「ナイフがいいな」
と彼は言った。




銃とナイフ




戦闘を繰り返し、傷つけ、傷つけられ、郭の体はもうボロボロだった。
翼を守るため、その一心で何とか歩き続けていたが。
先程の戦いで受けた傷が、致命傷だった。
「はぁ・・・・はぁ・・・・・・」
呼吸をするたびに、傷口から血が流れる。翼が泣きそうな表情で止血を試みるが、もう無理だと言うのは二人とも勘付いていた。
助からない。死ぬ。
「・・・ナイフがいいな」
息も絶え絶えに郭が呟いた。
「何が?」
目尻の涙を、血に染まった手で拭いながら翼が聞き返した。
「もう、俺は、助からない。だったら・・・せめて、お前の手で、殺して欲しいんだ」
だからナイフがいい。最期まで、お前を感じていられるように。
「ばっ・・・・馬鹿なこと言うな!!」
翼は泣き声だった。怒りながらも、大きな瞳からはぼたぼたと涙が零れていた。
「一緒に帰ろうって、約束したじゃねーか・・・!」
郭の手を、強く握り締めて。
その感触に、郭は淡く微笑う。
もう助からないと分かっているからこそ、最期までその約束に、縋っていたいのだろう。
「ごめん・・・・・・でも、本当にもう・・・時間が無い。早く、殺して。椎名に殺されるなら、全然、構わないから」
ポケットに忍ばせていた折りたたみナイフを、郭は震える手で翼に差し出した。翼は首を横に振って受け取るのを拒否したが、無理矢理、押し付けた。
「早く・・・殺して」
「・・・・・っ」
翼は、泣くのを我慢している子どものような顔になって、それでも涙を流しながら。滲む視界の中、郭を見た。
蒼白の顔。朱に染まった体。
彼は助からない。死ぬ。死んでしまう。そしてその選択を、自分に託している。
でも。
「・・・・郭、大好きだったよ」
戦慄く唇を、きゅっと結んで、精一杯の笑顔を浮かべて。
次の瞬間、翼は己の胸にナイフを突き立てた。
「ご、めん・・・・」
願いに反しているのは分かっていた。それでも、彼を殺すくらいなら、自分だけ残されるくらいなら。
いっそ、一緒に死にたかった。
丁度郭の隣に倒れ込んだ翼は、閉じた瞳からも、残った涙が尚、一筋流れ落ちていた。
「馬鹿・・・・勝手なことして」
言いながらも、郭はそばに投げ捨てられている銃に手を伸ばしていた。最後の力を振り絞って。
そしてそのまま、指を引き金にかけ、銃口を心臓の位置に押し当てた。
すぐに彼を追いかけていくために。確実に、一瞬で、向こうに行けるように。
共に地獄に堕ちるのも。
或いは、楽しいかもしれない。





<END>







実は、初のまとも(?)な郭翼でした。
バト笛100のお題じゃないけど、前に書いた短編、「Forever memories」に似てますね。自分が死にそうになった時、その止めを、相手に頼む、という。ただ、こちらはこんな結末ですが。
短くて、ちょっと淡々とした話だけど、自分的にはうまく書けたので気に入っています。


2004年7月4日





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