言葉にできない





春の夕暮れ。人の姿もまばらな公園のベンチに、竜也と将は並んで腰をおろしていた。
二人の間には少し距離があって、それはうなだれる将を、竜也がいくらか気遣った結果からか。
将が落ち込んでいる原因は、一週間前にもたらされた悲報。飛葉中学三年一組でのプログラム開催と、それによる椎名翼の死。一同は卒業式予行練習中に拉致され、殺人ゲーム会場に送られたと黒川に聞いた。
あともう少しで卒業だったのに。プログラム対象の中三って年代が終わるとこだったのに。
黒川は、心底悔しそうに歯を食い縛っていた。
「…水野くん」
将がごくごく小さな声でそう言った。相変わらず両手を力無く膝の上に投げ出したままで、その表情は見えない。
翼の死以来、将は終始こんな調子だ。授業中も上の空、あんなに大好きなサッカーすら、練習に全く身が入らない。
そんな将の姿が痛ましく、もう見ていられないと思ったから、竜也は今日、彼をここに連れ出した。何の慰めにもならないかもしれない。けれど、話を聞くことくらいはできる。そう思って。
ようやく言葉を零した将に、竜也は真摯に顔を向ける。
「…おれ、翼さんのことが好きだったんだ」
喉の奥から絞り出したような、抑揚のない、まるで感情のこもっていないかのような声だった。けれど竜也は知っている。将は普段の一人称は『ぼく』だが、心からの思いを、自分の本音を本気でさらけ出す時は、『おれ』と自分を称することも。
「言葉が過ぎることはあるけど、何だかんだで相手のことを思いやってて、いつも自信満々で、でもそれだけのサッカーの実力があって、面倒見が良くて…」
ぽつぽつと、将は翼の人となりを挙げていく。それは竜也も同様に感じていたもので、そしてそんな時の翼の姿が、脳裏に鮮やかによみがえる。
良く動く口も、そこから飛び出す少し棘のある言葉も、中身は本当に男らしいのにそれとは裏腹な少女のように愛らしい外見も、彼のクレバーでけれど熱いプレー中の姿も。
浮かんでは消え、消えては浮かび、そしてそれらはもう二度と見ることができない。将は自分なんかよりもずっと彼に構って貰っていたから、その思いは尚更だったろう。
そして先程吐き出した「好きだった」という言葉が含むのは、将のここ数日の意気消沈している姿と、先程の一人称から察するに、単なるチームメイトへの思慕だけではなく。
「そんな翼さんが、おれ、…」
それきりすすり泣いて黙りこんでしまった将の頭に、竜也は手を伸ばした。ぽん、とそのまま掌を髪の上におろす。お前の思いは分かるよ。声に出さなくても、そう伝えるように。
将がぐすぐすと鼻を鳴らした。悲しみをただ受け止めてくれた。それだけでも幾らか救われたのかもしれない。
竜也はそのまま二、三度、掌を上下させた。それはまるで幼子にするような仕草だった。手の位置はそのままで、竜也は顔を前に戻した。茜色の空と落陽が目に映る。公園のあちこちの桜の蕾は膨らんでいて、しばし後に訪れる開花の時を静かに待っている。
あともう少しで卒業だったのに。春はもう、すぐそばまで来ているのに。彼にも来た、はずだったのに。
(…お前の気持ち、分かるよ、風祭)
声に出さないまま、竜也は呟いた。言えない。言えるわけがなかった。
何故なら、竜也が翼に抱いていた思いは、将と同じで。
将と違って遠くから見ていた分、彼のように素直に言葉にすることもできなくて。
だからできるのはただ将とこうして、彼の死を悼み、悲しむことだけで。
「おれ、翼さんのこと、本当に好きだったんだ」
しゃくり上げながらもそう言った将に、竜也はやはり、そうだな、としか言えなかった。それが精一杯だった。
(俺も、だよ)
その言葉は胸の内に、しまっておくままにした。






END










「翼の死に落ち込む将、それを慰める水野。でも水野も実は翼くんのことが好きだったのでした」という話。

初稿:H23,11,27





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