「…怖いんだ」
「何が」
「いつか、別れが来るのが」
「は? 何でハナから別れるの前提で話進めてるわけ?」
「俺の親、離婚してるの知ってるだろ。昔は仲良かった二人がだんだんすれ違って、仲が拗れて―――その挙句、別れたの間近で見てるから。…だから怖いんだ。男と女だって、好き合って結婚しても俺の家みたいにうまくいかなかった例なんてたくさんあるし、俺達は男同士で、結婚するって区切りも無くて。結局、いつかは別れが来るんじゃないかって」
「…あのなぁ。そうやってまた一人でウジウジ考えて…確かに、うまくいかなかった例もたくさんあるけど、それ以上にうまくいった例だってたくさんあるだろ!? 何事も悪い方に考えるの、お前の悪い癖! この俺のお眼鏡にかなった相手が、いつか別れること考えて過ごしてるなんて、納得いかないね。俺と別れるのが怖いんなら、俺に愛想尽かされないようにせいぜい努力しろよ、竜也くん?」




一息に捲くし立てて言うと、彼はその綺麗な顔に苦笑を浮かべて。



「…俺の方が先に愛想を尽かすっていう可能性は考えないのか?」
「ないね。絶対にない。お前、俺にベタ惚れだもんな。だから別れることを恐れてる。違う、竜也? 違わないよね?」




俺の方はわざとにっこり笑ってみせると、また彼は苦笑して、「敵わないな」と一言漏らした。







YESかNOか







それは、あくまでも恋人同士の付き合いにおいての話だった。
いつか来るかもしれない別れ。
でも、ずっと関係が続いていく未来だって、選べたはずだった。
それなのに。
「…優勝者が、一人じゃな…」
東京選抜と関東選抜とを対象とした特別プログラム。つまりは、ナショナルトレセンでの一回戦の相手と合同での殺人ゲーム。
生き残るためには、自分以外の参加者全員を殺す他ない。良く知った相手も良く知らない相手でも、親友でも恋人でも。
そこには必ず別れが存在する。
「さて、どうしたもんか…」
ひとりごちて、考えてみる。
ゲームに乗るかどうかはさておき、このゲームにおける恋人との最期の選択肢は以下の通り。





