零れる涙




「外で待ってる」
水野より先に出発する翼は、彼の横を通る際、そっとそう耳打ちした。
水野は小さく頷く。
今回の”プログラム”では、くじの関係で、水野は一番最後に出発する事になった。
彼と翼の出発する時間はかなりずれている。それでも、翼は水野を待つといった。
水野は思った。
どうか、俺が行くまで無事でいてくれと。
合流したら、何が何でもお前を守るから、と。
誰よりも大切なお前を、必ずこの手で守るから、と。



しかし彼に突きつけられたのは、無慈悲な現実で。






「・・・・・?」


校舎を出た水野は、周りの様子を見回すよりもまず先に、倒れている人影に目がいった。
そしてそれが、存外小柄であることに気付き、はっとして近寄る。
胸と腹の辺りを真っ赤に染めて、色濃く漂う死臭をまとい、ぼんやりと虚空を見つめていたその少年は、
紛れもなく、椎名翼だった。
確かめるまでもなく、絶命していた。







逢いたかった人。
何に代えても守りたかった人。
かけがえのなかった恋人。
もはや、すべて過去形で。






傍にいて守ることすら叶わなくて、すでに誰かに奪われてしまった命。






「あ・・・」


一体、


「あ、あ・・・」


誰が、


「ああああッ!!」


こんな真似を―――・・・!!!











「翼ぁあああ―――――っ!!!」



























その瞬間。
その少年の中で、何かが、切れた。





















「・・・許さない・・・」








呟いたその言葉は、まるで呪詛のように重く響く。限りなく憎しみに満ちた目、そこには冷たい光が宿る。
すでに冷たくなり始めている翼を、その場に綺麗に横たわらせ、手を組ませて、瞳を閉じさせて。
最後に、そっとキスを贈る。
その時はまだ、彼は愛しい人を想う表情で。
唇を離すと、もう彼にはただ復讐の思いしかなくて。
支給武器の銃を手に、水野はゆっくりと歩き出す。
誰が翼を殺したのか分からない以上、水野の殺意は全員に向いていた。
全員が、翼の仇だった。



何の躊躇いもなく、水野は銃を放ち続けた。
殺した相手から奪った武器で、また新たな相手を葬る。
殺して殺して殺し続けて。
憎しみに捕らわれ過ぎて、禁忌を犯すことも何とも思わなかった。
終いには、対峙した相手を殺す時、その端整な口元に笑みすら浮かぶほどに。
そしてとうとう、最後の標的が彼の前に現れた。






「最後は、お前か、風祭・・・」
「水野くん・・・」




水野は、すでに全身が血に濡れていた。
そのほとんどが返り血だったが、水野自身が流した血も少なくない。
その姿は、まさに殺戮者といって相違ないだろう。水野が整った顔をしているのと相まって、ひどく不気味だった。
さながら、何かの神話に出てくる死告天使のようだと風祭は思った。理由は分かっていた。
彼が、自分を殺すのだ。





「翼を殺したのは、お前か?」
今まで、飽きるほど言ってきた言葉を水野は口にした。
もっとも、このゲームにおいて誰かを殺したことを素直に言う奴は稀だろうし、或いは事実なのか、誰もその問いにYESとは答えなかった。
それが更に、水野の怒りを煽ったのだが。
最後になるであろうこの問いに、風祭は驚くほど呆気なく頷いた。
「うん、そうだよ」
「ッ、お前がっ・・・!!」
水野は風祭に銃を向けた。風祭は動揺一つしなかった。
「本当にお前が殺したのか!?」
できれば、そうであって欲しくなかった。今ひとつ信じられなかった。けれど、
「うん、そうだよ」
先程とまったく同じ、悪びれた様子もなく風祭は答えた。
水野の頭の中は、途端に憎しみと怒りで埋め尽くされる。




こいつが、こいつが翼を殺した―――!!!





