優しい悪魔


片思いでも良かったんだ。一緒のチームでプレーできるのなら。
今の関係を壊したくなかった、だから、好きだなんて、言えない。
でも、お前のためなら、俺は何だってできる。
「・・・・水野っ!?」
ずっとずっと探し回って、ようやく見つけ出した水野は、両目を損傷し、光を失っていた。
目元に血だらけの包帯を巻いた痛々しい姿を見た俺は、気が遠くなりそうだった。
「その声・・・椎名か?」
木にもたれかかっていた水野は、頼りなく手を差し出してきた。俺はすぐさまそばに行って、その手を握り締めた。強く、強く。
「そう、俺だよ」
女みたいな容姿と声は、俺のコンプレックスだった。けれどそれも、今ばかりは良かったと思えた。
だって、この高い声のおかげで、目が見えなくても、水野は俺のことを一発で分かったんだから。
「それより、何でお前、こんな・・・・」
「ああ、この目か?」
水野は苦笑した。今までだったら、困ったような色をその瞳に浮かべていたのに。
それはもう、見られない。
「鳴海に撃たれて、この様だよ」
今度は自虐的に水野は笑った。
俺の胸の中に怒りが跳ね上がる。
鳴海・・・・・許さない。今度会ったら、絶対にこの手で殺してやる。
「椎名は、無事か?」
「うん、大丈夫」
なのに、水野は自分が大怪我してるくせに、それでも俺の心配をしてくれた。
不器用なくせに、案外人のことを気にしてる。そんな水野が、俺は好きなんだ。
先程の憎悪の表情はどこへやら、俺は水野に淡い微笑を向ける。
そう、水野にはもうそれも見えない。水野にとって俺の姿は、思い出の中にしかないんだ。
声は聞こえても、手が触れ合えても。
彼が生きていることを思えば、それだけでも幸せなことだったけれど。
「そういえば、その包帯、誰が巻いたんだ?」
目が見えないのなら、こんな風にうまく巻けない。素朴な疑問を俺は口にした。
「ああ、風祭が巻いてくれたんだ。一緒に行動しててさ」
将か。成程。我が事のように水野を心配しているあいつの姿が目に浮かぶようだ。
あれ? でもその割りに、その将の姿が見えない。
「さっき、川に水を汲みに行ったんだ。結構経つから、そろそろ戻ってくるとは思うんだけど・・・・」
「分かった。俺見てくる」
こんな状態の彼を一人で残していくのは不安だったが、将も一人で放っておくわけにもいかない。
アイツそそっかしいところあるからな、道に迷ったりしてなきゃいいんだけど、とくすくす笑いながら腰を浮かしかけた時、俺は見た。
10数メートルほど先の林の中で、倒れていた将の姿を。
生きてないのは明白だった。だって脳が飛び出しているんだもの。
恐らく、行く途中か戻って来るところで誰かに襲われたのだろう。そして水野は目が見えないために、それに気が付かなかった。
「う・・・・・」
「椎名?」
俺はそのままへたり込んで、水野を抱きしめた。
身近な存在の死すら、光を失っていたがために分からなかった、そんな彼が可哀想で。
「水野・・・・・っ」
真実を告げられないまま、俺は水野に抱きついて泣いた。どうすればいいのか迷って、困ったように宙に浮いていた水野の手が、俺の背に回された。
「どうしたんだ?」
優しく降って来た声に、俺はようやくしゃくり上げながら答えた。
「将が・・・・・」
全てを告げなくても、悟ったのだろう。水野はそうか、とだけ答えて、俺を抱きしめる腕に力を込めた。
水野はきっと、俺が仲の良かった将を亡くしたから泣いてるんだと思ってるんだろう。それも勿論あるけど。
違うんだよ。
俺は悲しい時でも瞳を失くして泣けない、お前が哀しくて泣いてるんだよ。










しばらくそうしていた後、俺は水野に肩を貸して、彼を立ち上がらせた。
いつまでもここにいるわけには行かない。どこか身を隠せる場所に移動しないと。
「でも、どうして俺にそこまでしてくれるんだ?」
それを告げた俺に、不思議そうに水野は尋ねてきた。
好きだから、なんて、言えない。
「仲間だから、だよ」
俺は精一杯の嘘をついた。
彼はもう、自分で自分の身を守れない。だから、俺が水野を守る。
誰にもこいつを殺させやしない。向かってくる奴はすべて殺す。
そうしていずれ自身をも殺して、彼を優勝させるんだ。
でもそのことを知ったら、きっとお前は苦しむでしょ?
だから、好きだなんて、言えない。
俺は死んでも構わない。水野が、生きていてくれるのなら。
想いを伝えなくてもいい。俺が水野にできるのは、ただこれだけ。




「竜也は、俺が守るから」




そのためには、悪魔にだってなってやる。





<END>











翼くん片思いな水翼で〜と考えていたら、ぽんと目に包帯を巻いた水野が浮かんできまして。そしたら翼くんは目の見えない水野に尽くす(ちょっとダークモード)って感じかと思って構想してたら、こんな話が出来上がりました。
割とこれも即興的な産物。でも気に入ってます。



2004年11月27日





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