武器を取る瞬間



 少年達は走る。夜の暗闇の中を。
 銃を手に、林を駆け抜け、ひたすらに目的地を目指して。



「本部を奇襲する!?」
「ああ」
 それはほんの数分前、この少年達の間で交わされた会話。
 一方は東北選抜の日生光宏、もう一方は東京選抜の小岩鉄平。中学一年の頃からの顔馴染みであり、ライバルで親友でもある彼らは、双方のチームを巻き込んだ特別プログラムで、幸運にも再会を果たした。
 しばしの互いの現状説明の後に、日生が小岩に持ち掛けた提案が、それだったのだ。
『今から本部に引き返し、奇襲をかける』
 最後の参加者が出発して20分後に、プログラム執行本部が置かれた分校のあるエリアは禁止エリアとなり、入れなくなる。時計を見る限り、残り時間は少ない。しかしそれぞれのチームで快速を誇る自分達の足なら、きっと間に合うだろうと。
「この首輪。俺達の心臓の動きをモニターして、本部に通信する…とか言ってただろ?」
「あぁ…、それが?」
 首の枷に触れながら日生が言い、小岩は聞き返す。
「つまり、本部には多分、首輪の機能を管理するコンピュータか何かがある」
「そっか…言われてみりゃそーだな」
「本部にいる兵士達を全員倒すのは流石に無理だろうけど、コンピュータだけでもぶっ壊せれば、うまくいけばこのゲームを止められる…少なくとも、首輪の機能を混乱させることはできるかもしれない」
 そう語り、支給武器のマシンガンを抱える日生の目には強い意志。
 このゲームのルールに従い、仲間を殺すという選択肢は日生にはなかった。幼い頃から転校を繰り返し、友達の少なかった日生にとって、サッカーを通して出会えたチームメイトや、この小岩の存在は大切なものだった。この武器を仲間に向けることは、できないし何よりしたくない。
 小岩もまた、日生との出会い、ひいてはサッカーとの出会いは、彼に様々な楽しさをもたらした。思うようにいかず、悔しさや歯痒さを噛み締めることもあった。それでも小岩にはサッカーは大切であり、共にサッカーを楽しんだ仲間を傷つけるなどと、できるわけがなかった。
 攻撃をするなら、こんなくだらないゲームを執り行う大人達に。日生のその提案は、だから小岩にはとても魅力的に聞こえた。
「そいつはいいや! やってやろうぜ光っくん!」
 明るく賛成の声を上げる小岩に、しかし日生は苦い顔になる。
「ただ…、これは命懸けだよ。あれだけの兵士相手にうまくいくとは限らないし、奇襲が成功したとしても、俺達はまず無事じゃ済まない。……最悪、死ぬ」
 静かな日生の声に、小岩はごくりと唾を呑んだ。そう、この計画がうまくいく保証などどこにもない。リスクの方が遥かに高いのだ。
 日生はそれを分かった上で、既に覚悟を決めている。が、小岩を巻き込むことに躊躇が無いわけではなかった。改めて提示された勝算の無さに、小岩も怖じ気付きそうになる。支給武器のショットガンの重さが腕にずしりとのし掛かり、足が震える。
「小鉄が嫌だって言うなら、無理には誘わないよ。俺だけでも突撃してくる。小鉄はどうにか生き延びて、」
「……水臭ぇこと言うなよ光宏」
 けれど日生のその言葉に、小岩の腹は決まった。成功するとは限らない、うまくいっても死ぬかもしれない。だとしても、日生を見殺しになどできるっこないし、ここでやらなきゃ男がすたる!
「俺も行くに決まってんだろ! 自分が生き延びる為に仲間を殺すなんざ、男じゃねぇ。仲間の為に自分の力を使ってこそ、男だぜ! たとえそれで死んだって、悔いは無ぇ!」
「流石、小鉄」
 ショットガンを掲げ、豪快に笑って胸を張る小岩と、日生は自然拳を軽くぶつける。試合でゴールが決まった時のように、無邪気に笑い合った。
 もうリミットは近い。けれど自分達の足ならば、きっと間に合う。この快速をチームの中で活かしたように、プログラムにおいても、自分達の力は仲間達の為に。
 二人に悲壮感は無い。フィールドでボールを追い、ゴール目掛けて走るのと同様に、希望を胸に最後まで闘うだけ。



「行くぜ!」
「ああ!」
「俺とお前なら、」
「きっとできる!」
 少年達は走る。夜の暗闇の中を。
 銃を手に、林を駆け抜け、ひたすらに目的地を目指して。
 その先に何が、待ち受けようとも。




END















二人の足が速いというところから思い付き、仲間達の為に武器を取るという小岩と光っくんの話。
二人のこの後の顛末はどうであれ、ラストは明るい雰囲気を目指しました。

2019,4,18










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