「何でだ!? お前と翼は、あんなに仲が良かったじゃないか!」
ほとんど無意識のうちに叫ぶ。けれどその言葉は、心の底からの本音だった。
「なのに、どうして・・・」
「うん、確かに仲は良かったよね」
怒りと、切なさと、戸惑いと。様々なものが入り混じった表情をしている水野とは対照的に。
いつも通りの笑みを浮かべて、どこか他人事のように言葉を返す風祭。
風祭は、笑顔のまま続けた。
「でも、いつもいつも悔しかったんだよ。

だって、ぼくの方がずっと長く側にいたのに、ぼくの方がずっとずっと水野くんのこと理解っているのに、




後から出てきた翼さんが、水野くんのこと取っちゃうんだもの」










「・・・・・え?」







「翼さんってば、こんなゲームの中でも、水野くんと一緒にいようとするんだもん。
あんまり悔しいからさぁ・・・・ぼくに油断して近付いてきたところを、滅多突きにして殺してやったよ」
水野の驚愕の思いを知ってか知らずか、風祭はすらすらと言葉を繋げる。
顔には、驚くほど無邪気な笑みを浮かべながら。






「面白かったよぉ。あんな人でも、死ぬ時は呆気ないもんだね」
「・・・やめろ」
「ナイフで何回も刺しただけだったのにさ、血がものすごくいっぱい出て、」

「やめろ」
「将が殺すなんて信じられない、って顔してさぁ、死んでいったよ」
「やめろ!!!」





彼の言っていることを否定したくて、水野は思い切り頭を振った。
下ろしかけていた銃口を再び上げる。それでも風祭はまだ笑っていて。
水野はキッと風祭を睨み付け、けれどすぐに、苦渋の表情を浮かべ目線を逸らす。
今までは、ただ憎しみのままに相手を殺してきたから良かった。
何も考えずに殺せたから良かった。
しかし、今、こうして本当の仇が目の前にいる。真の憎しみの対象であるはずなのに・・・
どうして、それが。
友達、だったんだろう。





「風祭、俺は、お前のこと友達だと思ってたのに・・・」
銃口は向けたまま。顔は逸らして。
声には、どこか哀しげな響き。
風祭は少し間を置いて答える。



「ぼくは、水野くんのこと、友達だと思ってなかったよ」



ぴく、と水野が反応する。
顔を上げた彼と風祭の視線が交錯した。風祭はにこっと微笑った。




「ずっと、好きな人だと思ってた」
それは告白。
最初で、最期の。










「だから、翼さんを殺したんだよ」
























銃声が響く。
大切な人の仇を取れたはずなのに、失ったものが多すぎて。
涙が溢れ、少年の中で、また何かが切れた。






























―――それから10年後。
とある場所で、恒例の”プログラム”が開始されようとしていた。
その対象クラスの担当教官は―――水野竜也。
今や大人となった、かつてのプログラム優勝者の少年。
彼は、10年前に自身が聞いたのと同じようなことを子供達に告げた。”プログラム”の恐るべきルールを聞いて、怯える子ども達。
どこか焦点の合わない瞳で彼は子ども達を見る。そして、ふ、と笑んだ。




「―――最後に一つ、忠告しておく」
出発を間近に控えて、強張る子ども達の姿を見たからだろうか、脳裏に、あの時のことが鮮明に蘇ってくる。





「もしも大切な人がいるなら、その人をゲームの中で、決して手放さないこと」
ゲームの最中に死んでいった者。水野自身が殺めた者。
そして。




「・・・でないと、」
何よりも誰よりも大切だった、あの少年。














「俺のように、壊れてしまうから」

























瞳の焦点が一瞬合い、右目から、一筋の涙が零れる。






それは一体、誰が為の涙だったのか・・・・・。












<END>














うわわわわ、すごい話になっちゃった(汗)
水野は狂気じみてるし将はものすごく黒いし・・・。
これは話の方が先にできてました。なので、タイトルを悩みに悩みました。
最初は「死神天使」だったんですが・・・なんか違うなぁと思って「零れる涙」に。
途中で出てくる”死告天使”(の話題)は↑の名残ですね。
水野が翼くんを殺されちゃったことでキレて殺戮に走る、その翼くんを殺したのは水野のことを好きだった将、水野は最後担当教官になって例の忠告を言う、っていう大まかな流れは決めてたんですが、将がまさかここまでブラックになるとはなぁ・・・(汗)
何か結構、意味不明な話だったりして(滝汗)。頭の中に浮かんだイメージのままに書き連ねるとこうなってしまう罠。行間を開けるのは好きなんですが、読んでる方としては読みにくいでしょうね、こういうの・・・。







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