「水野。不破から無線入った。『こちらの準備は整った。5分後に突入可能だ』だってさ」
「分かった。シゲ、そっちの方はどうだ?」
「こっちの方もバッチリやで。後は待つだけや」
「待つだけ…か。随分待ったけどね。あいつが死んで…もう10年だ」
椎名が呟いて、みな誰ともなく、目を伏せた。





君の為に土を掘る





時は2008年。東京、総統官邸付近。それぞれの持ち場に分かれて、かつての少年達は闇の中に身を潜めていた。
いや、厳密に言えば完全な闇ではない。今夜はクリスマスイブ。街のあちこちにはイルミネーションが彩られ、カップルや家族連れで賑わっていた。自由の制限されたこの国にも、そのくらいの楽しみはある。街はいつになく浮かれモードで、政府関係者も息抜きにクリスマスパーティを開催していた。―――その隙を突く。
「腕が鳴るぜ」
と鳴海。手にしている麻酔銃をしっかりと構え直す。隣にいる藤代もどこか楽しげだ。まるで今からサッカーの試合にでも臨むかのように。
「油断するなよ」
言いながら渋沢も、グリップを握る手に力を込める。皆ヘルメットや防弾チョッキなどで武装してはいるものの、その手に構えるのは麻酔銃だ。後は懐に撹乱用の閃光弾。
政府側の人間はテロを警戒して相当の守りを固めている。つまりそれは攻めの用意も万端ということで、ともすればこちらももっと殺傷能力の高いものを身につけるのがセオリーだろうが、武力に武力で対抗してしまっては、結局この国は良くならない。この装備はいわば、政府の反撃に対する身を守る術だ。革命の気風をこの国に知らしめるために、強硬手段には出るけれど、あくまでも死者は出さずに進めていく。自分達だけで裁くよりも、国民全体で罪を問いたいから。この国を変えるために。
それは今や立派な青年になり、革命軍となった彼らの大義名分で―――けれど本当の目的は、もっとずっと、単純なところにあった。
「郭、そっちはどうだ?」
『OKだよ。もうすぐ総統官邸の電気・ネットワークはすべて切断される。同時に不破率いる上空舞台が空からの陽動。奴らがそっちに気を取られてる隙に、水野達の地上部隊が別れて突入、でしょ。…抜かるなよ』
「あぁ、もちろん。真田と若菜にもよろしく伝えてくれ」
水野は口元から無線機を離すと、一同を見渡した。
この若き革命軍チームのリーダーは水野。多くの人達の支援や協力を経て、ようやくここまで漕ぎ着けた。
すべては、あの日から。ここにいる皆に大きな影響を与えながら、殺人ゲームの中で命を落とした彼のため。
近くにいた者も、少し離れた所から見ていた者も、いつしか彼のプレーや行動に感化されて―――だからこそ、彼が理不尽に命を失われたのを知って、誰もが黙ってはいられなくて。一人、また一人と同志は集い、こうして、実際に行動を移せるまでになった。
今この場にいない者も後方支援として、それぞれの役割を果たしている筈だ。彼の兄や、松下コーチ、西園寺監督ら。かつての大人たちも、また。
そのことに思いを馳せて、水野は口火を切った。
「皆、この日のために今まで色々と尽力してくれて、…本当にありがとう。感謝してる」
素直にそんなことが言えるようになったのも、彼のおかげだ。
「突入にはかなりの危険を伴うけど、絶対に、みんなで生きて帰ろう」
水野の言葉に誰しもが頷く。命が無くなるかもしれないことも、理解している。革命が成功するという保証はない。それでも。
「水臭いなぁ、タツボン、今更。もうみんな、とっくに覚悟はできとる。じゃなかったら、ここまで集まったりせーへんて」
軽く笑いながら藤村が手を振る。そしてそれに同意するような声があちこちから上がる。
藤村もまた彼と共に殺人ゲームに巻き込まれ、けれど生き残った優勝者。ナショナルトレセン選抜の合宿での東京選抜対関西選抜戦、自分との対戦で足に怪我を負い、そのハンデを負った彼を守ろうとして―――守れなくて。だからこそ、何が何でも生き残ろうとした。他のクラスメート分の命も背負って、たとえそれが茨の道であっても、己ならばそれを乗り越えられるという自負があった。いや、己が為さなければ為らなかった。
何事にも本気になれなかった自分に、本気になることの大切さや凄さを、見せつけてくれたのは他ならぬ彼だ。
さらりと流しながらもおそらくは一番悔しさを内包していて、けれどそれを微塵も見せない藤村の姿に、水野も少し笑みを漏らして腕時計に目を落とした。そうして、再び一同を見遣る。
「時間だ。―――行くぞ!」
「あぁ、風祭の仇討ちだ!」
高井が発した言葉こそが、何よりの彼らの真意。水野が動き出したのを皮切りに、一同は後に続く。
最後まで諦めないこと。それは彼が身を以って伝えてくれた姿勢だ。だからこそ俺達も―――決して諦めない。
だから、どうか。革命が成功するように。
(向こうで見守っててくれよな、…風祭)
祈るように、水野は心の中で呟いた。そうして顔を上げた時には、瞳には鋭い眼光が宿っていた。
再び足を動かし、目前に迫る総統官邸の空を見上げる。不破の指揮する、武装ヘリの群れが近付いているのが、暗闇でも確認できた。
戦いが、始まる。










<END>








「風祭がプログラムで命を落とし、皆が彼のために革命を起こす話」がコンセプト。
本当は有希ちゃんとか杉原とか小岩とかも参加してるんですが、うまく入れられませんでした…!


初稿:2012.1.15






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