてもいいだろうか?
だってそのくらい、俺は、お前を。
「もう直接言えないから、ここでいくらだって言ってやる」
目頭に浮かぶ熱をそのままに、翼はすうっと息を吸い込んだ。
もちろん、葬式には出た。多摩に戻れば彼の墓もある。でも、彼が逝ったこの戦地で、ありったけの思いを伝えたかった。
この地には彼の痕跡があり、彼が生きた最期の場所だったから。
「俺も好きだ。竜也のことが好きだ。この先いつまで経っても、絶対に忘れてなんかやらない。ずっとずっと引きずってやる! たとえお前が、俺のことなんて忘れて別の奴と幸せになれって、あの世で言ってたとしても…!
…そう断言できるくらい、お前のことが好きだよ、竜也…」
そうして翼は空を仰ぎ見た。厚い雲で覆われた薄ぼんやりした灰色の空が、なおのこと滲んでその瞳に映った。
胸の中は相変わらず疼き、けれどその痛みすら忘れはしないと、翼は一人、誓っていた。








<END>










超久々に書いたバト笛。リハビリ作といっても過言ではないが割とお気に入り。
単に「水翼で、水野が死んで、翼がその現地の島に行って思いを馳せる話」とゆーコンセプト。

初稿:2011,9,25








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