人を殺しました。


「銃?」
「んー、でも銃持ってないし。ナイフは?」
「やだ。何か痛そう」
「じゃあ飛び降りる?」
「それも怖いなぁ・・・・。首吊りが一番楽だって言うよね」
「でも、死んだ後が汚くなりそう」
「こうなったら、ここが禁止エリアになるまで待ってようか?」
「それもまぁ、悪くないかも」
小高い丘。夕暮れが辺りを包み始めている中、みゆきと志津代は草の上に腰を下ろして、茫漠とそんな会話を交わしていた。
殺すのも、殺されるのも嫌で、だったら二人で一緒に死のうかと。
そんなことを考えていたが、その死に方が決まらない。自殺するのも案外難しいものだ。
(って言うか、自殺するガラじゃないんだけどなぁ)
志津代はそんなことを思う。こんなことにさえならなければ、自分はこの先の人生で、絶対に自殺しようなどとは思わなかっただろう。自分の命を自分からわざわざ捨てるなんて馬鹿らしい、と。
ただし今は別だ。殺人ゲームに放りこまれ、錯乱したクラスメートにいつ殺されるか分からない。だったら自分で幕を下ろした方がマシだ。だけど。
「何でこんなことになっちゃったんだろう・・・・・」
弱々しい声がして、見ればみゆきが膝に顔を埋めて泣いていた。その周りには自殺しようとした名残の、ナイフやらロープやらが散らばっている。
二人で一緒に死のう、と話を持ちかけたのはみゆきだった。けれどそれは未だ実行されず、みゆきはただめそめそしているだけだ。
「会いたい・・・・・風祭先輩に会いたいよ・・・・・」
その台詞を、志津代は幾度となく聞いた。心細くて楽しかった頃に帰りたくて、死んでしまえばいっそ楽になるかもしれないが結局それをする勇気がなく、現実から逃避しているだけ。
ある意味それが、羨ましかった。
「ほら、みゆき、しっかりしなさいよ。泣いてたってしょうがないでしょ。もう方法なんて何でもいいから、一緒に自殺しよう」
「・・・・うん、そうだね。早く死のう。しーちゃんと一緒なら、私怖くないよ」
志津代はみゆきの手を引いて立ち上がらせた。それから落ちていたナイフを拾う。
「しーちゃん、」
「もうナイフでいいよ。首でも切れば致命傷になるでしょ」
「あ、わ、私先にやる!」
みゆきは志津代からナイフを受け取った。鞘を外して、そっと首筋に宛がう。刃が触れているだけなのに、まだ切ってもいないのに・・・・手が震えて、怖くて怖くて仕方なかった。
これを引っ張れば、私は死ねるんだ。
それは分かっていた。けれど出来なかった。死ぬのが怖かった。
「―――やっぱりできないっ!」
みゆきはナイフを投げ捨てると、草の上に突っ伏してわあわあ泣き始めた。
「こんなのやだよ。帰りたいよぉ・・・・・。お父さん、お母さん、風祭先輩・・・・・。助けて、誰か、誰か助けて。風祭先輩・・・・・!」
志津代はもう一度ナイフを拾い上げながら溜息を吐いた。
ああ、みゆき。結局あんたは、逃避するだけなんだね。
じゃあ、私は?
私は、私は・・・・・やっぱり逃避なんかしない。だって、嫌でも何でも、これが今の現実なんだもの。
私はやっぱり、死にたくない。みゆきみたいに逃げ込んでしまえる程の、恋もしないまま死にたくない。
「大丈夫だよ、みゆき」
志津代は優しい声でそう言って、みゆきの肩をぽんと叩いた。みゆきは聞こえてはいないのだろう、ただ泣くばかりだった。
草の上に突っ伏したままのみゆきの首筋に、志津代はナイフの刃を当てた。思いっきり、引く。それは包丁で肉を切る時の感覚と似ていたかもしれない。
「・・・・・!!」
みゆきは痛みでがばっと飛び起きて志津代を見た。志津代の持っているナイフを見た。
ああ、しーちゃん。しーちゃんは、自殺も出来なかった臆病な私を、殺してくれるんだね。
みゆきはそう解釈し、安心してもう一度草の上に倒れた。血に染まる最期の表情は、笑っていた。
返り血を浴びた志津代は、肩ではぁはぁと息を吐いていた。心臓は100メートル走をした後のように早鐘を鳴らしていたが、頭の中は恐ろしくなる程冷静だった。
みゆきは死にたがっていた。だからこれは自殺幇助だ。殺人なんかじゃない。
そんなことを思った。けれど、右手のナイフは真っ赤に血に濡れている。
―――違う。
これはれっきとした人殺しだ。どんな理由があれ、みゆきを殺したことに変わりはない。
ああ、お父さん、お母さん。
私、人を殺しました。友達を殺しました。
でも、そうしなければ生き残れないんです。私は生き残りたいんです。
「ごめん、みゆき、私行くよ」
散らばった武器をかき集めて、志津代はそれらをバッグの中に突っ込んだ。それからみゆきの亡骸を見る。華奢な体は血に塗れ、風祭を好きになってから念入りに手入れをしていた髪もぐしゃぐしゃだ。
志津代はみゆきを綺麗に横たわらせて胸の上で手を組ませた。安らかな死に顔。案外、今は幸せな夢でも見ているのかもしれない。
「・・・・あんたみたいに逃げちゃえば、楽だったのかな」
志津代はぽつりとそう言った。答えは返ってこない。返ってくる、はずもない。
もう考えるのはやめよう。結局自分は、このゲームに乗る道を選んだのだ。けれども心のどこかで思う。
ああ、お父さん、お母さん。
私、人を殺しました。
自分で自分の命を捨てることが馬鹿らしいと言うのなら。
自分勝手に他人の命を奪うのは、大馬鹿としか言い様がありませんね。






<END>













目立たない人達に愛の手を企画第二弾。みゆき&志津代。
志津代は書くの初めてです。バト笛でも他の小説でも書いたことがありません。この小説が正真正銘初です。なのにこんな話でいいのか自分(汗)。ってかキャラが違う。誰これ(滝汗)
みゆきちゃんもなー・・・・・どーも私が書くとこんなキャラだ;
冒頭しか考えてない状態のままで書いたので、話が思わぬ方向に転がった話・・・・かもしれない。いや、しーちゃんがみゆきちゃんを殺すのは決まってたんだが。


20005年2月27日





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