死合開始



「お土産、楽しみにしてるからね」
「期待して待っててくれよな」


そんな会話を交わしたのは、ほんの数日前。

俺達が初めて出会った夏はもう遠く、俺は高1、竜也は中3となっていた。
それまでには様々なことがあり、更に思い出を重ねながら季節は流れ、いつの間にか修学旅行の時期に差しかかっていた。
中学校では定番とも言える京都・奈良コース。俺自身、去年行ったばかりだけれど。今度はその地へ、竜也が行くのだ。無論、同じ中学である、将や藤村、不破達も。
出発前、わざわざ竜也に会いに行く、なんて殊勝なことはせずに、軽く携帯電話だけで済ませた。
「気を付けて行って来いよ」
「ああ。楽しんでくるよ」
―――今にして思えば、会いに行っていれば良かったと思う。




ソレ、に気が付いたのは、何気なくテレビを観ていた時だった。
ゴールデンタイムに放送されている、ごくごく普通のバラエティ番組。半ば下らないと思いつつ見ていた画面が突如切り替わった。
『番組の途中ですが、臨時ニュースをお伝えいたします。本年度の東京都での”プログラム”が今日、午後2時37分に終了したと、政府軍からの発表がありました』
プログラム、という単語にぴくっと反応する。
簡単に言えば、全国の中学3年生を対象とした殺人ゲーム。
当たるのは稀だし、俺は中3の時それは免れたから、その年代を無事に過ごせて正直ほっとしていた。
はっきり言って油断していた。
巻き込まれる可能性があるのは、自分だけではなかったのに。
『対象クラスは、北多摩市立桜上水中学校3年B組でした』
・・・・・え?
さくら、じょうすい、さんねんびーぐみ?
それって、竜也の・・・・。
『優勝したのは、女子8番、小島有希さんです』
また画面が変わって、一人の女の子が映る。
俺は、どこか遠くの景色を眺めるようにその映像を見ていた。桜上水サッカー部のマネージャー。血まみれの顔で、兵士を横に侍らせながら、薄く笑っていた。
この子が優勝なら、じゃあ、竜也は?
ドクン、ドクンと心臓が脈打つ。こんな時なのに、動揺するより、むしろ冷静な自分がいて。
けれど血の気が失せて、背中がさぁっと冷えていくのが分かった。
『それでは次に、死亡した生徒達と、その死因をお知らせします』
嫌だ。知りたくない。
だって、優勝者はもう決まってるんだろ?
優勝者が決まってるなら、他の奴はみんな死んだってことだ。
竜也が生きてるはずない。分かってる。だけど、信じたくない、認めたくない!
絶対に、生きてるはずないって、分かっているから。
だから、知りたくない・・・・!
そんな俺の心とは裏腹に、俺の目は画面から引き離せなくて。
次から次へと、画面には死亡者のテロップが流れていた。
『男子17番 水野竜也 銃弾により死亡』
その時の衝撃を、一生忘れることはできないと俺は思った。



