裏切り


「・・・・あともう少しでゲーム終了だね」
「そうだな」
朝日の見える丘の上で。竜也と翼は大きな木に背を預けて座っていた。
二人とも憔悴しきった様子で体を寄せ合っている。この三日間、少しずつ交代で睡眠を取ったとはいえ、それではとてもではないが足りなかった。肉体的な疲労もそうだが、何より精神的な疲れに二人は参っていた。
もう、ゲーム終了まであと二時間というところまで来てしまった。前回の放送の時点では、竜也と翼を含めて三人が生き残っていた。死んだ者の名に、桜上水や飛葉の者は呼ばれなかった。当然だった。彼らの仲間達は、とうにあの世へと旅立っていたのだから。
その自分達以外の生き残った三人を捜そうとは思わなかった。疲れた。疲れ切っていた。
制限時間まであと僅か。なら、その残された時間をただ二人で過ごしたかった。
「朝日、綺麗だね」
翼が目を細める。翼は繋いだ竜也の手にきゅっと指を絡めた。
竜也はああ、と笑って頷く。確かに綺麗だ。そして眩しすぎる、今の自分達には。
「・・・何だか眠くなってきちゃった」
ふと、翼が小さく欠伸を漏らす。女の子のような可愛らしい顔に、はっきりと浮かぶ疲弊の色。大きな瞳の下には色濃い隈が見える。
「眠っても大丈夫だぞ?」
「・・・・うん、ありがと」
優しい言葉に翼は微笑んで、竜也の胸にもたれかかった。
「ずっと、側にいてよ?」
「分かってるって」
「ならいいけど」
翼は悪戯っぽく嬉しそうに笑う。
竜也は翼の体を優しく抱きとめ、その温もりに安心したかのように翼はすぐに小さな寝息を立てて眠り始めた。
その様を見て、竜也の顔が綻ぶ。
可愛いと思った。
こんな時にこんなことを思うなんて、それに何より男同士なのに――−最もそれはとっくの昔に越えてしまった禁忌だったが―――それでも、彼を可愛いと思った。
一日目の時点で運良く再会し、それからはずっと行動を共にしてきた。狂気に駆られた元選抜のチームメイトに襲われたこともあったし、やむなく撃退してしまったこともあった。
既に死んでしまったみんなのことを考えると素直には喜べないが、ここまで二人で生き残れて良かったと、そしてそれは奇跡に近かったと竜也は思う。
制限時間まであと少し。その時間を過ぎても優勝者が決まらなかったら、その時点で残っている者すべての首輪が爆発し、皆死に至る。
今の時点で何人残っているのは分からなかったが、二人はそれでいいとも思っていた。どうせもう、みんなと一緒にサッカーはできないから。二人で共に日常へと戻ることは出来ないから。だからせめて、最期まで二人でいられれば。
竜也は翼をぎゅっと抱きしめた。翼は相変わらずすうすうと寝息を立てて眠っている。
そのまま朝日を見た。先程よりもほんの少し地平線から離れている。
朝日もこれで見納めかもしれないな。
眉根を寄せて竜也は笑った。
「えーそれじゃー朝の放送するぞー」
突如響いてきた声に竜也はぎくりとした。六時。もうそんな時間だったのか。
政府から派遣されたとかいう、このゲームのいけ好かない担当教官は、声まで耳障りだった。翼はそれでも眠っていた。今二人がいる場所がたまたま放送用のマイクの位置から遠く、そんなにうるさくなかったからだろうか。
「死んだ奴の名前を言うぞー。上原淳、桜庭雄一郎、鳴海貴志の三人だ」
教官は淡白にその三人の名前を読み上げた。
・・・・・三人?
「あと残ってるのは、水野と椎名だけだな」
さあっと血の気が竜也から引いた。
残っているのは二人だけ。俺達、だけ。
「残り時間も少ないからなー、さっさと殺らないと時間切れになっちゃうからな」
そのあと教官は禁止エリアを読み上げたが、それは竜也の耳には入らなかった。そのあと教官がまた何やら言って放送が終わったが、もうそんなことはどうでも良かった。
翼はまだ眠っていた。
「・・・・・・翼」
竜也はそっとその名を呼んだ。今まで、幾度その名を口にしただろう。二人の時は名字ではなく名前で呼び合うようになって、時間にすれば一年にも満たない。それでも、幾度その名を呼んだだろう。
「・・・・・・・・」
竜也は今度は胸の内で彼の名を呼んで、彼を強く抱きしめた。
残り二人。つまり、どちらかが死ねば優勝者が決まる。
二人で死んでもいいと思った。
けれども、最後の最後で、生きるチャンスが与えられてしまった。
ならば自分は、そのチャンスに賭けたいと思う。
竜也は目を細めて微笑んで、未だ眠っている翼を見た。
そして言った。
「―――ごめん」