1、二人で心中する
2、相手を殺して自分は生き残る
3、自分は死んで、相手を生き残らせる
4、限りなく成功する可能性は低いが、二人でゲームからの逃亡を試みる






まず、1を考えてみよう。
他者を傷つけることを拒絶し、二人静かに人生の幕を下ろす。
死ぬ時も、死んでからも一緒だ。恋人同士としては、一番美しいシチュエーションと言えるかもしれない。
次は2だ。俺に、竜也を殺せるか? 答えはイエスだ。やろうと思えばできる。でも、―――そうしてまで、俺は生き残りたくなんかない。
じゃあ、3は。これも可能だけど、竜也が許さなさそうだな。即座に後追いしそうだよ、何だか。
残るは4。何の準備も後ろ盾もない状況だから、ほぼ確実に失敗するな。首輪を爆破されてあの世行きか、海に出たところを船から狙い撃ちか。どちらにしても、綺麗な死体にはなれそうもない。
そして2と3の場合、生き残る=優勝も同意義だから、必然的に他の奴らも殺さなくちゃいけない。
それができるのか? みんなを殺して、竜也を生き残らせることが、俺に。
俺のために、みんなを殺すことが、竜也に。
勿論、死にたくないし、竜也を死なせたくない。それは愚問だ。竜也にもそう思っていてほしい。でもそのために他者を殺せるのか。柾輝や、将や、他の奴らを。
さて、どうしたもんか。
「…翼、さっきから何考えてるんだ?」
思考を遮ったのは、竜也の言葉だった。ゲームが始まってから、俺は竜也を探していて、竜也も俺を探していて。再会できたのは、本当に運が良かったのだけれど。
誰が敵か味方かもわからないこの状況下で、竜也が俺を信じてくれたのが、自分でも意外なほどに嬉しくて。
…何だかんだで、俺もこいつに惚れてるんだなって、思いがけず実感しちまった。
おかげで、二人で集落の中の一つの民家にお邪魔して、こうして語り合うこともできている。幸運、だった。これまでは。
けど、この先は。
俺自身まだ道を決めきれないまま、竜也に投げかけてみることにした。
「これからどうしようかなって」
「それは…」
「あぁ、ゲームのことじゃなくて、お前と、どうしようかって」
俺の言葉の意味を掴みきれないのだろう。竜也は訝しげな顔になる。
「いつだったか、別れについて話をしたよね。あの時は、俺はお前と別れる、何て事は考えてなかったけど―――。
ここに至って、そうも言ってられなくなっちまった」
先程まで考えていた四つの選択肢を、頭の中でもう一度整理してみる。整理してから、ゆっくり言葉を紡ぐ。
「お前を殺して、俺が生きるか。俺が死んで、お前が生きるか。二人で逃げるか、二人で死ぬか。突き詰めると、そんなもんしか道が選べないんだよ。お前はどうしたい?
どうする―――竜也?」
意地悪く、竜也に訊いてみた。竜也の選ぶ答えを知りたいのもあった。
しばらくの沈黙の後、竜也は静かに口を開いた。
「…俺は、お前のことが好きだ」
「…知ってる」
「でも、前は、いつか別れることになったらどうしようってことがいつも頭をチラついてて、それが怖くて仕方なかった」
「…ああ」
「俺の他にも、翼のことを好きな奴もいたし、翼も俺よりもっといい奴見つけて離れていくんじゃないかとか、そんな余計なことばっかり考えてた。翼は可愛いし、魅力的だから」
「……」
こんな時に何をほざいてるんだこいつは。
「今だって―――怖くて堪らない。翼を失うなんて、耐えられない。翼がいない世界で生きていくのも、できそうにない。俺はそんなに強くはないからな…それに、」
一呼吸おいて、竜也は続きを口にした。
「たとえ優勝したとしても、風祭達を見殺しにして手に入れた命で、サッカーを続けたくもない」
切なさを含んだ色、けれど真っ直ぐな瞳で竜也ははっきりと言い切った。
あぁ、と俺は嘆息する。そうして、眉と双眸の辺りが歪むのが、自分自身で分かった。
一度、失ったことがあるこいつは、やっぱり別れが怖いんだ。そして、失われた後に手に入れた新しいものを―――例えば、将という親友とか、そいつのおかげで思い出したサッカーに対する気持ちとか、…俺、とか。
また失くすのが怖いんだ。
まったく、とんだ甘えん坊だよな。普段クールぶってても、こういうとこ、やっぱガキだよな。まぁ、俺もまだ子供だけど。そしてまだ子供なのに、こんな酷な選択をしなくちゃいけないわけだけど。
俺を手放したくなくて、優勝も無理だってんなら、じゃあ道は一つだ。
―――しょうがない、惚れた弱みだ。つき合ってやるか。
俺も大概面倒見がいいな、まったく。
「良かったな。お前結局、俺と別れずに済んだよ」
「え?」
「さて、どこにするか。二人で最期にいる場所。どうせなら、いい場所がいいじゃん?」
竜也が俺の答えに、瞠目してるようだった。俺だって正直びっくりだよ。まさか自分が、そんな答えを選んじまうなんてさ。
父さん、母さん、家族の元に帰るより自分の恋人を優先しちまってごめん。
柾輝に六助、お前ら今どこにいるかな。早々に離脱しちまってごめんな。
将。お前みたいに最後まで諦めないで足掻くってこともできたのに、悪いな、不器用で甘ったれのこいつを、俺はどうにも放っておけないみたいだ。
でも、だって。
多分苦いものも混じってた笑顔で、言ってやった。





「やっぱ、俺もお前と、別れたくないみたいだからさ」







俺も存外甘ちゃんだと、思う。









<END>








最初の会話のみはっきり浮かんで、そこから作中は翼くんと水野の動くままに話を進めてみた。
結論…うちの翼くんはとことん水野に甘い。
水野は本当は翼を殺そうとしてたっていう他パターンも考えたのですが…水野は水野でどうにも翼さんに惚れまくってて無理でした(笑)

初稿:2011,10,8






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