次の日、将が泣き腫らした目で、藤村や不破と俺の家にやってきた。
俺はというと、その夜はほとんど眠れなくて、かといって泣き明かしたわけでもなく、男同士とはいえ付き合っていた人の死に涙も流せないのかと、自分の冷たさに呆れていた。
ショックだったことは確かで、間違いなく悲しいはずなのに、ただ茫然とするばかりで。
きっと、それは、俺がまだ現実を受け入れていない証なんだろう。
だって、ほんの数日前まで、彼は此処にいて、すぐ側で笑っていて、・・・生きていた。
竜也が死んだってことを、すぐに納得できるわけないじゃない?
まして、こんな別れ方でさ!!
「・・・ぼくも、まだ信じられなくて・・・」
かすれた声で呟いたのは将だ。将の表情からは、悲しみだとか怒りだとかは読み取れない。沈んだ表情、そして昏い瞳。きっと、俺も似たような表情をしているんだろう。
「俺達も、昨日のニュースで初めて知ったんや」
苦い顔をしてそう言ったのは藤村。
「今回の修学旅行は、京都・奈良をクラスごとで違うルートを回ったんや。で、昨日桜上水に戻った時、B組だけおらんかった。センセーの話だと、ルートの都合でB組だけ遅れて到着する、ってことやったから、何も疑問も持たずに、そのまんま解散になった。・・・そんで、例のニュースや。初めは、夢でも見てるんかと思ったわ」
対象クラスや実施場所は、”プログラム”が終わるまで発表されない。つい最近改正された、BR法にはそうある。外部からの妨害を防ぐため。
知らされないのは、たとえ同じ中学の、同学年の生徒達も例外ではなく。
「・・・優勝した小島サンは? お前達はもう会ったの?」
桜上水サッカー部は、男女一緒に練習してて、結構分け隔てなく仲が良いと竜也からは聞いていた。だからもしかしたら、将達はもう会ってるんじゃないかと思ったのだ。
「いや、まだだ」
即座に答える不破。そのまま淡々と言葉は続いた。
「小島の家に先程行ってきたが、小島はまだ帰ってきていないということだ。政府から、小島は家に返したと連絡はあったとのことだから、小島が何らかの理由で帰宅拒否、或いは行方不明になっている可能性が高い」
「そう・・・」
俺は少なからずがっかりした。
彼女が戻ってきているのなら、色々と話が聞けるのに。彼女がどうやって優勝したのかは、この際二の次でいい。
たとえ彼女が何人も殺していても、・・・・たとえ、彼女が竜也を殺していたとしても。
それでも、俺にとって、最後の竜也を知る唯一の人物だから。
「・・・で、どうするん?」
低い声で藤村が訊いてきた。意味を掴みかねる。
「・・・どうするって?」
「だから、タツボンがプログラムで殺されて、姫さんはどうするんか、ってことや」
竜也はプログラムに殺された。それは確かに正しい。直接手を下したのが見知ったクラスメートでも、それを行わざるを得なかったのは、”プログラム”なんてふざけた殺人ゲームのせいなのだから。
それで、どうするかって?
俺は、・・・俺は。
「ぼく達はもう決めたんです。
・・・プログラムであんな風に人が殺し合うなんて、死んでいくなんて、絶対に許せないし、あっちゃいけないことだと思うんです。前々から思っていたことだったけど、ぼくはまだ子どもだし、心のどこかで他人事だと思っていたから何もしなかったし、できなかった。だけど、同学年のクラスを丸々・・・それも、水野くんも含めて・・・こんな形で亡くしてしまって・・・正直、水野くん達が死んだなんて、やっぱり信じられないけど、それでもこんな風に友達がいなくなるなんて、あんまりだ・・・!
・・・・今になって気付くなんて、遅いかもしれないけど、今からでも何か行動を起こすことが、死んでいったみんなにできるせめてものことだと思うんです」
一気に、けれど別にまくし立てるわけではなく、ごくごく静かに将は言った。その瞳に昏さはない。宿るのは、強い意志。試合中に何度も見せていた、あの光。
「具体的には、反政府組織に加担するつもりだ。何らかの形で」
同じくらい静かに、凛とした声で言い放ったのは不破だった。
「俺は風祭ほど熱く語れないが、それでも、普段そばにいた者がいなくなるというのは、辛いことだと思うからな」
それは感情表現に不器用な彼の、本音だったと俺は思った。
「で、姫さんはどうする?」
もう一度藤村が俺に問う。
竜也が死んだと知って、認められないのは今も同じ。ただ、彼がもういないのが確実である以上、死を悲しむより、悼むより、―――それももちろん大切なことだけれど、ただそれだけではなく、彼らのために何かを為すのが一番の手向け。
哀しんでるだけじゃどうしようもない。残された俺達にできることは、残された俺達にしかできないことをすること。
・・・・そうだろ、竜也?
「決まってるだろ。俺も、プログラムをぶっ潰す!」
「・・・やっぱりね。あなたならそう言うと思ったわ」
俺の言葉に呼応するように返ってきた声にはっとして振り向く。いきなり現れた玲に驚いたのはもちろん俺だけではなかったけど、驚いた原因はそれだけではなく。
「こ、小島さん・・・・?」
将が呼んだその人物、小島が玲の隣にいたのだ。彼女はニュースで見たのと同じ、血まみれのセーラー服で。顔や手なんかは、キレイにしてたみたいだったけど。
それはともかく、何故彼女がここに?
「小島さんもね、反政府組織に参加するつもりでいるのよ。それで、私に相談しに来たの」
俺達の考えを読んだかのように玲が言った。小島の瞳も、将と同じだった。強い、意思。
「私の思いもあんた達と同じ。許せない、あんな風に人が、友達が殺し合うなんて」
思いは同じと言ったけれど、参加した彼女のそれは、きっと俺達以上に、俺達が思う以上に、凄まじいものに違いない。
「目の前で友達が死んだのを見た。殺し合うのを見た。・・・私自身、何人か殺した。
でも、絶対に帰ってこなきゃって思ったから。絶対に帰って、プログラムをこの世界から無くそうと思ったから」
禁忌を犯してまで、人が人を殺すのには理由がある。それは、ほんの些細なことだったり、深い何かがあったり。
プログラムの中でもきっとそれは存在していて。彼女の場合は、その思い。
「人殺しが一緒なんて嫌かもしれないけど・・・・お願い、私にも、手伝わせて」
頭を下げた。そんなことをされるまでもなく、俺達の答えは決まっている。
「嫌なわけないやろ。・・・こんなボロボロになってまで、よう帰ってきよったってゆうのに」
「俺はお前を歓迎する。参加者、まして優勝者がいるというのはデータ的にも有利だ。無論、理由はそれだけではない」
「お帰りなさい、小島さん。かける言葉が見つからないけど・・・・辛かったね」
「よく帰ってきたね。これからは、一緒に頑張ろうぜ」
「・・・みんな・・・・ありがとう・・・」
言葉の終わりは涙声になっていた。現に、彼女の目からは、大粒の涙が沢山零れ出していて。俺が知る限りの彼女は、気丈だというイメージがあったが、これは初めて見た彼女の涙だった。
「・・・・それとね、」
ひとしきり泣いて落ち着いた後、小島は話を切り出した。大きく息を吸って、泣くのを押さえていた。
「私が帰ってきた理由、それだけじゃないの。―――水野からの、伝言があるのよ」

