甘美な香りの中で


「・・・・っはぁ・・・・はぁ・・・・・」
息が荒い。
いきなり藤代から襲撃され、何とか逃げ切ったものの、脇腹に食らった包丁での一撃が致命傷だった。
痛む体を引きずるようにして鳴海は歩いている。今日は満月。月明かりが彼の流れ落ちた血を黒く染め上げていた。
「・・・・はぁ〜・・・・・・」
ひときわ深く溜息を吐いて、鳴海は民家の壁に寄りかかった。そのままずるずると腰を落とす。
(やっべー・・・・もう動けねぇや・・・・)
体から失われた血があまりにも多いのか、頭が朦朧としてきた。手足の感覚も段々と薄れ、力が入らない。
(ああ・・・・俺、死ぬんだなー・・・・)
サッカー選抜に選ばれた、等のことがあったとはいえ、ごくごく普通の人生を歩んできたつもりだった。今にして思えば、その日常が本当に有り難いものだっただろう。
十分に幸せで、サッカーで更に上を目指してて・・・・・・なのにどうして、こんなところでこんな風に死ななければいけないのか。
(何で俺・・・・プログラムなんかに・・・・)
悔しさとやるせなさで空虚な心が埋まっていく。
と、その時鳴海はあることに気が付いた。
(・・・・何だ、この匂い・・・・?)
自らの新鮮な血の臭いではなく、甘くかぐわしい香りが辺りに漂っていた。気力で首を動かし、その香りの元を探す。
数メートルほど離れた民家の軒先で、月下美人が咲いていた。
「あれ・・・・か?」
月下美人。それは月夜の晩にほんの数時間だけ花を咲かせる白く美しい花。花が咲いているうちに願い事をすると叶う、と言い伝えられている。
(願い事・・・・か)
何枚も連なる清純な花弁を見て鳴海は思う。
どうか死にませんように? ―――それは無理だ。
サッカーで世界一に? ―――それももう無理だ。
だったら。
(あの頃に・・・・戻りてぇなぁ・・・・・)
そんなことを思いながら、鳴海は目を閉じた。










「―――るみ、鳴海っ!」
「えっ・・・?」
「いつまで寝てんだよお前。部活始まるぞ」
「お前・・・・設楽? どうしてこんなとこに」
「はぁ? 何言ってんだよ。ここ学校だぞ」
「え―――だって、俺、さっきまでプログラムに・・・・。
もしかして夢だったのか? それとも、こっちが夢なのか?」
「何ブツブツ言ってんだよ。さっさとしないと置いてくぞ」
(・・・・・ま、いっか、どっちでも。またあの頃に戻れたんだし)
「鳴海、ホラ行くぞ!」
「オイ待てっての! 俺も行くぜ〜」












―――彼の願いは叶ったのか。
それは、他ならぬ彼のみぞ知る。







<END>










いつも悪役ばっかの鳴海が主役です。何かキャラが微妙に違うよーな気がするけど(汗)
アイディア元は「ヴァルキリープロファイル」ってゲームのバドラックイベントです。月下美人のくだり・・・。


2005年4月17日




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