待っている人がいるから



「気を付けて行って来いよ」
「ああ。楽しんでくるよ」
出発前に交わした会話。今じゃもう、懐かしい。
気をつけるどころじゃない。楽しんでくるどころじゃない。
どうして、こんなことに、なってしまったんだろう。





「はぁ・・・・はぁ・・・・」
呼吸の音だけがやけに響く。
腹が熱い。濡れている。見なくても分かる。これは血だ。
瞼が重くて目を開けられない。それでも鮮やかな血の色が、焼きついて離れない。
木の陰から、いきなり現れたクラスメート。咄嗟のことで反応できなくて、次の瞬間には腹に銃弾が穿たれた。
俺が崩おれたのを見て、そのクラスメートは走り去ったようだった。クラスの中ではごく普通の、いい奴だったのに。
どうしてこんなことになったんだろう。
ぼんやりと、思い出してみる。
桜上水中第3学年の修学旅行。京都・奈良をクラスごとに違うコースで巡る予定だった。
なのに、気が付いたらどこかの島に放り込まれ、俺達は殺し合いをさせられた。
プログラム。全国の中学3年生を対象とした殺人ゲーム。
存在を知ってはいたけれど、まさか、俺のクラスが当たるなんて。
殺したくはない。だけど殺されたくもない。
死にたくない。だけど死なせたくもない。
それでも、あの平和な日常に帰りたくて。多分、それは、みんな一緒だったんだと思う。



この、殺人ゲームに、俺のクラスが選ばれたこと。
他のクラスの、たとえば風祭達は、それを知っているんだろうか?
家族には、たとえば今は一緒に暮らしていない親父にも、知らされているんだろうか?
違う学校の、だけど俺にとってとても大事な、翼は知らずに待っているんだろうか?
この、殺人ゲームに、俺のクラスが選ばれたこと。
俺も参加していること。もうすぐ脱落しそうなこと。
何も知らずに、数日後には帰ると信じて、俺が無事であるということを少しも疑わずに。
今、この時も、待っているんだろうか。
待っている人がいるから、死ねないのに。
待っている人がいるから、死にたくないのに。
俺は元気でいると、俺は笑っていると、信じて待っていてくれる人に。
会えないまま、何も言えないまま、こんなところで死ぬなんて。
誰にも、何も伝えられずに・・・・・。




「・・・の、水野!」
体が揺すられ、聞き覚えのある声を聞いて、俺はようやく目を開けることができた。
少し、眠っていたのかもしれない。
夢から覚めたような心地で、俺はぼんやりと眼前の小島の顔を見た。
「こじ、ま・・・・」
―――なんだお前。酷い格好だな。髪はぐしゃぐしゃだし、制服に血がついてるし。でも、無事そうでよかった。
強気の表情と、泣きそうな表情が、一緒になったような顔をしてはいるけど。
「しっかりしなさいよ! プロのサッカー選手に、なるんでしょ!」
小島は必死に俺を叱咤する。その気持ちはありがたいけど、俺には分かる。
もう、俺の命は長くないってことが。そして、それにお前も気付いているということが。
なら。
「小島・・・もし、お前が生き残ったら、みんなに、伝えておいて欲しいことが・・・・あるんだけど」
「な、何?」
「桜上水のみんなに・・・俺の分まで、サッカー続けてくれよ、って・・・・」
風祭。シゲ。不破。高井。森長。みんな。ここにいる小島も。
一緒にサッカーができて、楽しかった。できれば、もっとサッカーしたかったけど。
「俺の、家族に、育ててくれて、ありがとう、って・・・・」
何一つ、恩返しできなかった駄目な息子だけど。ここまで育ててもらって、本当に感謝してる。今になって、そう、素直に思える。
こくん、と頷く小島の顔が、だんだんぼやけてくる。
まだだ。もう少し、待ってくれ。あと一人。どうしても伝えたい人がいる。
「飛葉中の、椎名、翼に・・・・・」
真っ暗になった視界に、翼の姿が浮かぶ。
もう一度、会いたかったけど。
残念、無理そうだ・・・・。
「・・・・ごめんな、って・・・・・・」
お前が何も知らないまま、こんな所で先に逝って。
そして何より、お前を悲しませて。
好きだとか、大切だったとか、一緒にいられて楽しかっただとか、言いたい言葉はたくさんあったけど。
多分、何を言っても、翼を哀しませるだけだから。だから敢えて、この言葉。
―――ごめんな。
「うん・・・・伝えとくわ」
暗闇から降ってくる小島の声は涙声だった。
ありがとう。
呟いたけど、聞こえただろうか。
最後のワガママを聞いてくれてありがとう。
伝えて欲しい、それを抜きにしても、どうか小島、生き残れよ。












・・・・翼。
もしもまた会うことができるなら、それはきっと、あの世でだろうから。
だったら当分、会えなくてもいい。会えなくていいから、お前には、長く生きて欲しい。
お前が天寿を全うして、そうしてその時、やっと会えたとするなら。
その時こそ、俺はお前に言うよ。お前のことが好きだよって。
お前が今、俺を待ち続けているように、俺も、お前を待っているから。
いつかまた逢える、その時を。





<END>








「死合開始」の水野視点の話を書きたいな〜ってのは前々からあったのですが、ストーリーはぼんやり、タイトルも後付け・・・にもかかわらず、「待っている人が〜」のタイトルにしようと決まった途端、「死合開始」とうまい具合にリンクしまくり。結構すいすい書けました(まぁ短い上ポエムちっくですが(^^;)なんじゃこのクサさは―――!!)
「死合開始」と同じ言葉、或いは対比させた表現を、うまくこの話にちょこちょこ入れることが出来たんじゃないかなーと(自分では)思います。
せっかく誕生日なのに、悲恋話でごめんよ翼くん・・・。明るくてラブラブでハッピーなバト笛水翼ってなのも書いてみたいです(ぇ)





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