伝言? 竜也からの?
「私が水野に再会した時は・・・あいつはもう、瀕死状態だったわ」
小島は少し俯いた。
「素人目でも、助からないって分かった」
俺は、昨日のニュースで竜也が”銃弾により死亡”と報じられていたのを思い出した。致命傷を受けていたのなら、無理もない話だ。それでも、彼女が竜也に会っていたという、その事実が有り難かった。聞くのが怖いという気持ちもあったけれど、それでも。
話を促した。
「・・・それで?」
「私が揺すったら、水野は気付いた。詳しくは後で話すけど、・・・自分が死ぬ、って悟った水野は、私に伝言を頼んだ」
そして彼女は、将達の方を向いた。
「桜上水のみんなに・・・”俺の分まで、サッカー続けてくれよ”って」
「水野、くん・・・」
将は涙目になりながら、小島を見つめていた。それでも思い浮かべているのは、きっと竜也の顔だろう。
反政府組織に参加すると決めた以上、もう表立ってサッカーは・・・プロにはなれないかもしれない。
竜也は当然そうとは知らずに言ったのだろうけれど、それは竜也がどれだけサッカーが好きだったか、将達がどれだけサッカーを好きだったのか、知っていたからであろう言葉。
もう、プロは目指せなくても。
「言われんでも、サッカー続けるに決まっとるやろ。・・・ホンマ、心配性なんやからタツボンは・・・・」
「・・・水野らしいがな」
俺も同意だ。竜也らしい。
「それと、椎名にも」
「! 俺、にも?」
期待してなかったといったら嘘になる。だけど、まったく驚かなかったというのも嘘で。
死の間際に、言葉を遺してくれるほど、俺は竜也に何かできていたんだろうか?
「ただ一言。・・・・・・”ごめんな” って・・・・」
「―――・・・っ!!」
どうして、どうしてどうしてお前が謝る必要がある?
お前は何も悪くない。ただ、プログラムに巻き込まれただけだったのに。
むしろ俺の方こそ、お前に謝らなきゃ。
だって、俺、いつもお前にワガママばっか言って、困らせてばっかりで、ちっとも優しくできなかったのに。
それなのに、どうしてお前が謝るんだよ・・・・。
「竜也ぁ・・・」
直接、文句を言ってやりたかった。それから、謝りたかった。
もう、決して出来やしないのに。
俺は、いつもお前にワガママばっか言って、困らせてばっかりで、ちっとも優しくできなかった。
そんな俺に、お前はいつも優しくしてくれた。好きだって言ってくれた。
俺も、そんな竜也のこと、とても好きだったのに。ずっと一緒に、夢を目指せると思っていたのに。
それなのに。

