あたしはお前に、口づけするよ

「サロメ」より




死と口づけ


東京都選抜チームが選ばれた、第162回プログラム。
見せしめに殺されていたのは、彼の父親だった。
「親父っ!」
血相を変えて、竜也は既にただの肉塊と化した父親に縋り付く。
普段疎ましく思っていても、表面には決して出さなくても、彼が本当は父親を慕っているということを、俺は知っていた。
今では姓が違っていて、戸籍の上でも家族ではなくなってはいるが、紛れもなく桐原監督は、竜也にとって、血の繋がった、たった一人の父親なのだ。
だから、
「・・・・・何で」
彼は怒りを燃やすに違いないと、
「何で親父を殺したんだ!?」
分かっていた、はずなのに。
「よくも、親父を・・・・!」
政府が派遣した担当教官に向かって行く竜也を、俺は止められなかった。
止めようと思った時には、もう彼は撃たれていた。
撃たれた衝撃で飛び散った血しぶきが、俺の顔や体にも降りかかる。
それを拭うことなく俺は見た。
一発、たった一発の銃弾を眉間に喰らって、呆気なく死んでしまった竜也の姿を。
「うわああああああっ!!」
教室に悲鳴が充満し、皆がざっと後ずさる中、俺はその場から一歩も動けなかった。
いきなりすぎて、思考回路が働かない。
倒れている竜也は、目を見開いたまま、ピクリとも動かなかった。
親しい人が目の前で殺されたら、悲しくてその人に駆け寄ったり、殺した相手を憎んだり、走馬灯のように思い出が浮かんだりするのかと思っていたけど。
俺は自分でも不思議なことに、何も感じなかった。
何も感じられなかった、と言った方が正しいかもしれない。
目の前で竜也が死んだ事が、たとえば夢を見ているように思えて、酷く実感がない。
まるで心にぽっかりと空洞が出来てしまったみたいで、何も感じられなかったんだ。
将は悲しくて泣き、藤村は怒りの表情を浮かべているのに。
俺はただ、茫然としているだけ。
「それじゃー、ルールの説明するぞー」
竜也の死体はそのままに、担当教官はゲームを進行させていく。
放っておかれた死体と、真新しい血の匂いに、俺の意識は段々引き戻された。
竜也はどうして寝ているの?
(それは、彼が死んでいるから)
竜也はどうして死んだの?
(それは、彼が殺されたから)
・・・・・そう。俺の目の前で。
竜也は死んだ。竜也は殺された。
そのことを、ようやく頭は認識して、心もやっと動き出した。
ある感情がじわじわと、心を侵蝕していく。激しい憎悪と、歪んだ愛情。
―――よくも竜也を殺したな。許さない。絶対に。
運命のいたずらか、俺の出発は一番最後。
他のみんなが全員出て行き、残された俺はクッと笑う。
神様。
俺から竜也を奪った、無慈悲な神様。
それでも、今この時は感謝するよ。
竜也と過ごす、二人の時間をくれた時に。
「竜也・・・・」
名前が呼ばれるまでのタイムリミット。
俺はふらっと竜也に近付き、跪いた。
兵士が何やら咎めてるみたいだけど、知ったことか。
「大好きだよ」
過去形ではなく、敢えて現在形で。
だって勿論、今でも大好きな人だから。
普段でもあまり伝えたことのない胸の内を、今頃ようやく告白して、俺は竜也の瞼をそっと伏せさせた。
そうして見ると、いつもの寝顔みたい。眉間には穴が開き、端整な顔は血に濡れていたけど、まぁとにかく。
俺も、ふ、と微笑んで、竜也に口づけた。冷たく、いつもよりも柔らかみのなかったそれは、死の味がした。
唇を離しながら、俺は心の中で彼に誓う。
見ててね、竜也。
俺は絶対に、お前と、お前の親父さんの仇を取るから。
「次、椎名翼!」
試合開始を告げられ、俺は支給のバッグを受け取った。ずっしりと重い。この中に、いい武器が入っているといいのだけれど。
教室から出て行く前、最後にもう一度、彼に振り向いた。
待ってて、竜也。
必ず、仇は取るから。
お前を殺した奴らを、俺は絶対に許さない。
お前の仇を取るためなら、参加者を全員殺してでも、ここに戻ってくる。俺は、自分の手が血まみれになったって、構わない。・・・・お前はそれを、望まないかもしれないけど、それでも。
みんなを殺して、政府の奴らも殺して、また二人きりになれたなら。
もう一度、俺はお前に口づけするよ。





<END>








もっとこー、ドロドロな心の内を書きたかったのですが・・・・ううむ、うまく書けぬ。
「サロメ」の文を冒頭に入れたのは、ふと思いついたので。
「零れる涙」の翼くんバージョンのようになってしまったなぁ・・・・。







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