目を覚ますと、朝日はとっくに地平線から離れていた。
自分をずっと包んでいた温もりが失くなっていることに気付き、がばっと飛び起きる。
「・・・・・・竜也?」
翼は狼狽した様子で辺りを見回す。竜也がいない。
ずっと、側にいてよ?
そう言った自分に、笑って頷いてくれたのではなかったか。
愕然とする翼の鼻腔を、嗅ぎ慣れた匂いがくすぐった。これは、そう―――血の匂い。
翼ははっと気付いて木の裏側に回った。目に飛び込んできた光景を見て息を呑む。
そうして戦慄く唇で、掠れた声で呟いた。
「・・・・・竜也・・・・・・」
竜也は絶命していた。持っていたナイフで自分で首をかき切って。
おびただしい血がその傷から流れ出し、辺りを赤く染めていた。そのせいか顔は青白く、けれど不思議と穏やかそうだった。
「竜也・・・・竜也っ!」
ようやく事態を飲み込めて、にもかかわらず翼は彼の体を揺すった。そんなことをしても竜也が生き返るはずも無いことは分かっていた、それでも、認めたくなかった。
どうして。
二人でいようって。二人で死のうって。
約束していたのに、どうして。
何で―――自殺なんか。
「おー椎名、やっと起きたかー」
緊迫感の無い声が響いてきた。翼は咄嗟に時計を見た。六時半。放送の時間は過ぎている。
「喜べー、お前が優勝だぞー」
「・・・・・・え?」
翼は思いっきり眉をひそめた。
「先生は分校で待ってるから、早く戻って来いよー」
言いたいことだけを言って、放送はそれで終わった。
優勝?
俺が、優勝だって?
どうしてだか恐ろしいほど冷静に翼は考えていた。涙が、後から後から流れ落ちてくるのに。
翼が知っている限りでの定時の放送では、その時点で残りは自分達以外に三人いた。そして目が覚めたら竜也は自殺し、自分が優勝者になっていた。これはどういうことか。―――つまり。
竜也はきっと、六時の放送で自分達以外の者がみんな死んでしまったと知った。自分達のうちどちらかが死ねば、残った者は自動的に優勝者となる。
それで彼は・・・・・自分が死に、翼を生かす道を選んだのだ。
「はっ・・・・・・」
翼は自虐的に笑った。のうのうと寝ていた自分にも、そして自ら命を絶った竜也にも腹が立った。
「約束、したじゃん。死ぬ時は一緒だって」
それで良かった、お前となら。
なのにお前は俺を置いて、先に一人で逝ってしまった。
俺に何も訊かず、何も言わず、自分一人で決めて勝手に。
何という酷い、裏切りだろう―――。
「竜也。お前、俺に生きて欲しかったんだよね。
でも、逆でも良かったよ? 俺を殺して、お前が優勝したって構わなかったんだ。じゃなかったら、やっぱり二人で死にたかったよ」
翼はさらっと独白を述べると、竜也の隣に腰を下ろした。彼の手の中のナイフを手に取った。死後硬直がまだ始まっていなかったので、強く握り締められていたが、何とか取れた。
こんな形で一人残されても、辛いだけだから。
だったらやっぱり、一緒に逝こう。
「―――竜也。先に裏切ったのはそっちだからね。俺が向こうに行っても、文句は言わないでよ」
翼は瞳を歪ませながら微笑むと、そっと竜也の頬にキスを落とした。






<END>













結構前から温めていた話で、やっと書けました。当初考えていたものとは少々設定が変わってしまいましたが、結構お気に入りです。
テーマは純愛?って感じ(爆)。
それにしても、お題の1、2、3まで、水翼続きだ・・・・(汗)
ま、好きなものは好きだからしょーがない!!(←開き直ったな・・・)


2004年1月1日



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