「……階段落ちたくらいで、死んでんじゃねーよ……」
お前の死体を見つけた時の俺の第一声は、冷たいことにそれだった。





冗談じゃない






鬱蒼とした林の中にひっそりと存在していた、小さな古ぼけた神社。
これまた年季の入った石の階段の下に、お前は無造作に転がってたんだ。
「……」
件の一声の後、急激に喉が渇いて声が出てこなくなった。竜也、って、名前を呼んだ筈なのに。
近付いて、しゃがみ込んで、改めてお前を見る。薄く開いたままの目と唇。ぐしゃぐしゃになった薄茶の髪にこびりついた血。いびつになった後頭部。投げ出されたままの手足。もう動かないその体。
次に俺は階段を見上げた。ざっと数えて、三十段くらいか。そんなに高いわけじゃない。それでも、石っていう材質と、打ち所の悪さが災いしたんだろう。
竜也の死体の状況から、俺は階段からの転落死だって判断した。でも勿論、誰かに思いっきり突き飛ばされたって可能性もあるだろうし、やっぱり誰かと揉み合っているうちに落ちたのかもしれないし、誰かの襲撃から逃げる途中で、誤って階段を踏み外したのかもしれないし。―――まさか、フツーに歩いてて、自分でうっかり落ちたなんて間抜けなことは無いよね、竜也?
いくら考えたって、真の死因なんて、勿論その場に居合わせなかった俺に分かる筈もない。それでも、やっぱりよりにもよって、階段から落ちて死ぬだなんて。そんな、サスペンスドラマなんかじゃありがちな、ドラマ内じゃ陳腐な死に方で、お前が死ぬだなんて。運動神経相当良かったじゃん? 受け身くらいとれなかったわけ? まったく。
―――毒づいて、でも自分でも分かってる。これは単なる現実逃避なんだってこと。竜也が死んだってこと、俺、多分きっと、どこかで受け入れられてないんだ。目の前で竜也は死んでるのに。薄ぼんやりと遠くを見て、もう瞬き一つしてないのは確かなのに。だって、いくらプログラムの中だって言っても。こんなに、簡単に、こんなに、あっけなくお前が死ぬだなんて。
探し回っても見つけられなくて、お前のこと知ってる奴にも会えなくて、でも、今まで流れた二度の放送じゃ名前は呼ばれてなかったから、まだ生きてるって、そのうち合流できるって、思って、たのに。
やっと会えたと思ったら、それが死体で、しかも死に方が死に方で―――あんまりじゃん? そんなの。
だからきっと俺、碌でもないことばっか、考えてる。
虚空を見つめたままの竜也。ああもう、ホントにやだね。死に顔もどっか抜けててさ。
プログラム終了のニュースで発表されちまうよ、お前。『水野竜也:階段から転落により死亡』って。遺族も居た堪れないだろそれじゃ。何でよりによってそんな死因って。
まだこれが銃で撃たれたとか、刃物で刺されたとか、そんなんだったら諦めついたのかな、俺。勿論、どんな形であれ死は死なんだけど、だったらまだそっちの方が。そっちの方が、プログラムだから、って、……仕方ない、って。納得できたんじゃねーかな。
「……納得、できるわけあるか」
自分の思考を否定する言葉を俺は吐いた。プログラムだから仕方ない? 糞喰らえだ。
どんな形だって、死は死だ。病死だろうが事故死だろうが殺人だろうが、それに納得できるなんてことあるわけねーだろ!
そもそも、プログラムなんてものがなきゃ、少なくともこんな唐突で理不尽な死は避けられたんだから。
「とりあえず、お前、カッコ付かないから」
ちょっとはまともにしてやる、なんて言いながら、俺は竜也のシャツを掴んでその体を引きずった。俺の力じゃ重くて持ち上がらねーんだよ、悔しいけど。死んでるせいかやたらと重くて、今更泣きそうになった。
無理やり唇を噛みしめて、それを堪える。目頭が熱いまま竜也を引っ張って、近くの大きな木の根元に座るような形で、木の幹に寄りかからせた。それから瞼をしっかりと閉じさせた。―――ほら、これならずっとマシに見えるじゃん。血はあちこちついちゃってるけど、表情そのものは涼しげだよ。同じ死体でもさ、この方が見栄えがいいって。
冗談めかしたこと思いながら、無性に涙が出て止まらなかった。さっき触った瞼が硬くて、何とも言えず気味の悪い死の感触がしたからだ。もう死後硬直が始まっている体。死んでいる姿を既に目にしているのに、否が応にも改めて感じてしまった、竜也の死。
……何で、俺の知らないところで死んじまったんだよ?
タイミングが違っていたなら、生きて再会もできた筈だった。
だってこうして会えたんだ。俺は生きてて、お前はとっくに死んでたけど。
―――間に合いたかった。
「……そもそも、こんなプログラムがあるから、」
俺は銃を構え直した。支給武器のベレッタ。何人かを撃退はしたけど、脱落させるまでには至ってない。
でももう遠慮はしない。死んだのは竜也だけじゃないんだ。俺達を庇おうとした玲も、柾輝も六助も将もみんな死んでる。最後の一本の綱が切れた今、どこに遠慮する理由がある? 他の奴らには悪いけど、やらせて貰う。存分に。
生き残って、いつか何かしらの方法で、このプログラム自体そのものを抹消してやる。
竜也が死んだことへの意趣返し。その心積もりも当然ある。でも犯人探しより何より、その原因を作ったプログラムが憎くてしょうがない。犯人のことだって、許せねーよ勿論?
けど、でもさ。
「……やっぱり自分で落ちたなんて、今更言うなよな?」
竜也の死に顔に苦い笑みを向けて、言う。
存外それが真相だったら、冗談じゃ済まされないからね?





END














「水野の死体に遭遇する翼」という、何気に書いたことが無いパターンでした。逆はあるのに。
水野の死に様は、中身が飛び出てるのにするか頭部がぼっこぼこなのにするか迷ったのですが(←グロいな…)、プログラムにおいてはちょっとあんまりな死に方をした水野を見つけて、ってとこからの冒頭の台詞が浮かび、こんな話に。


2013,4,21
初稿:2013,4,11








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