「何で死んじゃったんだよ・・・・・!」
ずっとずっと言いたかった想いが、自然に口から滑り出た。
言った途端に溜まっていた感情の波が押し寄せたみたいで、今度は俺が泣く番だった。昨日から泣いてない分だけ、俺は泣いて、泣いて、泣きじゃくった。
悲しくて哀しくて仕方ないのに、楽しかった思い出だけが走馬灯のように浮かんでは消えた。




それから2日後、ほぼ一斉にと言っていいほど、桜上水中3−Bのクラスメートの家で葬儀が行われた。
竜也の葬式には、当然俺達も参列。竜也の母さんと、別れたはずの旦那さんが、沈痛な面持ちで肩を寄せ合うように立っていたのが印象的だった。
棺桶の中の竜也は驚くほど綺麗で。よく、死んだ人を見て『まるで眠ってるみたい』と言ったりするけど、まさにそんな感じだった。
寝顔のような竜也の顔を見ながら、俺は思った。
竜也。
もうしばらく、向こうで待っててくれる?
俺達はこっちで、できる限りのことをするからさ。
俺が死んで、そっちに行った時。その時は、俺も竜也に謝るから。
それから、言うよ。お前といて楽しかったって。お前のことが好きだよって。
そうしたら、お前はきっと赤くなって、俺は照れ隠しに一発お前を小突くんだろう。
「・・・またね、竜也」
その日まで、俺は立ち止まらないことを誓うよ。
「それじゃ、行こうぜ」
「ああ」
さよならは言わない。だってこれからが戦いの始まり。
そう、これが俺達の、
―――死合開始。






<END>







最初は、「ニュースで水野が死んだことをいきなり知った翼くんが、いろいろあって結果的に政府と戦うことを決意する話」がコンセプトで、めっちゃ水翼〜な話を書くつもりだったのに、何でこんな青春くさいというかまともというか決意に燃えたというか、とにかくコンセプトと違う作品になったんだろう・・・?(汗) 水翼である必要ないじゃん。っていうか、まともな話になりつつあるのでCPないのに直そうかなと悩んだけど、たとえ全体的に水翼っぽくなくても、水翼で書きたい、と思った話だったので水翼で通したい、と思いこうなりました。
それにしても、最初はもっとさらっと短く書くつもりだったんだが・・・? 登場人物が多かったのが敗因か。




2003年12月7日






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